第188話 常春の結婚式
ミロシュ様とスルティアとオレとネリーの結婚式を一緒になることになると決まってから、準備の時間は十分にあった。
なぜなら、決まった時点ではオレもネリーも15歳になっておらず、成人していなかったからだ。
オレの誕生日は8月、ネリーの誕生日は11月。
スルティア学園の学年で言うと、6学年の11月に両方が成人する。
だから、結婚式はネリーの誕生日である11月15日に行われることとなり、準備期間は1年近くあった。
オレ達はその準備期間を活用して、最高の結婚式にするために頑張った。
オレとネリー、ミロシュ様とスルティアはもちろん、仲間達も頑張ってくれた。
もちろん、オレ達だけじゃない。
王であるミロシュ様の結婚式だから当たり前かもしれないけど、国を挙げての準備となった。
オレ達がお世話になった人達は漏れなく招待したし、大陸中の貴賓もスルト国として招待した。
まだスルトに統一されていない国も含めてだ。
これは、実質的にすでに大陸を統一したと言えるスルトが、まだ恭順の意をはっきり示していない国に対して、ちょうど良い機会を与える思惑があったことは間違いない。
宰相とジョアンさんが主導したことを、オレは知っている。
この結婚式が単なる祝いの場ではなく、多分に政治的意味を含んでいることは予め分かっていたことだ。
でも、準備期間が長かったこと、多くの人が関わったことで、様々な思惑が絡まり合い、オレ達の予想を超えて膨れ上がった。
そしてその結果、とんでもねぇことになった…。
「ここまでになるとは想像してなかったぜ…。なぁ、アカシャ?」
『はい。初期の段階でこうなるとは、全く予測できませんでした』
目の前のふざけた光景を前に、オレはアカシャと感想を言い合った。
今日は王国歴1078年11月15日。
ネリーの誕生日であり、オレ達とスルティア達の結婚式の当日だ。
広大なスルティア学園の敷地の一角に設けられた、屋外特設式場。
そこには妖精が飛び交い、世界樹の花びらが舞い散る幻想的な光景が広がっていた。
オレ達はそれを壇上横の控室から見ている。
控室の壁は、スルティアに概念を話して作ってもらったマジックミラーとなっていた。
冬の始まりといえるこの時期に、青々とした綺麗な芝生が絨毯のように広がり、この式場の上空にだけ伸ばされている世界樹の枝に咲いた純白の花は満開だ。
世界樹の婆さんが張り切ったことで、式場の周囲のみ時季外れの春が訪れていた。
気温も春のように暖かく、木漏れ日も増幅されて十分な明るさが確保されている。
こういうのは婆さんの得意分野だけど、まさか参加するとは思っていなかったので驚きだ。
すでに式場には多くの人が集まっているけれど、ほとんどの人が未だに信じられないという顔をしている。
「君達が想像していないものを、私が想像できるはずもなかったな。これはまさしく、史上最大の結婚式と呼ぶに相応しいものとなるだろう」
一緒に壇上に上がるのを待っているミロシュ様が、オレとアカシャの会話に入って来た。
服装も一緒で、銀色にテカテカ光った、フロックコートって言うのかな? スーツみたいのを着ている。
服装は日本の結婚式と大差ない。
今日の結婚式には1万人もの招待客が参列予定となっている。
7千人は希望者から抽選で選ばれた一般客で、残りの3千人がオレ達や国が直接招待した客とその護衛など関係者達だ。
ちなみに、妖精達と世界樹の婆さんは別枠だ。
あいつらを入れるともうちょっと多い。
「抽選とか、倍率凄まじかったですからね。希望者全員入れてたら、もっと大きくなってましたよ。主役がほとんど見えなくなるほど大きくしてもしょうがないから、これくらいに抑えましたが」
「うむ。抑えているというのを忘れそうになる人数だがな」
「それだけスルティアが人気ってことですよ」
オレとミロシュ様は待機時間の間、気楽に話をしていた。
この世界の結婚式は、日本の結婚式の披露宴に近い。
この後時間になったら、オレ達は壇上に上がって挨拶をして、ちょっとした儀式の後、壇上のテーブルで飯を食うだけだ。
直接招待された客が、そこに次々やってきて祝いの言葉を述べる。
その間、他の客は立食パーティーだ。
芝生の上にたくさん並べられたテーブルには、あらゆる食材であらゆる料理が並べられている。
大陸中のどんな美食家でも、見たことがない料理が多数あるはずだ。
アカシャが言ってるんだから間違いない。
というか、地球にしかなかった料理も出してるし当然なのだけど。
先に式場に着いた人から立食パーティーは始めてもらっているので、すでに式場は大賑わいだ。
特に抽選で選ばれた招待客は、そのほとんどが平民とあって、見慣れない豪華な料理に夢中な者が多いようだ。
酒も高級なものが多いしね。
もちろんこの控室にも色々用意されている。
挨拶が始まったらほとんど食えないかもしれないし、少しは手を付けていいかもしれない。
しばらくミロシュ様やアカシャと話しながら待っていると、司会の学園長が時間になったことを告げる声が聞こえてきた。
「さて、時間だ。我らの最愛の花嫁と対面しようではないか」
「花嫁衣装が楽しみですね」
『私が力の限り、情報を遮断したのです。存分にお楽しみ下さい』
花嫁衣装に関しては、アカシャに頼んでオレ達に情報が一切伝わらないようにしてもらった。
かなり大変だったようだが、おかげでメチャクチャ楽しみだ。
知らないということが好奇心を刺激する。
何もかもを知るということは、退屈と近しいのだ。
知らない方がいいこともたくさんあるよね。
ミロシュ様に続いて壇上に上がる。
反対側からは、スルティアとネリーが一緒に壇上に上がってきていた。
主役の登壇に式場が沸く。
でも、オレはそれを意に介さず、ただ、近付いてくるネリーに見惚れていた。
純白の、まさに王道というウェディングドレス。
上部はキュッとしていて、ウエストから裾にかけて大きく広がるデザイン。
腕や肩には布がなく、ネリーの健康的な肌が艶めいている。
腰くらいまで伸びた透明感のあるベールが、ネリーの真っ赤な髪をより美しく引き立てていた。
ドレスのデザイン自体は、地球と大差ない。いや、きっと地球の方が優れているだろう。
ただ、ただ……。
「「きれいだ(美しい)…」」
オレとミロシュ様の声が重なる。
ここで初めて、スルティアもいたのだと思い出した。
まさか、背が高くてボンキュッボンな体型のスルティアが目に入らないとはね…。
スルティアはまさにプリンセスって感じのウェディングドレスを身に纏っていた。
スルティアも、足元まで伸びた長いベールが灰色に近い銀髪によく似合っていた。
「ミロシュよ…。わしは今、1000年間で、1番幸せじゃ…」
そう言って涙ぐむスルティアを見て、オレ達3人は笑顔になった。
スルティアが報われる。それはオレ達がずっと求めていたことだった。
「これからずっと、その幸せを守ることを誓うよ」
ミロシュ様が優しく言う。
「ほら、アンタからは何かないの?」
「きれいだって言ったじゃねぇか」
「もう。ミロシュ様と違って気が利かないんだから」
ネリーがスルティアとミロシュ様を見て、オレにも気の利いた言葉をねだってきたけれど、オレにはハードルが高すぎた。
この後の儀式の時に用意してる言葉で精一杯だ。
「イチャついてるところすまんが、そろそろ挨拶してほしいんじゃがな…」
司会の学園長が言いやがった言葉で、会場がどっと笑いに包まれる。
わざわざ拡声魔法使わなくてもいいだろうがよぉ、学園長め…。
オレとネリーが真っ赤になっている間に、ミロシュ様が招待客の方を向いて一歩前に出て、挨拶を始める。
「皆の者。本日は我々の結婚式のために集まってくれたこと、感謝する。スルトの偉大なる建国王フィリプは1080年前、ここにいるスルティアと出会い、その2年後の1078年前、このスルト国は誕生した。当時……………」
ミロシュ様の挨拶は、スルトの威光とスルティアの正室としての正統性を示すために長くなることが元々予定されている。
軽く聞き流しながら、アカシャ・ネリー・アレク・ベイラと念話して暇を潰す。
あ、父ちゃん達発見。あそこにいるのか。
ジル兄ちゃんとバッチリ目が合った。手を振られたので、振り返す。
え? 自由すぎるって? いやいや、今も飛び回ってる妖精達に比べれば大したことないだろ。てか、スルティアも色んな人達に手ぇ振りまくってるし。
おいおい、スルティア。お前も念話に混ざるのかよ。ミロシュ様が泣くぜ? 話しが長くて退屈? まぁ分かるけどさ、この話の半分はお前のためだからな。
後に常春の結婚式と呼ばれる、この史上最大の結婚式は、一般客を日毎に入れ替えながら、これから三日三晩続くことになる。




