第165話 真相
ウトガルド王が口にした『私達の悲願』という言葉を、ジョアンさんが肯定した。
オレはそのことに動揺していた。
『セイ様、動揺が見られます。落ち着いて、ウトガルドの将軍から意識を離してはなりません』
切り札によってオレと一体化しているアカシャが、頭の中に直接語りかけてくる。
ウトガルドの将軍は魔法が使えないとはいえ、超が付く剣の達人だ。
オレに決定的な隙が生まれれば、万が一が起こり得るかもしれない。
間合いには入っていないから大丈夫なはずだけど、念のため、改めて将軍を意識から外さないようにする。
さらに、いつか『大賢者』の爺さんがやっていたように、自動で発動する多層型の防御魔法をかけて保険をかけておいた。
"思考強化"のおかげで実時間としては大したものではないけれど、そこまでしてようやくオレは口を開いた。
「…意味が分からない。ジョアンさん、貴方はウトガルド王と通じ合っていたっていうのか?」
左斜め後ろにいるジョアンさんには視線を送らずに問う。
あくまでも、意識の中心はウトガルドの将軍に置く。
正直やろうと思えば、会話するまでもなく将軍もウトガルド王も凍らせて戦争を終わらせることはできたんだ。
それを好奇心というか、納得のために真相を聞き出そうとして、そのせいでやられたりしたら目も当てられない。
でも、そういえば、捕まえる前に真相を聞いておきたいって言い出したのは、ジョアンさんだったな…。
危険を承知で、どうしてもついて来たいと言ったのも…。
「ふふ。通じ合っていた、ですか…。ある意味ではそうでしょうな」
「くく。まさしく。セイ・ワトスン、君は無論知っているだろうが、私達はただの1度も連絡を取り合ってはいない」
ジョアンさんとウトガルド王は、まるで古くからの友人のように言葉を紡いでいく。
「互いに相手がこの状況を作り出したいと考えていると気付いた。それだけのことなのです」
「然り」
ジョアンさんの言葉に、ウトガルド王は満足そうに頷く。
確かに、ここまで来るまでにジョアンさんの知恵をいくつも借りた。
その過程で、いつの間にかウトガルド王が望む状況に誘導されていたってことなのか?
オレ達は、ずっとジョアンさんに騙されていたってことなのか?
いつから?
「狼狽えるな!! バカ!!」
「ガッッッ!!」
ミニドラから飛び降りたネリーが、オレの隣に着地して声を上げる。
続けてネリーの隣に着地したミニドラも、そうだと吠えた。
ネガティブな思考に飲み込まれそうになっていた所で、ネリーの言葉がオレに刺さった。
「ああ、悪かった。ありがとう、ネリー。でも、バカはねぇだろう。お前の方が頭悪いのに」
「学校の成績の話じゃないわよ!」
オレが冗談を言うと、ネリーがツッコミを入れてくる。
うん。落ち着いた。
ネリーが来てくれて良かった。
「おや。ネリーさんがこちらに来たのは想定外ですね。しかし、確かにその方が良いでしょう。主殿は圧倒的に優れていますが、多少頼りないゆえ」
ジョアンさんは予定になかったネリーの登場を見て、そう言った。
ネリーが来たことで安心したオレは、勘ではあるけど、何となく思った。
大丈夫だと。
「『聴覚強化』で話は聞いてたわ。ジョアンさん、貴方は私達の味方ってことでいいのよね?」
ネリーは単刀直入に、核心部分をジョアンに聞いた。
そうだ。オレもそうすれば良かった。
答えを恐れずに言えることが、ネリーの凄いところだ。
「無論です」
「紛らわしい言い方しないで。セイが混乱するじゃない。私だって混乱したわ」
「申し訳ありません。いたずらが過ぎたと反省しております。勝ちが確定したことを確認できましたので、つい舞い上がってしましました」
ネリーが来た途端、あっさりと、1番重要な部分が解決した。
「で、どういうことなんだよ…?」
安心はしたけれど、納得はしていない。
それが欲しくてこの場を作ったのだから、オレは真相が知りたかった。
「答え合わせをしてやれ、ジョアン・チリッチ。余が点数を付けてやろう。満点に違いないと確信しているがな」
ウトガルド王は愉快そうに口角を上げたまま、ジョアンさんに話を促す。
ジョアンさんは頷き、顎髭を撫でながら語り始めた。
「主殿。私の悲願は覚えておりますかな?」
その言葉を聞いた瞬間、オレは大きな違和感に気付いた。
もちろん覚えている。
覚えているが、もし、その悲願が、ウトガルド王の悲願と同じならば…。
おかしなことにならないか?
「『平和な世界』を作ること…。そのための、『大陸の統一』だ」
「そうです。私は、確信を持ったのはつい先程ですが、ウトガルド王も私と同じ望みを抱いているならば、全ての説明が付くと考えました」
オレが答えると、ジョアンさんはそれを肯定し、ウトガルド王の悲願も同じであると言った。
「いや、なんでそうなる? だって、ウトガルド王は積極的に戦争をしてた。何より、虐殺を行ったんだぞ」
矛盾しているだろう。
『大陸統一』のために戦争をするのはまだ分かる。
でも、虐殺のどこが、『平和な世界』を作るためになるんだ。
「ウトガルドは代々、大陸に覇を唱えるために全てを費やしてきた国です。現ウトガルド王であるラスロ様も、異常とも言える生存競争の末に王になったことは、主殿もご存知のとおり…」
ジョアンさんはそこで一瞬言葉を切った。
「続けるが良い。我が国の王選は、やはり異常か。異論などない。同情も不要。全ては、この時のためにあった。それだけのことだ」
ウトガルド王がジョアンさんに話の続きを促す。
その言葉で気付いた。
ジョアンさんは、ウトガルド王に過去を思い出させるような話をしたことを心苦しく思ったのだと。
ウトガルド王の過去は苛烈を極める。
故意では無かったものも多くあったが、結果的には親兄弟を全て殺して即位したんだ。
情報として確認するのも辛いような過去。
本人の辛さは、察するに余りある…。
「ラスロ様も即位後、歴代のウトガルド王と同じように武力で大陸の統一を目指しておりました。しかし、ある時を境に、明らかにそれまでとは違う動きを見せ始めました」
『スルトと、ご主人様の情報を掴んでから、ですね…。焦りから強引な行動に出たと予想しておりましたが、違ったということでしょうか?』
ジョアンさんの『ある時』という言葉を聞いて、アカシャが思ったことを言ってきた。
そうだ。オレ達はそう予想していた。
ジョアンさんも否定はしていなかったが、違うならあえて黙っていたということか。
「最初は、その可能性も無くはない、という程度で考えていました。ですが、スルトに対し勝ち目のない状況で、それでも戦争を強行する彼を見れば見るほど、仮定は確信に変わっていったのです」
ウトガルド王がスルトとオレの情報を得て、絶対に勝てないと確信して、仮に『平和な世界を作るために大陸を統一する』という望みを持っていたら、どうなる?
仮に、そのために虐殺をしたり、絶対に戦争を止めようとしなかったとしたら、理由は、目的はなんだ?
「まさか…」
ふと、オレだったら絶対に思いつきもしないようなことを連想する。
「私が『平和』を目指して大陸を統一し『歴史的勝者』になろうとしていたのと反対に、ウトガルド王は同じ『悲願』のために、スルトに勝てないと分かった瞬間から『歴史的敗者』になるために動いていた。それが真相です」
そして、ジョアンさんの口から語られた真相についての推測は、そのまさかという内容だった。




