第169話 歴史は密室で決まる
スルト王城。
数年前、ボズが消えたことに対する会議が行われていた円卓に、オレは座っていた。
あのころとはずいぶん、立場が変わったものだ。
オレを含め、座っているメンバーもかなり変わっている。
変わっているというより、増えていると言うべきか。
当時のメンバーは部屋の中には全員いる。
立場が変わって、座っていない人もいるけれど。
新たに座っているのは、オレ、アレク、ネリー、ジョアンさん、スルティア、ダビド将軍。
変わっていないのは、ミロシュ様、大賢者、学園長、宰相、ギルド長。
立場が変わり座っていないのは、ファビオ、第一騎士団長、第一魔法士団長だ。
騎士団長と魔法師団長は今の体制で相対的に立場が下がっただけなので、警備としてミロシュ様の後ろに控えているが、ファビオは裁かれる立場としてウトガルド王と一緒に立っているので、悲惨な変わりようだ。
戦争を終えたオレ達は、スルト王都に帰還した。
ウトガルド軍からは、ウトガルド王とロマンさんだけ捕虜として連れてきた。
将軍も来たがったが、彼をスルト王城に招き入れることはできない。今更暴れるとは思わないけれど、念のためだ。彼には軍をまとめてウトガルドに戻ってもらった。
王都は完全勝利して凱旋したスルト軍を熱狂を持って迎え、お祭り騒ぎは数日経った今も続いている。
オレ達は少しだけ休み、各所に根回しをして、今日この会議に参加していた。
「ふむ。では、今回の戦争自体の発端は、ウトガルドがスルトに戦争を仕掛けるために進軍を始めた。そして、進軍ルートにあった小国がスルトに助けを求め、スルトは快く応じた。で良いですね?」
宰相が、今回の戦争における公式設定の確認を行う。
「戦争自体の発端はそれで良いでしょう。前段階として、スルトは事前にウトガルドが戦争を仕掛けてくることを予想して、準備を整えていた。大国連合を調略により瓦解させ、ウトガルドを圧倒する戦力を確保していた。というのも記載して良いでしょう」
ジョアンさんは宰相の言葉に頷いた後、付け加える。
オレ達は、2人のやり取りを聞くだけだ。
今、ここでは歴史が創られている。
あったことを完全にそのまま記録に残すと、スルトにとって都合の悪いこともかなりある。
これまでの歴史でもそうだったように、勝者がある程度都合よく歴史を残すのだ。
やりすぎると矛盾が発生するので、できる限り真実を残しつつ、バレない程度にやる予定である。
アカシャがいるので、証拠が残っていて矛盾してしまうことについてはオレから指摘できる。
つまり、今日ここで創られた歴史は、少なくとも後世において明確に否定される根拠はでない。
過去を知る能力者が現れない限りは。
歴史家泣かせだが、アカシャに聞いた真実の歴史と、実際に伝わっている歴史の乖離を考えると、歴史なんてそんなものだということが良く分かる。
過去の勝者達の都合の良い歴史に比べれば、オレ達が今創っている歴史はほぼ真実と言えるくらいだ。
「私のことはできる限り悪辣に書くと良い。そうだな、『悪辣王』ラスロと呼ばれていたなど、どうだろうか」
ウトガルド王、ラスロはむしろ嬉々として協力している。
敗者が勝者の都合の良い歴史を創るのに協力するってどうよ…。
『ご主人様、そんな記録は現状残っておりません。スルトの歴史書にだけそのような記述があるのは、創作を疑われる可能性が高いと思われます』
アカシャが、『悪辣王』という呼び名はよろしくないことを教えてくれる。
「そんな呼び方はされていません。でも、貴方が虐殺を行った地域で『残虐王』という記述が残っています。どうしてもというなら、それで…」
オレは、あまり乗り気ではなかったけれど『悪辣王』を否定して代案を出した。
「ぜひに、頼む」
ラスロは真剣な笑顔で言った。
オレはため息をついたが、ジョアンさんと宰相は任されたと頷いた。
歴史はすらすらと決まっていく。
ほぼ事実で固めていいのだし、客観的には最初からスルトにとって都合良く見えるようになっているから、あまり頭を悩ませる必要がないのは当然と言えば当然だ。
ただ、確実に、頭を悩ませなければならない部分もあった。
それは他のことを決めた後、最後に話された。
「戦争裁判について、ここで話しておかねばなりません。正式な裁判は無論、後日予定されておりますが、結論はここで先に決めます。そして、建前と事実をどうするか、決めなければなりません」
ジョアンさんが発言し、宰相が大きく頷く。
オレも含め他の面々も頷いたが、ファビオのみ、ビクリとして姿勢を正した。
「まず、建前。つまり戦争裁判での結果についてだが。ラスロ、ファビオ、ペトラの3名については処刑とする」
ミロシュ様が、王として結論を述べた。
まぁ、これは仕方ない。
というか、そうしないとスルトが舐められるからやらざるを得ない。
オレがそう思ったのとほぼ同時。
ファビオが土下座して叫んだ。
「ペトラだけは! ペトラだけは、許してくれ!! 全て私が、無理やりやらせたことなのだ!」
まだ建前しか言っていないのに、ファビオは全力で泣きながら訴えた。
少し早いような気もしたが、ファビオは必死に考えてこのタイミングだと思ったのだろう。
なぜかウトガルド王がやたら優しい目でファビオを見ていたのが、オレには印象的だった。
お読みいただきありがとうございます。
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