表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
334/365

第168話 未来

 熱魔法を使って、氷漬けにしたウトガルドの将軍を慎重に解凍していく。


 慎重にといっても数秒もかからないのだけど。


 死のうとしたウトガルド王をネリーが救った後、戦場をおおっていた”晦冥かいめい”と盾の魔道具による防御魔法を全て解除した。


 スルトの魔法兵全員ですみやかに、氷漬けにしたウトガルド兵を解凍するためだ。


 凍ってから15分以内程度で解凍しないと、後遺症の可能性が出てくるからね。


 解凍した者達には一応、無力化のため充魔石を応用した手錠をはめ、終戦したこととウトガルド王の生存を告げた。


 暴れようとした者はゼロではなかったけれど、限りなく少なかった。

 彼らの戦う理由が、ウトガルド王を生かすこと、もしくは殉死じゅんしすることにあったからだ。

 終戦した上でウトガルド王が生存しているならば、彼らにもはや戦う理由はないということなのだろう。


 彼らは今、ドーナツ状にオレ達を囲んで、最後の1人である将軍の解凍を待っている。

 いや、その後に控えている、ウトガルド王自らの口から改めて発せられることになっている終戦宣言を待っていると言った方が正しいか。


 彼らには、いくつかの情報を与えている。

 この後ウトガルド王から、終戦宣言を含むいくつかの言葉があること。

 スルトがラスロ・パーセル・ウトガルド個人を殺すことはないということなどだ。


 言葉の裏が読める者達はすでに、どのようなことが起こりるか予想できているようだ。

 それが彼らの間でまたたく間に噂として広がり、みな固唾かたずを飲んで成り行きを見守っている。



 将軍の完全な解凍が終わった。

 氷が溶け、気絶している将軍が倒れ込むのを、十分に回復したウトガルド王が支える。

 オレはそれを確認した後、将軍に覚醒魔法を使った。


 目覚めた将軍はウトガルド王を見て一筋の涙を流し、口を開いた。



「ラスロ様…。申し訳ございません。私は、貴方様の望みを、叶えて差し上げることができませんでした…」


「良い。お前は余の思考をみ取り、最高の仕事をした。あれ以上はなかったと断言できる。上回った者を素直にたたえるしかあるまい」



 ウトガルド王は腕の中の将軍に優しげな目を向けて、彼を称賛しょうさんした。


 その言葉を聞いた将軍は、顔をぐしゃっとゆがめて大粒の涙をとめどなく流し始めた。



「しかし、私は…! 失敗したにも関わらず…! 今、この上なく()()()と、思ってしまっているのです!」



 ウトガルド王はむせび泣く将軍の言葉を聞いて、なぜか困ったような顔をして額に手を当てた。



「困った者()だ…。余は、貴様らの忠誠を利用し、ウトガルドを滅亡させる計画を立てたのだぞ。ののしりこそするべきで、喜ぶなどと…」



 これだけウトガルドの者達が聞き耳を立てている中で、ウトガルド王は今までかたくなに語らなかった本当の目的を、あっさりと語った。


 それも、わざわざ恨みを買うような言い方で…。



「困った人は貴方あなたでしょう、ラスロ様。わざわざ恨みを買うような言い方をしないでください。貴方には間違いなく、貴方なりの信念があった。大陸に平和をもたらすために、見せしめになるような敗戦の将を自ら買って出たのでしょう。これが最後のいくさになるように」



 ウトガルド王のあんまりな言い方に対し、オレはウトガルド兵達が勘違いを起こさないように補足した。



「そうよ。それにウトガルドが滅亡したとしても、スルトに吸収されればたみの暮らしはむしろ良くなる。貴方はそこまで考えていたでしょう?」



 ネリーがさらにウトガルド王を上げるように言った。

 まぁ、そんな情報はないけど、頭の中で考えていた可能性はそれなりに高そうだ。



「買い被りだ。そこまで考えてはおらぬ。だが、()()()()と思って良いのか?」


「戦後の賠償などを考慮に入れても、そう遠くないうちに()()()()ことをお約束しましょう。我が主殿あるじどのが」



 ウトガルド王の質問に、ジョアンさんが間髪入れずに答えた上でオレにキラーパスを投げてきた。


 人任せかよ、と思いつつもオレはニヤリと笑う。



『オレ達ならやれるよな? アカシャ』


『ええ。余裕をもって可能とお答えします』



 肩の上の定位置に戻っていたメイド妖精も、父ちゃんみたいにニヤリと笑っている。



「ええ。お任せください。ヘニルもヴィーグも、今では敗戦前より豊かになっています。ウトガルドもそうなることをお約束します。『情報を制する』とはどういうことか、お見せしましょう」



 オレは過剰なほどに自信たっぷりに見えるように言った。


 こいつは必ずやる。できる限り多くの人間に、そう思ってもらいたいからな。



「すでに見た。正直、それについて心配してはいない」



 ウトガルド王はそう言った。

 何かしらについては、心配があるということだろうか。



「それで、ラスロ様の処遇についてですが…」



 ジョアンさんがそう言うと、周囲が完全に静まり返った。

 この場のウトガルド兵全員が、一言一句聞き漏らすまいとしているのが伝わった来る。



「ウトガルド王としての処刑はまぬがれません。戦争をしたからには、責任を取る者が必要だからです。しかし、()()()ウトガルド王ラスロ・パーセル・ウトガルドが処刑されたという事実さえあれば、我々スルトはラスロ様の命を取りたくないと考えています」



 ジョアンさんがそこまで言うと、ウトガルド兵達から安堵が伝わってきた。



「具体的に、ラスロ様は今後どうなるのだ?」



 将軍はよろけながらも、ウトガルド王に抱きかかえられた状態から1人で立ち上がり、ジョアンさんに聞いてきた。


 少しうるさくなっていた周囲が、再び静かになる。



「顔を隠すなどして周囲に正体がばれぬようにしていただければ、後はお好きに。しかし万が一、不穏な動きがあれば、スルトはそれを察知できるということをゆめゆめお忘れなきよう」



 ジョアンさんは人差し指を立てながら、圧が強めの笑みを浮かべた。



「ラスロ様…。ここにいる大半の者達は、ウトガルドではなく貴方様に忠誠を誓っております。そして、貴方様が死にたがっていたことを、私は知っております。それが御心みこころであればと、補佐もいたしました。ですが、もうできません! 生きてください! 生きてほしいのです!」



 将軍は、泣きながらウトガルド王に対してひざまずいた。


 それに続いて、周囲のウトガルド兵1万が全員跪く。


 もしウトガルド王が死んでいたら、この中のほとんどが、氷漬けから解いても殉死するまで暴れたかもしれない。

 そう思うと、本当にあのときネリーが来てくれて良かった。

 心臓止まるんじゃないかと思うくらい焦ったけど。


「馬鹿者どもめ。これでは、死んだら死んだで貴様らに呪われそうではないか…」



 ウトガルド王はそれを見て、苦しそうな顔で呟いた。


 でも直後、意を決したように大きく息を吸い込んだ。



「私はこれより、私が責任を持つべき者達への贖罪しょくざいのために()()()。それは、今後スルト国ウトガルド地方となるであろう地域と、その周辺を豊かにすることとちかしい。言っておくが、今後貴様らが私を主君として接することは禁じられる! もし付いてくる者がいるならば、勝手に、陰ながら協力しろ!」


「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」



 見渡す限りのウトガルド軍全員が、深く頭を下げた。


 まぁ、さすがに全員は付いていかないだろうけど、各地に協力者がいるって形に落ち着くのかな?


 まさか全員付いていって、たびたび大移動が起こるとかないよな?

 身バレして面倒なことになりそうなら、注意しに行かなくちゃいけないのはオレだぞ…。


 いや、大丈夫。さすがに皆分かってるだろ。陰ながらの意味。

 ラスロ様の命がかかってるんだ。

 敬愛してる者以上に、恨んでいる者も多いんだからな。



「改めて正式に宣言する! この戦争は、ウトガルドの敗北をもって、終戦とする! これよりウトガルド軍はスルト軍の指揮下に入る。スルトの指示に従って動け。また、今ここでの話の口外を禁ずる。戦争の結末は私の生死を含めスルトの都合の良いように改ざんされるであろうが、それは私の望みでもある。未来のためだ! 良いな!」



 ウトガルド王の終戦宣言に、ウトガルド軍だけでなくスルト軍からも大きな声が上がる。


 スルト軍は総じてと言っていいほど笑顔の者が多かったが、ウトガルド軍の中には泣いている者もいれば、笑っている者もいる。


 ただ、今ここにいる全員が、未来のことを見ている。

 確かな情報はなかったけれど、何となく、そんな気がした。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ