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第161話 跡継ぎに生まれただけのボンクラ

 セイ・ワトスンの"晦冥かいめい"によって作られた暗闇の中を、"暗視"を頼りに走る。


 すぐ後ろを母上が走っている気配も伝わってくる。


 私と母上がセイ・ワトスンに同行を懇願こんがんした時、最低条件として提示されたのが、この"暗視"を常時発動させたまま他の魔法を同時発動させられるようになることだった。


 私も母上も、条件を提示された時点では魔法陣を2つ同時に発動させることはできなかった。

 しかし、習得してみせた。


 この数ヶ月は、私の人生の中で最も魔法の練習をした期間となった。

 ロジャーに師事した期間も相当な努力をしたと思っていたが、人に言われて取り組むのと自ら望んで取り組むことでここまで違うとは思っていなかった。


 自分で言うのも何だが、努力に対する覚悟、姿勢がまるで違った。

 どんなに難しいことでも期間内にやるしかなかったから、文字通り死に物狂いでやったのだ。


 そして結果を出した時、唐突に気付いた。

 過去の私が、いかに恥ずべき存在だったか。


 ロジャーやラファはもちろん、ミカエルもワトスンもズベレフもトンプソンも、ずっと()()()()()をやってきた存在なのだと。


 神に愛されているかどうかと、複数の魔法陣を同時に発動させられるかどうかは関係ない。

 私に足りなかったのは、才能ではなく努力だった。


 そして、自分が一定水準以上の努力をして初めて、それ以上に努力をしてきた者達が尊敬に値することに気付いたのだ。


 ある程度強くなって、やっと分かった。

 私が強さをうらやんでいた者達は、その誰もが間違いなく私より努力している。


 ようやく理解した。

 ロジャーがずっとずっと、口にしていたのに。


 好き嫌いは別として、強き者達は誰もが尊敬に値する。


 この気持ちをもっと早く学んでいれば、セイ・ワトスンがどんなに嫌いでも、上手くやれていたかもしれぬ。

 なんと愚かだったことか。

 愚かにも、程がある。


 今までずっと他人に対して腹を立ててきたが、今は自分が最も腹立たしい。


 だが、今の私は学んだ。

 学んだからこそ、姉上に伝えられることがあると思っている。



 できるだけ、ウトガルドの魔法兵と遭遇しないよう気を付けながら走る。


 ウトガルドの一般兵はほぼ全滅したはずだ。

 ここまでも氷像と化した彼らの間をすり抜けるようにして走ってきた。


 ウトガルドの魔法兵達は、おそらく7、8割が光源こうげんとなる魔法を使うと想定されていた。

 実際、私から見える範囲でも、この暗闇の中にいくつもの光源が見える。


 事前に、スルトの遊撃隊は攻撃魔法以外に光源となる魔法を使わないという決め事をしてあったので、見えている光源は全て敵だということが分かる。


 私と母上は、その光源に近づかぬよう注意しながら、姉上と父上がいるであろう場所へと向かっていた。


 私達以外の正規の遊撃隊は派手にやっているようで、後方の色々な場所で大きな音が聞こえている。


 光源、つまりウトガルドの魔法兵達は、おおむねその音がする方に向かっていっているようだ。


 姉上達は、元いた場所から動いていなければいいのだが…。



『ノバクっっ!!』



 突然、母上が"念話"で私の名を呼ぶ。


 それで気付いた。


 私達と同じように、光源となる魔法を使っていない敵が、私達を捕捉して近づいてきている。


 私は右手を上げて敵に気付いたことを伝えつつ、"念話"を返す。



『できれば()()()()()まで魔力を温存しておきたかったのですが、仕方がありません。サポートをお願いします』


『任せなさい。予定通りにやります』



 こうなった時のことは事前に想定させられていた。


 母上が防御と足止めに専念し、私が全力で攻撃する。


 セイ・ワトスンの話では、これで『十聖』以外はどうにかなるはずらしい。


 私は深呼吸して、右手を胸に当てる。



『待ちなさい。何か様子がおかしい…』



 だが、私が攻撃の準備に入ったところで、母上から制止の言葉がかかった。


 今度は、私もほぼ同時に違和感に気付いた。


 一瞬だけ敵の気配が止まって、その後なくなった?



 慎重に、音をできるだけ殺して歩き、敵がいた位置に近づく。


 すると、おそらく私達を狙っていたのであろうウトガルド兵が、後ろを振り向こうとしたような体勢で氷漬けになっていた。


 顔は驚いたような表情のまま固まっている。


 後ろに気配を感じて慌てて振り向こうとしたが、それすら許されずに氷漬けにされたのだろう。


 私には気配すら感じ取ることができなかった。

 このウトガルド兵がそれなりの実力者であったことは間違いないと思われる。



『こんなことができるのは、きっとワトスンでしょう。私達を助けようとしたのでしょうか…』



 すでにこれをやった者はいなくなっていたが、私にはワトスンがやったとしか思えなかった。



『意識的にやったかは分からないけれど、不倶戴天ふぐたいてんの敵であったあの者に、まさかこれほど助けられるとは。ペトラに関してのことだけは、あの者に感謝せねばなりませんね…』



 母上にここまで言わせるとは。


 いや、確かに国際大会以降ずっとワトスンの世話になり続けていることは事実だ。


 私も、さすがに口先だけではなく、感謝している。



『ええ。無事に姉上と父上を連れ戻し、感謝を伝えましょう。連れ戻した後も、私達には奴の助力が必要です』



 私達は再び走り出した。


 そう、連れ戻した後のこともある…。

 しかし、まずは連れ戻さねば話にならないのだ。



 再び走り出してほどなく、予想よりもかなり手前で、私達は懐かしい気配を感じた。

 間違いなく姉上と父上だ。


 後方の戦場へと向かっていたのか?

 入れ違いにならなくて良かった。



「まさか…、ノバク? それに、母上!?」



 姉上が私達に気付いた。



『ノバク、見違えたな…。すまない、ペトラを頼む』



 父上が私に"念話"をしてくる。


 胸が熱くなる。

 父上に()()()()()()()


 王族であった頃に欲しても手に入らなかったものが、今になって多く手に入るとは皮肉ひにくなものだ。


 また1つ、姉上に伝えたいことが増えた。



「姉上、お迎えに参りました。スルトに帰りましょう」



 私は姉上が反発することを承知の上で、まずはこう言った。



「っっ! 今更、私に帰る所なんてない!! それに私はまだ、何もげてない!」



 姉上はほぼ予想通りに、涙目で反発した。



「何も成し遂げなくとも、帰る所はあるのです。()()のある私が言うのですから、間違いありません」



 そう、私は姉上の気持ちが理解できる。

 私だけが理解できるのだ。


 姉上は、私が通ってきた道を、通っている最中なのだ。



「いつもチヤホヤされてたアンタはそうでしょうよ! 一緒にするな!」



 少し傷ついた。


 私は、そんなにチヤホヤされていただろうか?

 姉上を差し置いて私だけが可愛がられていたような記憶はないが…。



「それに私は…、アンタと母上を傷付けた…」


「そんなことはもうどうでもいいのです! 私もノバクも気にしていません!」



 姉上がボソボソと言った言葉に、母上が過剰なほどに反応する。

 でも、確かに私もそんなことは気にしていない。



「…少なくとも、帰る場所がある点では私も姉上も一緒です。私に言わせれば、姉上はまだ負け足りていないのですよ。完膚無かんぷなきまでに負けて、初めて見えてくるものもある」



 私自身は、我儘わがままを通すだけ通して、完膚無きまでに負けて王位を剥奪はくだつされた。


 でも姉上は、負けて王位を剥奪されたわけではない。

 私のとばっちりで王位を剥奪されたのだ。

 納得できるはずがないのは分かる。



「そう、そうよ、私は負けてない!! 負けて初めて見えるって、何がよ! 勝手に負けておいて、偉そうに言うな!」



 かなり傷ついた。

 ナイフで刺された時よりも重傷だ。


 自分で分かっていることを改めて人に言われるのは、ことほか痛みが大きいようだ…。



「そう、ですね…。言葉では分からないでしょう。私が見えたものを、お見せします。かかってきてください。姉上の全力を受け止めた上で、完膚無きまでに負かして差し上げます」



 私は心の痛みをこらえつつ、右手を胸に当て、左手で姉上を手招きして挑発する。



「お、おい、ノバク…」


「ファビオ。ノバクを信じましょう」



 まさか力付くで止めるとは思っていなかったのであろう。

 父上は私に何か言いたげだったが、それを母上が止めた。



跡継あとつぎに生まれただけのボンクラが! めるんじゃないわよ! ぶっ飛ばしてやるわ!」



 姉上がキレた。


 正直、精神的には恐ろしいが、これでいい。


 今の姉上に必要なのは、完膚無きまでに負けて得られる納得だ。


 私達は兄弟なのだから、きっと同じだと信じている。








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