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第171話 ただのファビオ

 ウトガルド地方のある森のはた


 そこに、私達家族4人は立ち尽くしていた。


 私は、ただのファビオ。

 今日から平民、いや、農民となった、家名すら失った男だ。



「本当に、こんな何もないところに人が住めるのか…?」


「もしかして、結局私達を殺すつもり?」



 ノバクとペトラが道すらない平原と森を見て、恐れるように言葉を発した。



「そんな面倒なことしないって。大丈夫、大丈夫、何とかなるさ」


「そ、そ、そうです。というより、私達は何とかするしか、ないのですから…!」



 セイ・ワトスンの気軽な言葉に、ビクトリアが不安そうながらも気丈に相槌あいづちを打った。



「うむ。何もかも失ったが、お前達がいれば私は十分だ。何もないところから頑張ろうではないか」



 私もビクトリアに相槌を打ち、家族に語りかけた。



 あの会議の後、ビクトリアとノバクとペトラに出された条件を打ち明けた。

 私は出された条件の厳しさに不平が出るかと思っていたが、3人は想像に反してすぐに農民となることを選んだ。


 あれだけ貴族であることにこだわり、平民を嫌っていた3人が、ペトラや私の助命のためにあっさりと平民となることを決めたのだ。

 私は泣いた。


 ビクトリアとノバクは、セイ・ワトスンやミロシュに頭を下げて私達を助けに来た時から、このようになることを覚悟していたそうだ。

 ペトラは泣きながら2人に謝罪し、私も力及ばずこのようなことになってしまったことを3人にびた。


 お互いにお互いさえいればいい。私達はそれを確認しあって、誰の目にもとまらない辺境の地で生活することを決めた。


 しかし、課題は多くあるだろう。

 今までとあまりに異なる生活が困難を極めることは想像にかたくないが、それだけではない。


 私達が我慢をせず、以前のように身勝手な考えを持ちそれを実行に移せば、次は確実に全員殺される。

 私達はそれを理解し、謙虚に日々を過ごさねばならない。


 今日、ここに私達を連れて来たのはセイ・ワトスンだが、転移前に見送りに来たアレクサンダー・ズベレフの言葉は決して忘れてはならないものだった。


 今思い出しても、恐ろしい。

 見送りに来たというより、私達に釘を差しに来たズベレフは、こう言った。



「僕は君たちを信じてはいない。君たちは都合が悪くなれば、また不平を言い、反旗をひるがえすだろう。そして負ければ、また慈悲をう。何度でもね」


「そ、そんなことは…」



 私は必死に否定しようとしたが、ズベレフは私の言葉をさえぎって続けた。



「ないなら良いんだ。でも、警告しておくよ。()はない。セイやミロシュ様が許しても、僕が許さない。肝にめいじておくことだ」


「う、うむ…。ディエゴ・モンフィスや、ステファノス・ワウリンカを消したのはお前だと聞いている。拾った命を無駄にせぬよう、肝に銘じておこう」



 アレクサンダー・ズベレフの目は、本気だった。

 私は何とか言葉をつむぎ出し、ズベレフというよりペトラやノバクに聞こえるように気を配った。


 ペトラやノバクも青ざめながら、もうやらないと約束していた。


 私達は"契約"でスルトに不利益を与えることをしてはならないと縛られている。

 だが、"契約"は絶対ではない。だからこそ、私達は肝に銘じる必要がある。


 これからの生活がどんなに苦しく、不満があっても、妙な考えを起こしてはならないと。



 この何もない地で、私達は生きていく。

 そのためにどうするか。私なりに考えてきた。



「セイ・ワトスン。恥ずかしい話だが、私は家の建て方も、農業も分からない。動物や魔物の狩り方はかろうじて分かるが、解体の仕方は分からない。すまないが、教えてもらうことはできるだろうか…?」



 私はセイ・ワトスンに、事前に打ち合わせしていた言葉を投げかける。

 私だけでなく、全員が生きる術を知る必要がある。

 しかし、何でも助けてもらえるという姿勢でいるのも、また困る。


 私達はこれから、自分達のみの力で生きていかなければならないからだ。



「わ、私も料理の仕方を教えていただけないかしら…?」



 ビクトリアが私の言葉に乗っかってくる。

 ある意味、良いアシストだ。



「ああ。そうだろうと思って、事前に資料を作っておきました。これを見れば、最低限のことは分かると思います。オレが残って手取り足取り教えてやるわけにはいきませんからね。ファビオさんに渡しておくから、これを読んで何とか頑張ってください」



 セイ・ワトスンが私が望んだとおりに、ちょうどいい具合に突き放してくれる。

 色々あったが、奴には頭が上がらない。


 私はセイ・ワトスンから資料を受け取る。

 ビクトリアとペトラが少し残念そうな顔をしたが、私はそれを手で制した。



「感謝する。十分だ。君がここまで私達に気を配る理由など、全くないというのに」



 感謝こそして、不平を言う権利などないことをハッキリと言葉にしておく。

 セイ・ワトスンに対して言った言葉ではあるが、家族に対して聞かせるための言葉だ。


 私達は、今度こそ変わる。

 変わらねばならない。

 きっとできる。信じている。私がそうなるように導く。今度こそ。



「気にしないでください。助けておいて死なせたんじゃ気分悪いですし。そうそう、ちゃんと約束通りに過ごしていたら、そのうちペトラさんとノバクにお見合い相手を連れて来ますよ」


「ほっ、本当ですか! 約束ですよ!」



 セイ・ワトスンが言ったお見合い相手という言葉に、ビクトリアが嬉しそうに反応する。


 完全に隔離された自給自足の生活では子孫が残せず、実質的には処刑と変わらないかもしれないとビクトリアは気にしていたからな。

 この配慮は私も含め、ことほか嬉しいことだった。



「じゃあ、オレはそろそろ帰ります。色々あったけど、お元気で。個人的には、応援してますよ」



 セイ・ワトスンはニヤリといたずらっぽく笑った。


 決して私達をバカにしているわけではなさそうだった。

 本当に此奴こやつは、色々あったのに私達を応援しているのだろう。


 勝てぬわけだ。

 私達は、この子供の恨みの対象にすらならなかった。

 幸運なことに。



「ワトスン…。私はこれからも自らを鍛えるのを止めぬぞ。もはや貴族ではなくなったが、今回の戦争で、私は家族のために強くなることを知ったのだ」



 ノバクがセイ・ワトスンに自らの決意を伝えている。

 成長したな。ノバク。

 父は誇らしいぞ。



「そうか。たぶん最初は生活に慣れるだけでも大変だと思うけど、めげずにコツコツ頑張れ。そのモチベーションなら、今よりずっと強くなれると思うぞ」


「いつか、貴様を驚かせるほど強くなってみせる」


「いいね。やってみろ」



 もはや友人のように見えるノバクとセイ・ワトスンのやり取りを見て、私はやるせない気分になる。


 最初からこのような関係であれば、違う未来もあったろうに…。



「わ、私も…。心を入れ替えて頑張るわ…!」



 ペトラもノバクにつられてか、セイ・ワトスンに決意を述べた。

 それを見て、私は思った。


 いや、これで良かったのだ、と。

 ビクトリアは正気を取り戻し、子供たちは成長した。

 失ったものは多いが、本当に大切なものはむしろ戻ってきたと言えるかもしれぬ。



 セイ・ワトスンが帰ったのち、私達は極めて厳しい現実と戦うこととなった。


 私達がかつて目のかたきとし、バカにしていた平民達全てに、私達の愚かさを謝罪せねばなるまい。


 私達は今までどれだけの平民に助けられて生きてきたのか、身を持って思い知った。

 平民達はこの生活を、魔法なしでやっている。

 そんなことが可能なのか、驚嘆きょうたんすべきことだ。


 厳しく苦しい、平民としての自給自足の生活。


 だがしかし、王族であった時よりも、不思議と私達の笑顔は増えたように思う。


 いずれ、この厳しさにを上げて不満が出ることもあるやもしれぬ。

 その時私は、この笑顔が増えた話を、愛する家族にしたいと思うのだ。







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