第34話 アルカトラ27.5層
「刀身、いや剣だから剣身か。さっきまで綺麗な銀色だったのに、透き通るような青に色が変わったぞ」
正面からやって来た熊のようなモンスターを袈裟斬りで一撃の元に切り払いつつ、アカシャに剣身の変化についての答えを求める。
さすが伝説の剣と言うだけあって、2メートル以上ありそうなゴツいモンスターもバターのように切れた。
ただ、やはり重いな。
身体強化を使っていても気を抜くとバランスを崩しそうだ。
まぁ、オレの今の身長が120センチくらいで、虹色の剣の全長とほぼ同じだからバランスが悪いのは当たり前だけど。
「色の変化は、ご主人様が"水纏"を使っているのが原因です。この剣が虹色の剣と呼ばれる所以ですね」
次に正面からやって来た狼みたいなモンスター2匹を、水平斬りでまとめて切り裂く。
正面以外のモンスターは周りに浮かべた水球が処理し続けている。
威力はともかく、数を倒すには魔法の方が圧倒的に優秀だ。
特性が違うのだから仕方がないとはいえ、手に入れたばかりの伝説の剣が魔法に劣るのはもやっとするところがあるな。
「色が変わるからには、何か効果があるんだろ?」
斬る。突く。斬る。次々に押し寄せてくるモンスターを倒していく。
剣で倒しているのは正面だけなのに、雑魚とはいえこの量はやばいな。
いくら勇者でも、剣だけじゃ限界があったのにも頷ける。
オレだって剣の素人ではあるけど、何年もかけてアカシャに効率のいい剣の振り方を教わっているのに。
いざというときは魔法で範囲殲滅できるから試し切りをする余裕もあるけど、オレの腕じゃ剣だけで戦ったらあっという間に囲まれて死ぬだろう。
「虹色の剣は魔法の触媒としても非常に優秀なのです。使用者の魔法の威力を底上げでき、その上昇率は高位の杖にすら勝るとも劣りません」
「なるほど。オレ向きだな」
言われてみると、周りの水球から放たれるウォーターカッターや水鉄砲の威力が増している気がする。
どちらにせよ一撃だから気がつかなかったけど。
そういうことなら、どれくらいブーストされてるか確かめたくなっちゃうね。
水球の1つを手元に呼び寄せ、虹色の剣に纏わせる。
さっき使ったコレが、魔法のブーストを確かめるのに一番向いているだろう。
「アカシャ、一閃を使う。サポート頼んだ」
「かしこまりました」
肩の上のアカシャが、目をつむり芝居がかった優雅な一礼をした。
アカシャの可愛い仕草に思わず笑みがこぼれそうになったが、水を纏った虹色の剣で居合い切りの構えをとる。
本来、直剣で居合い斬りってのはおかしいだろうし、そもそも今は鞘もないけど、魔法はイメージ。
イメージの補強のためだけでも鞘が欲しいな。
息を整え、水魔法を使う準備をする。
一閃を使うまでに向かってくるモンスターは、水球で処理して近づけないようにしておく。
「いつでもいけるぞ」
アカシャに準備ができたことを伝え、正面のみ水球での処理を止めた。
押し寄せていたモンスターが自然と正面方向に集まって向かって来る。
ちょっと心配になるくらい近付いてきているモンスターもいるけど、アカシャを信じて合図を待つ。
「今です」
「"一閃"!!」
水を纏った、澄んだ青色をした虹色の剣で居合い切りを放つ。
"限定"と"宣誓"と"水纏"で増幅し超強化されたウォーターカッターを、さらに虹色の剣で増幅。
再び放たれた、前回を越える規模の飛ぶ斬激は、前方のモンスター全てを真っ二つに薙ぎ払う。
正面にいたモンスターは背の低いモンスターを除き全滅。
安全地帯があった角から、対角線上に向けて放ったことで、左右の壁際にいたモンスター以外はほぼ範囲内に含まれたようだ。
「凄まじい威力だな。100匹以上は倒しただろ」
明らかに大きく威力が増している。
さすが伝説になった剣だ。
見た目もいいし、大満足の使い心地だ。
「170匹倒しております」
「おお! これだけの威力なら、ボズにも効くんじゃないのか? 水が無理でも、火とか雷ならさ!」
期待を込めて聞いてみる。
「ご主人様の全魔力を使えば、それなりのダメージにはなります。しかし、後が続きませんのでやはり勝ち目はありません」
「そうかぁ。魔力の回復薬ってのは存在しないんだったよな?」
「はい。だからこそ、その指輪のように魔力の上限を増やせる装備はとても貴重で重要です。必ず常にお付けください」
「魔力を瞬時に全快できるようなものが複数あれば、ボズがいくら強くても倒しきれるんだけどなぁ…」
残念だけどしょうがないな。
元々そういう前提で作戦を立ててるし、状況が悪くなった訳ではないから。
「まぁ、ないものねだってもしょうがないな。残りを処理しつつ、先に進もう」
話しつつも、部屋に残った100体弱のモンスターは着々と水球を飛ばして処理し続けている。
これだけ減れば、向かってきたヤツだけ倒しながら先に進んでも大丈夫だろう。
そう思い、前に向かって足を踏み出すと、何やら地響きのような低い音が聞こえてきた。
「ん? また仕掛け床が上がって来たのか? って、あああああーっっ!!」
仕掛け床のせり上がった部分が、音を立てながらずれ落ちていく…。
せっかく作った出口の穴に向かって。
さっきの一閃で切断してしまったらしい。
壁は斬れなかったから、油断してた。
「ア、アカシャ! ヤバい、出口が塞がっちゃう!」
焦りまくるオレに対し、アカシャは涼しい顔だ。
基本いつも涼しい顔だけど。
「心配ありません。ご主人様が問題なく通れる程度に塞がりますので」
さっすがアカシャ。
そこまですでに計算してたのか…。
「ほんと頼りになるな。ありがとうアカシャ」
「私がご主人様のために動くのは当然のことですので、感謝は不要です」
そう言いながらも、アカシャの口角はちょっとだけ上がっているように見えなくもない。
いや、絶対ちょっとだけ上がってる。
オレには分かる。
「お前は本当に可愛いなー」
うりうりっと、指でアカシャの頬を軽くつつく。
「この行為になんの意味が? 意味がないということは感情由来のもの…?」
何やらアカシャが珍しく困惑しているのが面白いな。
「こういうのはな、親愛表現ってヤツだ。言葉にすれば解るだろ?」
感情が分からないというアカシャのために言葉にしてやると、アカシャは突然背筋を伸ばし、何かに気付いたような表情になった。
アカシャの表現が変わるなんて珍しい。
オレはアカシャの頭の上に豆電球が出るのを幻視したよ。
「そうですか…。これが親愛表現。つまり、ご主人様は私のことが好き。そうですか…」
何やらちょっと飛躍したことを呟いてる気もするけど、まぁ大まかには合ってるからいいかな。
そんなことを思いつつ、オレは瓦礫の隙間から出口の穴に入っていった。
残りのモンスター? 向かってきたヤツは全部水球ビットさんが処理してくれたよ。
アカシャと話してる間にね。
水纏便利すぎるだろ。
出口から下に続く階段を降りると、円形の部屋に出た。
壁際にたくさんの登り階段があり、オレもその1つから出てきた。
部屋の中心部には下り階段があり、その横には大きな魔物が一匹と、10匹ほどのモンスターハウスでも見た魔物達がいた。
「アルカトラ27.5層。27層のモンスターハウスからのみ入ることができる特殊フロアです」
「へぇ。特殊フロアか。構造的にどういう場所かは想像付くけど」
大きな魔物は、一言でいうと凶暴で醜悪なでかいカンガルーだ。
腹にあるやたらでかい袋から、ゆっくりとした動作でモンスターハウスの魔物を取り出している。
あいつがモンスターハウスの魔物を産み出してたんだな…。
向こうもこちらに気付いている。視線はこちらに向けて固定されていた。
光源を持ってるんだから気付かれるのも当然か。
「人間がここに来るのは初めてだな。どれ、褒美だ。ワシが直々に殺してやろう」
醜いカンガルーが、しゃがれた声で話しかけてきた。
喋るモンスターと会うのは初めてだな。
出会い頭から清々しいくらいのクソ野郎ってことが分かっただけで、感動も何もないけど。
ただ、言葉が分かるなら、これだけは言っておきたい。
「この虹色の剣のためにも、お前みたいなクソ野郎に殺されてたまるかよ」
勇者はお前じゃなく罠に殺されただけだってことを、その身を持って教えてやる。
オレは澄んだ青色になった虹色の剣を構えた。




