第189話 指輪合わせ
『ご主人様。ミロシュ様の挨拶が終わりました』
アカシャからの念話が入ると同時に、会場から大きな拍手の音が鳴った。
ミロシュ様の長い挨拶が終わったのだ。
ミロシュ様の挨拶は、スルトの威光とスルティアの正室としての正統性を示すために必要なものであると同時に、オレ達には退屈なものであった。
大いに関係ある話ではあるんだけど、どこまでも外向けだからなぁ。
『お前ら、ミロシュ様の話が終わったぞ』
オレはちゃんと全部聞いていましたという顔をしながら拍手に混ざり、ミロシュ様の挨拶の裏で念話で会話していた皆にも連絡をする。
『くくっ。分かっておる。抜かりないわ』
『ええ。拍手の音で気付いたわ』
スルティアとネリーが答える。
2人はオレと同じように、壇上で素知らぬ顔をして拍手をしていた。
『ふふ。君達、ミロシュ様が”暇だったら念話でもしていて良い”って言ってくれて良かったね』
アレクがオレ達の念話の内容を聞いて笑っている。
いや、マジでそれな。
正直、念話してなかったら立ったまま寝てたかもしれないよ。
どれだけ長い話になるか知った時はどうしようかと思ったぜ。
まさか20分以上話し続けるとはね…。
失礼だと思いつつも、あっさり提案に乗っちまった。
スルトの本当の歴史を知らない人には結構面白い話だったかもしれないけれど、オレ達は全部知ってるからなぁ。
「スルト王ミロシュ様。感動的なご挨拶、ありがとうございました。次は指輪合わせの儀式を行います。さっそく、壇上に4人の指輪が運ばれて参りました…」
学園長の司会に合わせて、4人の妖精が指輪ケースの乗ったトレイを運んでくる。
その中の2人は、ベイラと妖精女王だ。
妖精女王はミロシュ様の前に、ベイラはスルティアの前に、オレとネリーの前にも残りの2人の妖精がトレイを持ってきてくれた。
「スルト王よ、おめでとう。これからも妖精郷アールヴヘイムは、君達の良き友人であり続けるだろう」
「ありがとう、妖精の女王。これからもよろしく頼む」
ミロシュ様が妖精女王のトレイから指輪ケースを取った。
会場にいる他国の要人達のざわめきが聞こえる。
ウトガルドとの戦争で妖精達がスルトの味方として暴れたという噂は広めてある。
今の会話で、それが事実であることと、今後も妖精がスルトの味方であることが伝わっただろう。
「スルティア、おめでとうなの」
「ありがとう、ベイラ。わしに、こんな日が来るとはのぅ…」
ベイラのトレイから指輪ケースを受け取ったスルティアは、すでに泣いている。
良かったなぁ…。
オレとネリーはスルティアを見て笑顔になりながら、妖精から指輪ケースを受け取った。
オレ達4人が一斉に指輪ケースを開けると、中からブワッっと淡い緑色の魔力光が溢れ出す。
会場の1番後ろからでも見えるその美しい光に、会場中が沸く。
この指輪は、カールとカールの父ちゃんとライリーの合作だ。
3人が会場で、肩を組んではしゃいでいるのが見える。
苦労して作ったんだから、気持ちは分かる。でも。
まだまだ、ここからだろう?
指輪をケースから取り出し、ケースを妖精に渡すと、妖精達が退場していく。
「新郎、新婦の指輪の交換です」
学園長の声を聞いて、オレは自分が持っている指輪をネリーの左手の薬指に嵌めた。
この辺りは地球と一緒なんだよなと、面白く感じる。
知っていたはずなのに、思ったより細く感じるネリーの指。
数字で知る情報と、体感する情報は、オレが思っているよりも違うのかもしれない。
直後に、オレもネリーに指輪を嵌めてもらう。
「アンタの指、思ったよりゴツいのね」
「はっはっは。オレは、お前の指が思ったより細いって感じたよ」
ネリーが同じようなことを感じてたと知って、笑う。
「この指輪が、私と君がずっと一緒だという証しだ」
「ミロシュ…。大切にする。ずっと、ずっとじゃ…」
ミロシュ様とスルティアも指輪の交換を終えたらしい。
スルティアがずっとって言うと、重みが違うね。
スルティアに、本当の意味でずっとと言っているであろうミロシュ様を、オレは尊敬する。
ミロシュ様ならきっと、スルティアの寂しさを何とかしてくれるだろう。
そしてオレは…。
「それでは、指輪合わせの儀式を…」
学園長が、儀式を始めることを促す。
指輪合わせの儀式とは、新郎と新婦が誓いの言葉を述べた後に、お互いの指輪をくっつけ合わせる儀式だ。
オレはこのために用意していた言葉を話す。
これだけは、アカシャというカンペを使うわけにはいかないだろう。
「ネリー、大好きだ。愛してる。これからずっと、死ぬまで一緒に、楽しく、生きていこう」
オレの言葉を聞いたネリーが、笑顔で涙を浮かべる。
「私も大好きよ、セイ。ええ、ずっと一緒に、生きていきましょう…」
ネリーの言葉を聞いて、オレも笑顔を浮かべる。
不思議だ。ずっとネリーと一緒だという実感が、急に湧いてきた。
「スルティア。私は君を愛し続ける。この先1000年、1万年でも、君がそれを感じ続けられるようにしてみせる」
「ミロシュ。もはや、お前をフィリプと並べはせん。わしもただ1人、お前だけを愛し続けよう。そして、お前の子孫や国民達を愛し続ける。そういうことじゃろう?」
「ああ。すまない。いつか私は先に逝く。だが、決して君を1人にはしない。約束しよう」
ミロシュ様とスルティアも誓いの言葉を述べる。
ミロシュ様の約束は、オレ達も全面的に協力する。必ず達成してみせる。
それはスルティアを地下から引っ張り出したオレ達の責任でもある。
オレとネリー、ミロシュ様とスルティアが、それぞれ向かい合って左手を伸ばす。
見た目はグータッチにそっくりだ。
お互いの指輪が合わさる直前で止まり、口を開く。
「私、ミロシュ・ディエム・スルトは、スルティアと…」
「私、スルティアは、ミロシュ・ティエム・スルトと…」
「私、セイ・ワトスンは、ネリー・トンプソンと…」
「私、ネリー・トンプソンは、セイ・ワトスンと…」
順番に口上を述べた後、全員で口を開く。
「「「「今日、この時をもって、結婚する」」」」
誓約の言葉を発して、互いに指輪を合わせる。
その瞬間、キンッという軽い音とは裏腹に、凄まじい光の奔流が指輪を中心に起きた。
オレとネリーが合わせる指輪からは、オレとネリーの魔力光が激しく混じり合い、迸っている。
隣では、ミロシュ様とスルティアの指輪が同様の状態になっていた。
魔力光の色が個々人で少しずつ違うからこその、美しい光の奔流。
対応した指輪が合わさるときのみ、このような効果が出るように調整された逸品だ。
この指輪に使われている金属は、ミスリルやアクエリアスなど、この世界の様々な魔法金属の合金である。
ノーリー研が配合率を調整したこの金属を、カール親子で鍛え、ライリーが仕上げた。
アカシャがその全てをサポートしたこともあり、最高の物に仕上がった。
特定条件を満たした時に、ただ派手な演出をするだけの指輪。
この全く実用的でない指輪に、最先端の技術と最高の職人を使った。
生涯ただ1度の、圧倒的な無駄遣い。
まさに記念日に相応しくて、面白いじゃないか。
光の奔流は、垂れ流すだけ垂れ流した後、細かい粒になって会場に降り注ぐ。
『その魔力、使わないならアタシが演出に使わせてもらうよ』
世界樹の婆さんが念話で伝えてくる。
何をするつもりだ?
『魔力が地面に着いたと同時に、色とりどりの花が咲いています』
アカシャが報告をしてくれる。
なるほど。
『ありがとう、婆さん』
『いいってことさね。アタシも楽しんでる』
会場中の人達が、見とれたり、驚いたりしながら、オレ達を祝ってくれている。
地球では高校生までの人生だった。
転生して、こっちではまだ15歳とはいえ、成人して、結婚もした。
大人になるっていうのは、オレにとって未知の領域だ。
これからネリーと、アカシャと、皆と一緒に、未知を楽しむことにしよう。




