第33話 仕掛け
地面に刺さった伝説の剣と、それが後ろを守るように作られた安全地帯を見回し、改めて思う。
「どうしてこんなことになったんだ?」
想像はできる。勇者はおそらく仲間を守りながら力尽きたんだろう。
でも、ここのモンスターはそこまで強くない。
勇者とまで言われた人が、どうしてこんな状況になるまで追い詰められたのか。
「一番の理由は、運がなかったのです。パーティーの回復役と魔法攻撃役が、洞窟の崩落に巻き込まれました。ここまで消耗していたこともあり、回復役は死亡。魔法攻撃役も重症を負いました」
アカシャが答えてくれる。
アカシャの能力なら、過去の出来事も全て知ることができる。
勇者パーティーは罠を警戒した結果、縦に大きく伸びた状態で宝箱を開けたらしい。
防御力が低い回復役と魔法攻撃役を宝箱から遠ざけて。
結果、それが致命的だった。
パーティーの回復役を失い、唯一範囲殲滅ができる者が重症。
重傷者を即座に回復できるアイテムもなく、モンスターハウスが現れたときにはすでにピンチだったらしい。
「せめて、宝箱の中身がご主人様と同じ超級回復薬であれば、違った未来もあったかもしれません」
宝箱の中身は宝箱が現れるときにランダムで決まるらしい。
勇者達は、オレとは違う中身だったようだ。
ここで範囲殲滅ができないのは厳しすぎるな。
いくら強くても、多勢に無勢だ。
何しろ、オレはアカシャから聞いてるから知っているが、ここの敵は無限に湧く。
そう考えるとむしろ、よくここまで入ってこられたな。
「負傷者を守りながら何とかここまで入ってきて、出口がないと分かったときは辛かっただろうな」
そう、この部屋。出口がないのだ。
学校の体育館と同じくらいか少し広いくらいのこの部屋だが、入ってきた入り口以外は全て壁に囲まれている。
「勇者は最後まで、決して諦めることなく脱出方法を探していました。半分正解というところまではたどり着いたのですが」
「そこで力尽きてしまったと。ここは、モンスターが入ってこられない安全地帯なのに、遺骨とかは残ってないんだな」
モンスターが入ってこられないなら、中にあったものは全て当時のままでもおかしくはないのに、ここには何もなかった。
「一部の例外を除くと、時が経つとダンジョンが吸収してしまうのです。残ったのはこの剣と、角に落ちている指輪だけですね」
言われて見ると、確かに角のところに指輪が落ちている。
それを拾い上げ、照明代わりしている魔法の方へかざす。
「数百年守られ続けた指輪か。時を感じさせない綺麗さだな」
その指輪は、光沢のあるリングに小振りだが存在感はある赤い宝石のようなものが埋め込まれたものだった。
「お付けください。降魔の指輪というレアなアイテムです。魔力が10%増える効果を持ちます」
アカシャはそう言うが、オレは指輪を付けるのを躊躇してしまった。
「剣を手に入れに来たオレが言うのもなんだけど、ずっと守られて来たものを持っていくのは抵抗あるな…」
「剣を手に入れれば、この安全地帯も消えます。モンスターに荒らされるくらいなら、ご主人様が使った方が有意義でしょう」
それはそうかもしれない…。
少し迷ったけど、オレは指輪を付けさせてもらうことにした。
一応、付ける前に手を合わせておく。
遺志を継ぐってわけではないけど、死者への敬意と、ありがたく使わせていただきますという意味を込めて。
剣の前でも同じように手を合わせておいた。
「ご主人様、そろそろです」
「わかった。勇者様。伝説の虹色の剣、使わせていただきます。あなたがそうしたように、守りたいものを守るために」
そう言うと、まだ手もかけていないのに安全地帯が消えた。
おっと、タイミング的にはまだ少しだけ残ってて欲しかったんだけどな。
でも、持ってけって言われたような気がして、オレはニヤリと笑った。
安全地帯が消えたことで向かってくるモンスター共を、浮かんだたくさんの水球で処理して近づけないようにしつつ、指輪をはめ、そして剣に手をかける。
そのとき、今いる場所と対角となる角の辺りの床が、地響きを立てながらせり上がり始めた。
ここの敵が無限に湧く理由。
敵の増援だ。
「ご主人様、あそこと、あそこです」
「よし。確認した。水球を向かわせる」
床がせり上がり始めるのと同時に、部屋の壁の中で2箇所だけ、拳大の岩が呼応するように突き出て来ていた。
それぞれに水球を向かわせ、水の圧力で2箇所同時に突き出た岩を押し込む。
すると、せり上がっていた床が、上がりきったところで止まって動かなくなった。
床が上がったことで空いた穴からは、モンスターがわらわらと出てくる。
「この広い部屋で、こんな小さな変化を気付けってのは無理があるよなぁ」
「床が閉じる前に力業で入るという方法もあります」
敵の増援のためにせり上がる床は、本来モンスターを吐き出した後すぐに閉まる。
だが、仕掛けを破ることでこの床は開いたままにすることができるのだ。
この仕掛け扉のように開く床が、唯一の出口。
唯一といっても、とても酷いことに毎回この場所の床が開くわけではないらしい。
近くで待機しておいて急いで入るのは厳しい。
床を固定する仕掛けも毎回違う場所に現れる上に、2箇所同時に押し込まなければならない。
モンスターの対処をしながら。
体育館の中でドッジボールをしながら、窓から入ってきた虫に気付けっていうくらい無理がある気がする。
アカシャ様々だな。
知ってるか知らないで天と地ほどの差がある。
固定してしまえば、あとは焦らず突破するだけ。
オレは虹色の剣を床から引き抜いた。
「重っ。身体強化使っててこれかよ」
「問題なく振れるでしょうが、多少動きを阻害してしまいますね」
「まぁ、しょうがないな。さっそく試し切りだ」
虹色の剣を構えると、さっきまで美しい銀色だった剣が、澄んだ青色に変わっていた。




