第190話 新たな同志
素晴らしい。
素晴らしい結婚式になった。
真っ白の花びらが舞い散り、つい先ほどまでは芝生だった地面には色とりどりの花が咲き誇っている。
冬にもかかわらず暖かく、明るくて、皆が笑顔だ。
未だに指輪合わせで起こった魔力光の奔流の残滓である緑色の光の粒が空中を漂い、時折地面に落ちては新たな花を咲かせている。
いつかこの結婚式は、スルトの神話として語られるだろう。
まさに、セイとネリーの結婚式に相応しい。
世間的には、大陸初の統一王であるミロシュ様とその正室となる生ける伝説のスルティアに相応しいとなるのだろうけれど。
僕にとっては、セイこそが世界で最も偉大で、尊敬し、敬愛する人物だ。
彼なくして今の僕もスルトもミロシュ様も存在しえない。
親友であると同時に、神が遣わした天使だと密かに思っている。
実際、セイは生まれ変わる前に神様と会ったことがあるらしいし。
「なぁ、アレク君…。オレ達、本当にこんなに前の方でいいのか? 後でゆっくりセイと話せればいいんだが…」
セイのお父さんのジードさんが少し不安そうに、警護に付いている僕に尋ねてきた。
壇上にいるセイ達に挨拶する順番についての話だ。
「もちろんです。むしろ、1番最初であるべきところを、政治的な問題で3大領主の後になってしまうことを申し訳なく思っています」
僕はジードさんに即答する。
指輪合わせの後は、招待客が決められた順番で壇上の新郎新婦に挨拶をすることになっている。
今は1番最初のフリズス領主が、そろそろ挨拶を終えるところらしい。
結婚式の日程が3日もあるのは、この挨拶の人数が多すぎるからだ。
休憩やイベントを挟みつつ、3日の日程で大陸の重要人物達の挨拶が続く。
まだスルトに恭順していない小国の王などは、祝いの挨拶と臣従の挨拶を兼ねている者も多いと予測されている。
他にもいくつか理由があるけれど、3日必要だと判断された。
「うーん…。まぁ、アレク君がそう言うなら、いいか…。すぐ後ろのネリーちゃんのご家族も貴族様だし、その後ろには元王族の領主様やら他国の王様達が控えていて、正直ビビっちまってたぜ」
「セイが偉くなったというのは聞いていたけれど、王都での様子をこの目で見たことはなかったですものね。想像してたよりずっと立派になっているみたいで、驚いたわ」
「なるようになるさね」
ジードさんと奥様のアンさんが、言葉の割には落ち着いた感じで笑いながら話す。
セイのお婆様のセナさんは達観した様子だ。
さすがセイの家族。きっと驚き慣れているんだろう。
「まぁ、セイだし。オレはこんな感じになってるんじゃないかと思ってたよ」
「「オレも」」
セイの1番上のお兄さんのアルさんがジードさんとアンさんに向かって言うと、2番目のお兄さんのジルさんと、「兄ちゃんみたいなもん」だとセイが言うカールさんが同調した。
3人は会場のテーブルに広がる珍しい料理に夢中で、目線は全員手元の皿に向かっている。
「あんたらねぇ。田舎者だと思われるから、あんまりがっつかないでよ」
「ケイトさん。実際この会場に、僕達以上の田舎者はいないと思うよ…」
アルさん達に注意するケイトさんと、彼女にツッコミを入れるサムさん。
やはりセイの兄姉みたいなものらしい。
というか、ケイトさんはみたいなものではなく、セイの義姉だ。
セイの大切な人達。
ずっと、万が一にも危険が及ばないように関係を隠し通してきた人達だけど、今回だけは堂々と呼びたいということになった。
声高にセイの家族だと喧伝するわけではないけれど、少なくともセイにとっての大切な人達であることは知られるだろう。
馬鹿が何らかの思惑を持って接触してこないとは限らない。
そういう輩がいれば、今日は僕が処理をするつもりだ。
アカシャにも協力を頼み、他にも人を配置しているから、警備体制は万全だ。
セイの家族に挨拶の順番が回ってくる。
壇上に上がり、ミロシュ様とスルティアに挨拶をした後、セイとネリーへ挨拶をしていく。
「セイ。おめでとう。お前もついに結婚か。早ぇもんだな…」
「ありがとう。父ちゃん。大切に育ててくれて…」
セイとジードさんが抱擁を交わす。
その横では、ネリーとアンさんが抱擁を交わしている。
「ネリーちゃん。セイをよろしくね」
「お義母様…」
胸が温かくなる。
同時に、少し羨ましくも思う。
僕には、お祖父様しか家族がいないからね。
セイが家族と挨拶する様子を見守っていると、セイがちょいちょいと僕に手招きをした。
「何かあったのかい?」
警護についての内緒話があるのかと思ったので、そう聞く。
なぜ念話でないのかは気になったけれど。
「何って、お前も家族みたいなものだろ? 親友」
いたずらっぽく笑って腕を広げるセイに、涙が出そうになるのをグッとこらえる。
今日の主役は、僕じゃない。
ここは涙を、流す場面じゃ、ない。
「おめでとう、親友。心から、君の幸せを願っているよ…」
セイと抱擁を交わす。
僕の『完全記憶』が、セイと出会ってからのことを思い出す。
文字通り、人生が変わった。
宝物のような思い出だ。
「私も親友でしょ? アレク」
隣のネリーも腕を広げて、僕のことを親友だと言ってくれる。
僕はニヤリと笑って、セイに聞く。
「僕がハグをしてもいいのかい?」
「……握手にしとけ」
ちょっと拗ねた様子で、笑いつつも少し口を尖らせたセイを見て、ネリーと一緒にプッと吹き出す。
「おめでとう、ネリー。もちろん君も親友だ。これからもよろしく」
「ありがとう、アレク。これからもよろしくね」
ネリーと握手を交わす。
彼女と僕は似ている。どちらもセイに救われた。
そういう意味でも、彼女は心の友だ。
「あたちも、家族みたいなもんなの!」
どこから聞いていたのかベイラが突撃してきて、自分も家族枠だと主張を始める。
感動していたのにメチャクチャになったなと思っていると、珍しくアカシャが、どうやら自主的に念話で僕に話しかけてきた。
『アレク。今日の招待客の中に、貴方の気に入りそうな者がいます。私は気に入りました。後で挨拶しておくと良いでしょう。誰のことかは、壇上を見ていれば分かるはずです』
アカシャが気に入って、僕も気に入るか…。
セイを崇める人物が来ているのだろうな。
壇上を見ていればということは、今日セイ達に挨拶をする人物の中にいるということ。
つまり、かなり高位の人物だ。
新たな同志として仲間に加えるべきか、見極める必要がある。
数時間後、セイの家族の警護をしながら壇上の様子を見ていた僕は、目を丸くしていた。
「私は本日をもって家督を弟に譲り、残りの生涯をかけてセイ・ワトスン様にお仕えしたいと考えております」
ウトガルド領侯爵ジャスミン・クルーガーと名乗った彼女は、ミロシュ様達やセイ達に挨拶をした後、スルトがウトガルド王国を滅ぼしたことについて感謝の言葉を述べた。
徒に戦火を拡大させ、大陸に不幸を撒き散らした亡き主君、ラスロ・パーセル・ウトガルドを止めたことを感謝しているということだった。
彼女が18歳にしてウトガルドの侯爵位にあるのは、繰り返された戦争によって彼女の祖父、父、母達が戦死したことによるものであり、彼女は戦争をとても憎んでいたそうだ。
だから、大陸における戦争の歴史に終止符を打つきっかけを作らんとしているスルトと、それを強く推進しているセイに心酔しているようだ。
ピンクの髪を豪華な縦ロールにした、芯の強そうな目をした女性。
家系は明らかに武闘派。彼女自身もよく鍛えていそうだ。佇まいで分かる。
そうか。こんな女性がいたとは…。
アカシャがセイに黙って僕に伝えてくるわけだ。
壇上のセイが、変な顔をしている。
何で知らなかったんだ、という顔なんだろうな。
『セイ。彼女のことは僕に任せて欲しい。この場での返事は断ってくれ。今、家督を譲られるのは困る』
『アレク? あ…、そういうことか。分かった。アカシャはあえて黙ってたってことね。なるほど、最高のサプライズだな』
僕がセイに念話をすると、セイは何やら気付いたようで、嬉しそうに返してきた。
彼女が壇上から降りてきたら、声をかけよう。
新たな同志となり得る人物かどうか、見極めたい。
僕が婚約者に求めること。
最低条件は、家格が釣り合うこと。
できることなら、セイに心酔し、共にセイを支えていける存在であることが望ましい。
でも、そんな女性に出会うことは難しいと考えていた。
おそらく彼女は、どちらも満たしている。
アカシャの紹介と言っていい状況に、僕の気持ちはどうしても高揚していた。




