第157話 ワトスン・ズベレフ遊撃隊
ウトガルド軍が、軽く土煙をあげながら前進しているのが目視でも分かる。
こちらは目視では判別が付きにくいが、ウトガルド兵は先頭に魔法兵を配置して、そのすぐ後ろに一般兵を張り付かせているらしい。
魔法兵が魔法を放ち、スルト軍にダメージを与えて道を開きながら、目標である飛空艇旗艦に突撃する。
その魔法兵に飛んでくる魔法は、すぐ後ろにいる一般兵が『盾の魔道具』で処理するという作戦だ。
シンプルな作戦だ。
スルトに情報が漏れても大ダメージを受けないように苦慮した結果だな。
圧倒的寡兵ゆえにそれぐらいしか方法が無かったとも言えるようだけど…。
「ウトガルド軍、射程圏内まで約5秒です」
『こちらワトスン。合図をカウントダウンします。
4、3、2、1、どうぞ』
『盾の魔道具、起動せよ!』
アカシャから報告が来たので、すぐに念話機でダビド将軍に伝える。
直後にダビド将軍が全軍に合図を送った。
「「「「盾の魔道具、起動せよ!!」」」」
念話機を通してダビド将軍からの命令を受け取ったスルト軍の指揮官達が、一斉に命令を出す声がそこらじゅうで響く。
盾の魔道具を構えて待っていたスルト軍の一般兵達が、次々と魔道具を起動していくのがここからも見える。
予想通り、問題なく間に合ったな。
ウトガルド軍が射程圏内に入ってから、指揮官が魔法攻撃の指示を出すまではそれなりの時間的猶予がある。
そもそもウトガルド軍の指揮官は、魔法兵全員の魔法の射程を正確に把握しているわけではないからな。
ほぼ全員が確実に射程内に入ったと判断してから指示を出すしかない。
だから、スルト軍は確実な先制防御ができるのだ。
起動された盾の魔道具によって、スルト軍とウトガルド軍の間に膨大な枚数の防御魔法が展開されていく。
中間地点を狙えと指示は出したが、あくまで目視で各自の判断になるので出現位置はまちまちだ。
あまりにも人数が多いので、完全に同一座標に展開されそうになって後出し側が失敗している例もあった。
でも、これでいい。
失敗した者、スルト製の盾の魔道具における上限枚数まで展開していない者が、上方向に向けて隙間を埋めるように防御壁を展開していく。
予め、飛空艇の高度までは上に伸ばして良いという指示を出していたからだ。
「ウトガルド軍が止まった。敵は混乱しているだろうな。このままだと、我々スルトも攻撃ができないのだから」
オレの近くに控えていたミカエルが、敵の思考を予想したように言う。
「おおむねミカエルの想像通りです。混乱しつつも、防御壁を突破して再突撃するために魔法攻撃を開始するよう指示が出ました」
アカシャがウトガルド軍の様子を報告してくれる。
『ウトガルド軍の攻撃が始まる。割れた防御壁は順次再展開せよ。充魔石はいくらでもある、ケチらず使え』
こちらから報告するまでもなく、ダビド将軍から先読みされた指示が出る。
充魔石の装填については一般兵達もひと通り話を聞いていることではあるが、将軍が改めて言うことで安心して使えるだろう。
一昔前までは、ウトガルド軍製の物は今もそうだけど、盾の魔道具は使用者の魔力を強制的に引き出して使うものだった。
魔力が少ない一般兵達は、数度使うだけで気絶してしまうようなものだ。
だから、それを知っている者ほど、盾の魔道具の魔力消費をケチる傾向にある。
新型になった今でもだ。
ダビド将軍はそれを知っていたのだろう。
さすが『常勝将軍』だな。
一般兵の精神面の配慮も欠かさないとは。
そんなことを考えているうちに、ウトガルド軍の攻撃が始まる。
色んな属性の魔法が次々と防御壁に当たり、割っては消えていく。
中にはかなり高威力の魔法も含まれていて、100枚近くの防御壁を割った魔法もあったようだ。
とはいえ、あまりにも数が違いすぎる。
1000人にも満たない魔法兵の攻撃が、10万人以上がありったけ張った防御壁を突破するのは極めて厳しい。
ウトガルド軍が突破しようとしている正面に、全ての防御壁が集まっているわけではないとしてもだ。
少なくともアカシャの試算では、ウトガルド軍が全魔力を使ったとしても破れない。
充魔石込みなら、ウトガルド軍全体の魔力量より、盾の魔道具の魔力量の方が圧倒的に多いからだ。
「予定どおり、ウトガルド軍の足を止めたわね。防御壁もしっかり機能してる。次は私達の出番ってわけね」
側で待機していたネリーが、自信に満ちた顔で言った。
準備万端って感じだな。
「そうだな。オレ達も出よう。その前に、ペトラ様達の現在位置はっと…」
「こちらでございます」
オレの意を汲み取ったアカシャが、即座にペトラ達の現在位置を示してくれる。
アカシャの声はオレが指定した者にしか聞こえないから、この場で聞こえているのは限られているけれど。
ペトラはウトガルド軍の最前線に立ち、スルト軍の前線を突破しようと魔法を撃っていた。
ファビオはペトラの側で、もしどこかから魔法が飛んで来れば迎撃しようと詠唱待機しているようだ。
「ノバク様。ペトラ様とファビオ様はあの辺りにいます。最前線ですが、大丈夫ですか?」
オレは、近くにはいたがアカシャの声が聞こえていないノバクに、ペトラ達の位置を伝え確認をとる。
最前線というのは、最も遠い位置になる。
そこまで案内してはやれないから、自力で辿り着いてもらうことになる。
できればファビオが上手くペトラを誘導して、2人だけが孤立した形になることが理想だったけどね。
さすがに不自然すぎるし、無理筋だったか。
「覚悟はできている。セイ・ワトスン、改めて協力感謝する。貴様は、私に協力しない動機の方が強いはずなのに…」
ノバクが改めて深く頭を下げてくる。
…コイツが殊勝な態度を取ると調子狂うな。
「気にしないでいいですよ。オレがやりたいことでもありましたから。では、ご武運をお祈りします。これから敵の背後に転移しますので、そこからは別行動です」
魚鱗の陣形で突っ込んで来ているウトガルド軍を、スルト軍は鶴翼の陣形で受け止めている。
つまり、ウトガルド軍の前方と側面にスルト軍の防御壁が展開されているという状況だ。
オレ達スルト軍主力は、ウトガルド軍を背後から叩く。
防御壁はウトガルド軍の攻撃を防ぐ役目もあるが、ウトガルド軍を逃がさずオレ達の攻撃の余波を防ぐ役目もある。
「ああ。私も貴様らの武運を祈る。必要無さそうだがな。母上、行きましょう。姉上を止めに」
「ええ。サポートは私がします。貴方は周りを気にせず、ペトラだけに集中しなさい」
ノバクがビクトリアに声をかけ、いつの間にかすっかり目に正気が戻ったように見えるビクトリアがそれに答える。
平民を恨んでいる場合じゃなくなったのが、逆に良かったのかもしれないな。
良かったかどうかは、これから次第ではあるんだろうけど。
『飛空艇艦隊、旗艦を残して前進。氷結爆弾投下後、ウトガルド軍上空に防御壁を展開して待機』
ダビド将軍が、ウトガルド軍の魔法攻撃の爆炎に紛れて飛空艇艦隊を前進させた。
だけど、ウトガルド軍もこれが2回目の空襲なので飛空艇が動き始めた瞬間に察知して、魔法攻撃を地上と上空に分けて対応した。
結果的に先に防御壁を展開することになって、氷結爆弾の投下は中止されたが、これで上空にも蓋がされた。
「じゃあ、行こうか。ウトガルド軍を止めに。ジョアンさんは、本当に自分の身は自分で守るんだな?」
「ええ。私も盾の魔道具の操作くらいはできますので。どうしても、戦争の時代の終焉を間近で見届けたいのです」
正直この作戦にはジョアンさんは邪魔でしかないけれど、危険を承知でどうしてもというなら仕方がない。
オレ達が通った場所を進めば、そこまで危険はないだろう。
「分かった。アレク、作戦どおり二手に分かれる。準備はいいな?」
「もちろん。待ちくたびれたくらいさ」
アレクに質問すると、冗談っぽい答えが返ってきた。
アレクの側にいる、大賢者の爺さんや学園長、ベイラも頷いている。
そういや、あっちの班は戦闘狂が多かったな。
『ワトスン・ズベレフ両遊撃隊、出ます』
念話機でダビド将軍に報告する。
『…頼んだぞ。両遊撃隊、出撃せよ』
ダビド将軍から、アレクへの心配を飲み込んだような気配を感じた後に出撃命令が出た。
オレとアレクはお互いに目を合わせ、1つだけ頷き合って同時に魔法を使った。
「「"集団転移"」」




