第7話 この幸せを守り抜く
「ただいま!」
私、ネリー・トンプソンは緊急放送の後、スルト国内のギルドを巡り、家に帰ってきた。
最愛の家族がいる、この屋敷に。
チリン、チリンと、私が玄関ホールに転移してきたことを知らせる魔道具の音が鳴る。
すると、屋敷の奥からパッタパッタと走る足音が聞こえ始めた。
「ママ~!」
「ガエル様、屋敷の中を走るのはお行儀が悪いですぞ」
「やっ!」
2歳になる息子のガエルと、執事の声が聞こえる。
私とセイの可愛い可愛い子供。
ガエルというのは、お祖父様の名前をいただいた。
セイが、「オレの知る限り最も立派な人の名前だ」って言って名付けてくれて、私は泣いた。
幸せで幸せで、アカシャの話では次の子もできたっていうし、昨日までは本当に夢のような毎日だった。
玄関ホールに飛び出てきたガエルを見て、自然と笑顔が出る。
「ガエル、ただいま! あら? 爺の言うことは守るようにって、ママ言わなかったっけ?」
「言った! …むぅ」
走るのを止めて、早歩きでこちらに来るガエル。
ちゃんと話を聞けてえらいわ。なんて可愛いの…。
「ガエル様、ちゃんと話を聞けてえらいですぞ」
ガエルの後ろから執事がそう言いつつ、私をちらりと見た。
!! そうか! ここで褒めるのね!
「ガエル、えらいわ! 爺の言うことをちゃんと聞いていたら、いつかお祖父様やセイのような貴族になれるわよ!」
私は手を広げてしゃがみ、歩いてきたガエルを抱きしめる。
「ネリー様のようにもなれますぞ。ネリー様は世間で貴族の中の貴族と言われるお方。じいは命をかけて、ガエル様をそのような高みへと導いてみせまする」
爺、命はかけなくていいわ。
「ガエル、パパとママみたいになれる?」
ガエルが私の胸の中で、可愛く聞いてくる。
「もちろん、なれるさ」
突然転移してきたセイが、ガエルの頭の上に手を置いて言った。
チリン、チリンと、少し遅れて魔道具が鳴る。
コイツ、アカシャを使ってずっと聞いてたわね。
私も大概だけど、セイは私以上に親バカだ。
集中する必要がある時以外は、たぶんずっとアカシャの力でガエルのことを見てる。どこにいても。
「パパ! じゃあガエル、じいの言うこと聞く!」
「おかえりなさいませ、旦那様」
「おかえり、セイ」
ガエルが私から離れてセイに飛びつく。
じいと私はセイに『おかえり』を言った。
あったかい…。私は学園入学前、ずっとこんな家庭を望んでた。
この幸せは、絶対に守り抜く。
たとえ私が今回、戦えないとしても。
ガエルが寝た後、私とセイはワトスン伯爵家に仕える者達全員を広間に集めた。
そう、セイは今や伯爵なのよ。
ミロシュ様はもっと上の地位を与えたいみたいだけど、他の貴族とのバランスを図りながら徐々にってセイがゴリ押してる。
一般的には早すぎる出世だけど、セイをよく知る人間からすれば、これほど過小評価されている家もないと思われている気がするわ。
「旦那様。私共も、緊急放送については全員で情報共有しております」
執事として家をまとめているじいが、セイに報告する。
「うん。ありがとう。話が早くて助かるよ。魔王打倒には、全スルト国民の力が必要だ。その上、今より力を付けてもらう必要もある」
セイの話を私が引き継ぐ。
「そのために、ギルドには私が、大領主達にはセイが、他にも仲間達が強い影響力を持つ場所に協力を要請して、指導者となれる人を集めているの」
全員が真剣な目で私達を見て、頷いてくれている。
彼らは全員が訳ありで、セイか私が助け、セイがアカシャの力を使って育ててきた者達だ。
「それでも全く足りない、ということですな?」
皆まで言わずとも理解したらしい爺が、先読みして質問をしてくる。
さすが、優秀だわ。
「そういうことだ。そこで、お前達の力も借りたい。お前達と、ワトスングループの諜報部隊、アレクの暗部、ミロシュ様が作った王家の諜報部隊が力を合わせれば、広く、細やかなところまで手が届くはず」
セイが爺に指示を出す。
やって欲しいことの詳細を伝えると、全員がすぐに理解したようだ。
「承知いたしました。私共はセイ様とネリー様の武器でございます。存分にお使い下さい。では、私と料理長とメイド長以外はすぐに取り掛かれ」
「「「「「はっ!」」」」」
3人以外が消える。
「3人はどうするの?」
私が疑問に思って聞くと、爺と料理長とメイド長が笑う。
「私達はセイ様、ネリー様、ガエル様のお世話も完璧にこなしつつ、お役目を果たします」
爺の言葉に私は呆れて笑ってしまった。
でも、確かに私とセイはともかく、ガエルを見る人間は必要だ。
3人も必要かどうかは別として。
「アンタ達、ちゃんと寝なさいよ」
寝る間を惜しんで働きそうな3人に、私は釘を刺しておいた。
長い1日が終わって、ようやく寝る前。
セイがぼそりと呟いた。
「昔、父ちゃんもこんな気持ちだったのかな?」
「ん? 盗賊団が襲って来たっていう時の話?」
セイは時々、その時の話をする。
たぶんセイの人生で1番辛かったり、後悔しているのはきっとその時なのだろうと思う。
その話を聞くたび、私がセイを守ってあげなきゃって思う。完璧に見えるセイも、普通の人間なんだからって。
「そう。今オレは、どうしても逃げる気になれない。1ヵ月あれば、全スルト国民ごと逃げて隠れることも不可能ではないかもしれない。でも、あんなヤツにオレ達のスルトをタダで丸ごとくれてやるなんて許せねぇ」
なるほど。昔セイは逃げるべきだって言ったらしいわね。状況は、今と少し似ているかもしれない。
「どうせまた、どっちが正しいかで考えてるんでしょ。こういう場合、どっちも正しくて、どっちも間違えてんのよ。でも、私はアンタが選んだ方を全肯定してあげる」
どっちが正しいとかない。
結果が出た後に、どっちかが正しそうに見えるだけ。
結果が逆だったら、もう一方が正しく見えるんだから。
「お前には敵わんな。アカシャも絶賛だよ。魔王は倒す。どんな手を使ってでも。腹くくったぜ」
まだ腹くくってなかったのね。
少しだけそう思いつつも、私は宣言通りセイを全肯定した。




