第35話 ダンジョン踏破
「あ、有り得ん…。人間の、しかも小僧ごときに、このワシが…。このワシがぁぁぁ!!」
やたらでかくて醜いカンガルー野郎が、しゃがれた声で虚勢を張った。
ヤツはすでにボロボロで、床に膝を付いている。
せ
体は水球に撃ちまくられて、アザや裂傷だらけだ。
モンスターを産み出せる自慢の腹の袋も、虹色の剣に切り裂かれて破け、機能していない。
すでに産み出していた雑魚モンスターも全滅だ。
ことごとくがヤツとオレの周りで屍を晒している。
「上の罠のえげつなさを、自分の強さと勘違いでもしてたらしいな?」
こいつは脱出が難しい上の階に、無限にモンスターを送り込んで来ることが脅威なだけで、大した強さは持っていない。
アカシャが事前に詳しい情報を言わなかった時点で、楽勝できる敵だということは分かっていた。
オレは止めを刺すべくカンガルーもどきに歩み寄る。
歩きながら剣を横に差し出し、飛び回る水球の1つを呼び寄せて剣に纏わせる。
水球では、すぐには致命傷を与えられないみたいだからな。
水球の超高水圧水鉄砲は、大岩でも貫通するんだけど。
こいつの皮膚はダンジョンの壁並みに硬いらしい。
まぁ、いいさ。こいつは虹色の剣で仕留めたかったから。
「ひ、ひぃっ。助けてくれ! 下の層なら、そこの階段から降りられる! ワシを殺す必要はないじゃろう!」
カンガルーもどきは膝を付いた状態から尻餅をつき、こちらを向いたまま後ろに這いずりながら命乞いを始めた。
はぁ、しゃべるモンスターはこういうこともするのか…。
どうするかな。
勇者の敵討ちと思ってたけど、勇者パーティーだってダンジョンに挑む以上は最悪の事態も覚悟の上だっただろうし。
こいつも、ダンジョンのモンスターとして職務を全うしただけとも言えるからな。
「ご主人様、迷う必要はございません」
一瞬迷いを見せたオレに、肩の上の頼れる相棒が声をかけてきた。
同時に過去の映像が流れてくる。
ああ、確かにこれは、迷う必要はないな。
「お前、数百年前に勇者が死んだとき、さんざん笑ってバカにしてたな。わざわざ行く必要のない上の階まで行ってさ」
胸くそ悪い。
最後まで勇者の背中に守られてた、たぶん負傷した魔法攻撃役と思われる女の子が、激高して泣き叫びながら魔法を撃ちまくってる場面を見てしまった。
最後まで見たわけではないけど、きっとあの指輪が残っていた角から、命が尽きるまでずっと魔法を打ち続けたのだろう。
「そ、そんなこともあったかもしれんが! もうしない! これからは人間を襲わんと誓おう! だから許してくれ!!」
オレは水を纏った虹色の剣を構え、さらに距離を詰める。
「そんなことか…。オレは聖人じゃない。お前のことは許せないな」
オレが完全な拒絶を見せたことで、後ずさっていたカンガルーもどきがピタリと動きを止めた。
この後の動きが想像出来すぎる。アカシャに聞くまでもないな。
「ご主人様、前足の爪。最後の悪足掻きが来ます」
やっぱりね。
ゲス野郎のお約束だな。
「では貴様が死ねぇぇぇ!!」
しゃがれた声で叫びながら、禍々《まがまが》しく伸びた爪の付いた前足を振りかぶって、全力で床を蹴り突っ込んでくるカンガルーもどき。
そう来るであろうことは分かりきっていたので、オレは冷静に虹色の剣を垂直に振り下ろした。
纏った水がウォーターカッターとなり、より切れ味と間合いが伸びた剣が、突っ込んできたカンガルーもどきをオレの元に到達する前に真っ二つにする。
斬られたカンガルーもどきは、ほげぇともぶげぇともつかない、いかにも小物悪役が死ぬときみたいな変な声をあげて、床に倒れ伏した。
カンガルーもどきが死んだことを確認し、左手の中指にはめた降魔の指輪と、虹色の剣を見る。
「オレの自己満足ではあるけど、勇者パーティーの敵討ちは果たしたな」
「ご主人様が満足であれば、それで良いのです」
オレの言葉をそのまま受け取ったアカシャが、肯定してくれる。
言葉通りに満足してるわけではないけども、アカシャのおかげでこれで良かったんだろうと思えてくる。
「うん。先に進もう。アカシャ」
「ダンジョン・アルカトラ31層。ここが罠のダンジョンの最下層です」
ついに最下層まで来た。
罠のダンジョン攻略の最大の目的は伝説の剣を手に入れることだったが、ついでに踏破してしまうことにしていた。
剣のある層と最下層が近かったことと、試したいことがあったからだ。
「あの扉の先に、ダンジョンボスがいるんだな?」
「はい。最下層は上への階段があるこの部屋と、ボスの部屋。そしてボスを倒すと開く部屋しかありません」
30層から降りてくると、10畳ほどの壁の装飾などが豪華な部屋に出た。
天井がとても高く、正面にある扉はやはり豪華で壁を埋め尽くす程に大きい。
天井自体が光っているのか、部屋は明るかった。
「この部屋はモンスターが出ない安全地帯なんだろ? 仮眠して魔力全快しといた方がいいか?」
ここのボスモンスターはグリフォンで、かなり強いらしい。
念のためアカシャに万全の状態にした方がいいかを聞いておく。
「現在の残り魔力で十分足りるでしょう。盗賊団用の魔力のことまで考えたとしてもです」
基本的に慎重派のアカシャにしては強気な、意外な意見だな。
「分かった。行こう」
正面の大きな扉に手をかける。
大きいだけあって物凄く重いのかと思ったら、軽く押すだけで扉は開いた。
扉の向こう、ボス部屋は前世の高校のグラウンド並みの広さを持っていた。
その中央には、象と同じぐらい大きなグリフォンが悠然と立っている。
鷲の翼と上半身、そしてライオンの下半身を持つ、前世では空想上の生き物。
「よくぞここまで辿り着いた。まさか初めて訪れる人間が、こんな子供とは」
低く響くダンディな声でグリフォンがしゃべった。
グリフォンもしゃべるのかよ。
まぁ、中ボスがしゃべるなら大ボスもしゃべりそうなものか。
「子供じゃ相手にしてくれないのかい?」
気の聞いた言葉も思い付かないので、軽口を叩いておく。
「いやいや、そんなことはない。だが、手加減はせぬぞ。心してかかって来るがいい」
それは助かる。
手加減なんてされると試す意味なくなっちゃうからな。
「分かった。全力でいかせてもらうよ。アカシャ、切り札だ」
「かしこまりました」
「ぬ、アカシャ? 小僧、何を言って…」
グリフォンが、きょろきょろと見えない何があるのかと探している。
わざと発声したんだ。しっかり混乱してくれ。
「いやこれ、切り札凄すぎだろ」
目の前に横たわる首のないグリフォンの死体。
グリフォンはほとんど何もできずに死んでいった。
「完璧な動きでした。想定通り、ご主人様が切り札を使いこなせることが証明されましたね」
ボズと戦う時に、ぶっつけ本番で切り札を使うのは怖かった。
だから、1度試しておきたくてグリフォン相手に使ったわけだけど…。
「えぇ…。これ使ってもボズとの勝率10%なの?」
はっきり言って、切り札の性能はオレが想像してたよりずっと凄かった。
そりゃグリフォンとの戦いの前に休息とかいらないよねってくらい凄かった。
全能感ってこういうことを言うのかって思ったくらい、ぶっちぎりで凄かったのだ。
それでもボズと戦うとなると勝率10%なんて、どんだけ強いんだよあのゴリラ。
「ご主人様の作戦が私の想定を越えて上手くいっておりますので、現在は30%ほど勝率があると予測します」
30%かー。まぁ10%よりはずいぶんマシになったよね…。
命かかってるから全く良しとは言えないけど。
やっぱりアカシャの予測しきれない感情面を揺さぶればチャンスが広がりそうだな。
「分かった。ちょっとでも勝率が上がってて良かったよ。さらに勝率を上げるために、さっさと最後の部屋に行って帰ろう」
そうしてオレとアカシャは、誰も踏破したことのない罠のダンジョンを丸1日がかりで攻略したのだった。
最後の部屋には、アイテムや金銀財宝、鉱石などがこれでもかと存在した。
これは、踏破間隔が長ければ長いほど量が増えるらしい。
ひとまず全部空間収納にぶち込んでおいた。
また、ダンジョン踏破の際に攻略者はダンジョンを解放するかを選択できるらしく、最後の部屋の転移陣に乗ると選択肢を得られた。
解放するとそのダンジョンは消え、解放しなければ再踏破が可能になり転移の記録などがリセットされる。
ダンジョンの中には国の資源として保護されていたり、それありきで成り立っている町もあるので、解放すると重罪になるものも存在する。
罠のダンジョンはそれには含まれないので、解放した。
このダンジョンはアカシャみたいな能力でもない限りは無理だ。
特に毒ガスと、水攻めと、勇者パーティーが全滅した罠辺りは酷すぎた。
ダンジョンは世界に常に一定数存在するらしく、1つ解放すれば1つ新しいダンジョンがそう遠くないうちに出現するそうだ。
どう考えても罠のダンジョンは解放した方がみんな嬉しいだろう。
解放を選び、最後の部屋からダンジョンの入り口の魔法陣に転移させられると、すでに神殿のような建物全体が透け初めて真っ白な光を雲の上まで立ち上らせていた。
綺麗な光景ではあったけど、すぐ家に転移して寝た。
もう夜も遅く眠かったし、家族も心配してるかもしれないし、盗賊団が寝るかもしれないことも考えると魔力を回復しておきたかったからね。
ただ、後でアカシャから聞いたところによると、オレが寝てる頃、世界は大騒ぎだったらしい。




