第31話 情報を制するものはダンジョン征す
「ダンジョン・アルカトラ。通称『罠のダンジョン』、13層。先程までの攻略最前線に転移完了しました」
ああ、気分が悪い。
せっかく楽しくダンジョンを攻略してたのに、また水を差されてしまった。
水纏を使って以降、かなりいいペースで攻略を進めていたオレとアカシャだったが、7層攻略中と今の2回は盗賊団への嫌がらせのため中断せざるを得なかった。
7層ではボズの昼寝を妨害し、今は盗賊団員を間引くために転移して戻ってきた。
今回は水纏を使ったままの状態だったので、そのまま水で切ったけど、感触が残らなくてもやっぱり人殺しは精神的にきつい。
「気を取り直して攻略を再開するかぁ…。確か、あっちの方向に向かって走ってたんだよな」
森の中で周りを見渡して確認し、走り始める。
ダンジョンの中は1層ごとに全く景色が違う。
1層は迷宮って感じだったけど、ここは広大な森だ。
「私にもはっきり分かるほど、露骨にやる気が削がれていますね」
ちょっとだらっとした走り方をしていたら、肩の上のメイド妖精に指摘されてしまった。
「まぁね。良くないよなぁ。でも、殺しをして平然としていられる人間になりたいとは思わないから、ある程度はしょうがないかな」
心に傷を負っても完全にいつも通りに振る舞えれば完璧なんだけど。
人殺しを何とも思わなくなってしまったら、ボズと大して変わらなくなってしまいそうだから、それよりは今の方がずっとマシだ。
「悪いのは全て盗賊団のクズどもです。ご主人様が心を痛める必要などないのに…。許せません」
いつも抑揚なく冷たい声で話すアカシャの声が揺らいでいる。
アカシャがオレのために怒っていることが伝わってきて、嬉しくなった。
「ふふ。ありがとうアカシャ。ちょっとやる気、出てきた」
「それは何よりです。しかし、今の会話のどこにやる気が出る要素があったのですか? そこ、トラバサミがありますので踏まないでください」
トラバサミの位置を指差しながらアカシャが答える。
よっ、と。
落ち葉に埋もれて、普通に走ってたら左足で踏んでたであろうトラバサミの位置を、軽くジャンプして回避する。
アカシャって、どう考えても感情あるし、オレの感情もかなり推し量ってくれてると思うんだけど、妙なところで感情が分からないってなるんだよなぁ。
なんでだろ?
ほぼ全ての情報が得られる分、分からないことに過剰に反応してるのかな。
「アカシャがオレのことを想って言ってくれたことが嬉しかったから、やる気出たんだよ」
言わなければ確定できないというなら、確定情報としようじゃないか。
アカシャには、いつも感謝しているのだから。
「…そんなことでやる気が出たのですか。私がご主人様のために何かをするのは当然のことです。そういうスキルなのですから」
淡々とした声でそう返してきたアカシャだったけど、いつもと全く変わらない表情と見せかけて、ちょっとだけ口角が上がっているのをオレは見逃さなかった。
うん。やっぱり、オレのアカシャは世界一可愛い。
世の中、悪いこともあればいいこともたくさんあるよね。
よし、やる気出た。
頑張るぞ。
「アルカトラ27層、洞窟のフロアです。光源のない層ですので、魔法をお使いください」
「了解。"照明"」
右手のひらを上に向け、"限定"と"宣誓"を使って光の玉の魔法を浮かべた。
右斜め前方に浮かんだこの光の玉は、解除するまで常にオレとの位置を保ち続ける。
「このフロアに目的の剣があります。しかし、このフロアが『罠のダンジョン』の最難関でもありますので、お気をつけください」
「分かった。頼りにしてるよ。アカシャ」
アカシャの指示に従って走り出す。
ついにここまで来た。
ここまで、アカシャのおかげでただの一度も罠にかかることなく、強力なモンスターもほとんど避けて来られた。
時間的にはもう夜だ。
とはいえ、昼飯と夕飯はちゃっかり転移で家に戻って食べたくらいに余裕でもある。
途中何回か休憩を挟んで仮眠したりもしたから、魔力も万全に近い。
"纏"の一番いいところは、大魔法連発するよりも圧倒的に魔力消費が少ないってとこだな。
その割にそれなりに高威力の攻撃もできるし、コストパフォーマンスがすごくいい。
習得が難しくてリスクもあるけど、それだけの価値はある。
今も再び"水纏"をかけ直して攻略中だ。
「この階層では、一度だけどうしても罠にかからなければなりません。罠にかからないと剣がある場所に行けないのです」
「なるほど。そういえば、前の持ち主の勇者は罠にかかって死んだって言ってたな。その関係か?」
洞窟を進みつつアカシャの話を聞く。
勇者が死んだ罠にわざとかかるのかー。
ちょっと怖いね。
まぁ、アカシャが止めなかったからには大丈夫だろうけど。
「はい。ご主人様、左の通路からモンスター1体現れます」
「おっと…」
走る足は止めないまま、周りに浮いている水球をそれぞれウォーターカッターに変えて、飛んできた蝙蝠型のモンスターを切り刻んだ。
「剣の持ち主であった勇者は、罠にかかったときのみ現れる部屋に行き、そこで力尽きました。剣は今もなお朽ちることなく、その部屋にあります」
「ダンジョンはアカシャの力があっても、攻略済みの場所にしか転移できないからなぁ。罠にかかるしかないのか」
「多少危険ですが、今のご主人様であれば知ってさえいれば問題ありません」
「そして、知る手段はバッチリってわけだ」
情報を制するものはダンジョンを征すってか。
楽しみだ。
待ってろ伝説の剣。
今取りに行ってやるからな。
ちょっとここしばらくテンポが悪い話が続いてるので、いずれ直したいけど、いつ直そう…。
1章終ってからかなぁ。