第170話 本当に愚かな男
土下座して娘のペトラの命乞いをするファビオ。
こうなることは、この場にいるほとんど誰しもが予想していたことだろう。
しかし、その行為を見る目は、かなりの個人差があった。
オレやネリー、アレクは、やっぱりねといった感じでファビオ自身よりもミロシュ様や周囲の反応の方に興味を示していた。
スルティアや宰相、大賢者や学園長は、やれやれと困った人を見る目をしている。
ギルド長をはじめとした数人は、冷静に成り行きを見守っている感じだ。
ウトガルド王はなぜか、この場で最もファビオに同情的で優しい目をしている気がした。
そして、ファビオが直接土下座の対象としている、この場の決定権を持つミロシュ様は冷たい目をしていた。
ちなみに、ジョアンさんもミロシュ様並みに冷たい目でファビオを見ている。
ミロシュ様がファビオを見る目が冷たくなるのは、当然だ。
何しろ、ファビオはミロシュ様を謀反人として殺そうとした過去がある。
今回ファビオとペトラがしたことは、明確に謀反である。
息子である自分を殺そうとした父親が、娘だけは助けてくれと都合のいいことを言っているのだ。
見る目が冷たくもなろう。
むしろ、怒りや憎悪が感じられないのが不思議なくらいだ。
そのミロシュ様が、口を開く。
「ファビオ。この場は非公式のもので、記録も残らない。だからこそ、嘘はいけないな。余は真実を知っている」
ミロシュ様がそう言うとファビオは顔を上げ、絶望の表情でオレを見た。
「いや。そんな裏切られたみたいな顔をされましても…。オレは貴方たちを助けたいと思ってはいても、ミロシュ様と貴方たちだったら100%ミロシュ様を選びますよ。当たり前でしょう? そこは今まで自分がやってきたことを振り返ってください」
非公式で記録が残らないからこそ、オレも本音を言う。
ファビオやペトラを助けたいからって、ミロシュ様に嘘の報告をすることはない。
真実を全部話した上で、オレ達の希望などは伝えたけれど、ミロシュ様が許さんと言ったらそれまでだ。
オレ達はミロシュ様の決定に従うという話も伝えてある。
オレ達にできることはやった。
今の言葉ですら、アシストだと思う。
あとは、アンタがミロシュ様と話をつけるんだ。ファビオ。
「そ、そうだな…。すまない。ミロシュ、ペトラがやったことは許されざることだ。王として処刑やむなしと考えるのは当然だろう。だが、それを承知で、命だけはとらないでやって欲しい。どうか、この愚かな父の命だけで許してくれ…」
ファビオはオレの言葉を聞いた後、改めてミロシュ様に向かって土下座をしながらペトラの助命を願った。
「王位継承戦の後の措置ですら、慈悲だったことを理解しているか? あれにすら耐えられなかった者が、命だけ助けたとして新たな環境に耐えられるのか? 仮に助命をするとしても、”契約”と貴族位の剥奪は必ず行うことを、予め宣言しておくよ。しかも、連座でだ。ノバクとビクトリアは、それに納得できるかな?」
ミロシュ様は厳しい表情でファビオに問う。
そうだ。王位継承戦後の措置は、甘々だった。
対外的に、穏便に正規の手続きで王位が移譲されたように見せるためという理由はあった。
でも、実質的に命をかけて王位を奪い合った敵対勢力に対する措置としては、極めて甘いものだった。
そして、結果的にその甘い措置のせいで、ペトラが裏切ったのだ。
せめて”契約”は交わしておくべきだったな。
裏切っても問題ないと、相談の上で決めたのはオレ達だけど…。
まさか、こんなに大事になるとは。失敗した。
「今なら、納得してくれると信じている…。納得せずとも、私が必ず説得する。頼む…、いや、お願いします…!!」
ファビオは額を地面にこすりつけながら、必死に嘆願した。
ミロシュ様はどうするか?
表情は変わらないけれど…。
「いいだろう。余はお前達に選択肢を与える。1つは、建前も事実も変わらす、ファビオ・ペトラ両名を処刑。ノバクとビクトリアは現状の立場を維持とする」
1つ目の選択肢は、ファビオの嘆願は全く聞き入れられていなかった。
ファビオの緊張が、アカシャに聞くまでもなく伝わってくる。
でも、いいだろうと言ってるからには、ファビオの嘆願が少しでも聞き入れられた選択肢があるんだろう。
「もう1つは、建前はファビオ・ペトラ両名を処刑。ノバク・ビクトリアを貴族位剥奪の上、王都から追放処分とする。事実としては、ファビオを含めて4名とも貴族位剥奪。”契約”を施し、王都から追放。かつ、我々の管理下で農民として暮らしてもらう」
ミロシュ様が与えたもう1つの選択肢は、オレ達が事前に相談したときに選択肢の1つとして提示したものにかなり近かった。
ファビオも生かす。それが特徴的な選択肢だ。
「寛大な選択肢、感謝いたします…! 恐れながら…、私を処刑することと引き換えに、”契約”の上3人に最低限の貴族位を保証していただくことは…?」
ファビオは、さらに額を地面にこすりつけて感謝を告げた後に、図々しくもミロシュ様にさらなる交渉を試みた。
自分の命よりも、3人の貴族位か。
オレには、少なくともビクトリアは、もうそんなことにこだわってないように見えたけどね…。
こんな言葉が出てくるなんて、個人的には悲しいよ。
「ならん。選択肢はあくまで2つだ。親父殿、ここでのみ言うが、私も親父殿を処刑したいとは思っていないのだよ。ノバクが生まれた後も、実際に謀反を起こすまでは、決して私の処分を考えなかっただろう? 私はそれを忘れてはいない。王には向いていない考え方だとは思うが…」
そういや、ファビオはやろうと思えば早い段階でミロシュ様を処分できたんだよな。
でもしなかった。
圧倒的にノバクやペトラを贔屓していたけれど、ミロシュ様に全く愛情がないわけではなかったのか。
「ミロシュ…」
ミロシュ様の言葉を聞いて、ファビオが顔を上げる。
地面にこすりつけすぎた額からは、血が流れていた。
「くくっ。ふははははっ! なるほど。そうか。貴様は本当に愚かな男だな、ファビオ!」
なぜか突然、ウトガルド王が笑い出した。
心底面白そうに、目に涙を浮かべるほどに。
全員の視線が、ウトガルド王に集まる。
なんだ?
さっきファビオに優しい目をしていたことと関係あるのか?
「私は、貴様のように生きてみたかったのだろうな。ようやく、自分がやけに貴様のことを気に入っている理由に気付いたぞ」
そう言って、ウトガルド王は笑い続けた。
王位のために家族全てを失ったウトガルド王ラスロと、家族のために王位を失ったファビオ。
思えば2人の生き方は対極的だ。
どちらが正しいとかはないのかもしれないけれど、ウトガルド王の笑い声は、オレにはとても悲しく聞こえた。




