第164話 悲願
戦闘が始まって数分。
新たな氷の彫像を作った直後。
戦闘可能なウトガルド兵が一定数まで減ったという情報を確認したオレは、アレクに"念話"をした。
『残り30人だ。アレク、あとは任せていいか? オレはウトガルド王のところに行く』
『ああ。任せて』
すぐに返事が来たので、残りのウトガルド兵の位置情報を伝える。
『完全記憶』を持つアレクは、"念話"を応用して送ったイメージ映像を一瞬見ただけで、それを完璧に覚えられる。
今更逃げ出すような敵は残ってないから、30秒に1回送れば十分だろう。
残った敵はウトガルド王の周りにいる2人を除いて、『大賢者』の爺さんかミカエルの下に向かっているので分かりやすいしな。
この暗闇の中で火魔法縛りで戦えば目立つに決まってる。
『全員へ。ほぼ制圧は完了した。あとはアレクの指示に従え』
『『『了』』』
ここまでは予定通り。
ノバクも上手くやったようだ。
あとは、ウトガルド王と決着を付けるだけ。
ジョアンさんは図太くもウトガルド王にかなり近い位置で待機している。
オレがウトガルド王と接触した後に合流するつもりだろう。
そう考えウトガルド王の下に向かおうとしたとき、ネリーから念話が入った。
『…セイ。やっぱり私もそっちに行くわ』
『おいおい、どうした? 散らばった方が早く片付くって話だっただろう?』
凍らせたウトガルド兵の解凍まで考えると、少しでも早い方がいい。
そういう結論だったはずだ。
『今なら私とミニドラちゃんが抜けたところで、ほとんど変わらないわよ』
『まぁ、それはそうだけど…。何で急に?』
『何となくよ。でも絶対、そうした方がいいって気がしたの』
勘かよ。
情報から判断するオレと対極の考え方だな…。
でも…。
『ネリーがそう言うのならば、良いのではないでしょうか? ネリーがこちらに来ることによって致命的な遅れは発生しません。ならば、ネリーがいた方が心強いのでは?』
『はは。アカシャは感情を読むのが上手くなったな。そうだ。考え方が違うからこそ、ネリーがいると心強い』
アカシャも、オレも、考え方が違ってもネリーを心から信頼してる。
勘でも何でも、時に情報以上の何かでオレ達の足りないところを埋めてくれることを知ってる。
『分かった。ネリーがそう言うなら、信じるよ。一緒に来てくれるなら、心強い。でも、絶対に油断するなよ』
『もちろん、分かってるわよ。場所を教えて。どこでも30秒以内には行くわ』
頼もしい言い方をするネリーに、ウトガルド王の位置を教える。
現地集合だ。
オレもネリーが動き出したのを見て、すぐに"雷動"を使って、一足先にウトガルド王の下へ向かった。
一瞬でウトガルド王達の前に着いたオレは、"透明化"を解き、"消音"を音声のみ除外した。
突然現れたオレに対し、将軍とロマンさんが驚いて構えるが、ウトガルド王は笑って手で制した。
全く動揺していない。相変わらず気味が悪いな。
「ウトガルド王様。スルト軍所属、セイ・ワトスンです。まもなく全ての戦闘が終わります。これが最後です。降伏を受け入れていただけないでしょうか?」
オレはウトガルド王に改めて最後の降伏勧告をした。
おそらく、受け入れられはしないだろうけど。
「無論、受け入れぬ。私はこの時を待ちわびていたのだよ。よく来た、セイ・ワトスン。君のような存在が生まれたことを、心から感謝している」
ウトガルド王の身体情報を見る限り、嘘は言っていないと思われる。
歓喜と安心。だろうな…。
「この状況が、貴方の想定通りということですか?」
ロマンさんがオレの質問を聞いて、思わずといった様子でウトガルド王を凝視した。
オレだけでなく、ロマンさんもまたウトガルド王の真意を知りたかったことが見て取れる。
「その通りだ。そして私の、いや、私達の悲願は達成される。そうだろう? ジョアン・チリッチ」
ウトガルド王が声をかけたのは、オレの斜め後ろまでやってきていた、ジョアンさんだった。
私達?
あり得ない。
絶対にこの2人は、示し合わせていない。
そんな情報はない。
ジョアンさんは間違いなく、オレ達の仲間だ。
「ふむ。そうなるでしょうな」
ところが、ジョアンさんは、こともなげにそう答えた。




