第153話 告白
"投降できない"。ペトラはそう言った。
では、どうするか。嗚咽するペトラの前で一瞬固まってしまった私は、急速に考えを巡らせた。
無理矢理ペトラを連れて投降することはできる。
だが、それではダメなのだと、私は直感的に悟った。
この子が今後生きていくために、ここが分水嶺なのだ。
親として、どうすれば、この子を導いてやれる…?
それだけ、それだけ考えるのだファビオよ。
今までの私は愚か過ぎた。それは分かっている。
それでも、諦めるわけにはいかんのだ。
私はむせび泣くペトラを抱きしめて、慎重に言葉を選びながら優しく話しかけた。
「ペトラ、今まで頑張ってきたね。でも、もういいんだ。王族とか、平民とか、国とか、全部忘れて良い。君の幸せ以上に大切なことなんてないんだ」
正解は分からぬ。
世の普通の親たちを尊敬する。
これまで間違っていたからには、1から、丁寧に話しをするしかない。
「幸せ? 私の幸せは、王族として、平民を根絶やしにすること…。でも、それは、もう叶いませんわ…」
涙を流すペトラから、頭を抱えたくなるような言葉が飛び出してくる。
それが幸せだと思っていたとは正気とは思えぬが、正気ではなかったビクトリアにペトラとノバクの教育を任せていた私が言えることではないな…。
全て、身から出た錆。
過去の自分を切り刻んでやりたい。
「そうか…。それは辛いな。でも、君はまだ生きている。次の幸せを見つければ良いのだ。小さなことでも良い。例えば、美味しいものを食べるとかでも良いんだ」
私はペトラの頭を撫でながら、やさしく言う。
「投降すれば、もし生き残れたとしても、スルトを出た時より身分が低くなることは確実です。身分が低ければ、美味しいものなど食べられないのにですか?」
ペトラはどうしても、身分にこだわりがあるようだ。
これが、教育の結果か。
分からぬでもない。私も、ペトラやノバクやビクトリアがいなければ、身分にこだわりを持っていただろう。
彼女らがいるから、石にかじりついてでも生きようと思ったのだ。
私はここまでだが、せめて死ぬ前に、彼女らが幸せに生きられる環境を作ってやりたい。
「ううむ…。なんと言えば良いのだろうな。相対的な話なのだ。いつもよりも美味しいものを食べたら、私は嬉しく思う。そういう小さな喜びを積み重ねることを、幸せと言っても良いのではないかな」
自分なりの言葉を見つけていく。
もっと早く、こうしていれば良かった。
正しいかどうかは分からぬが、少なくとも、間違いから目を背けていた以前よりは良い。
「王族でなくなっても、日々小さな嫌がらせを平民に行うことも幸せですか?」
……。
それが、君には幸せかもと思えることなのか…。
それをやった時に、少なくとも最終的に君は幸せになれない。
それでは、セイ・ワトスンに粛清されてしまうだろうからだ。
危険だ。危険すぎる。
完全にビクトリアの教育に染まりきっている。
根本的に、考え方を変えてもらわねば。
正しいかどうかは別として、この子が生きるために。
ゆえに私は、私の口から、私がしてしまった過ちの話をすることに決めた。
「平民を害することが幸せと思うところから離れようか。……それにはまず、私の過去の過ちを語らねばなるまいな。私のせいで、ビクトリアを深く深く傷つけてしまったのだ。聞いたことが、あるだろう?」
結局、この話から逃げ続けていたことが全ての原因なのだ。
ビクトリアの主観ではなく、できるだけ私の主観も入れずに、客観的に、私がどれだけクズだったかを語るべきだ。
ミロシュの母は、平民であるミロシュの母は悪くないということを、はっきりと示さねばならない。
身が切り裂かれるほどの恥ずべき話だが、今のペトラは知るべき話だ。
「あの平民の女の話ですか。お母様から聞いたことがあります。聞きたくありません」
ペトラの瞳が、これまで以上に暗くなる。
改めて、自分の過ちの重さを思い知る。
全てが狂い始めたのは、私が原因だった。
分かっていたつもりだったが、認識が甘すぎた。
親のこんな話は聞きたくないだろう。
私も話したくはない。
だが、包み隠さず、洗いざらい話さねばなるまい。
それが終わった時に、最愛の娘にゴミクズのように嫌われることになったとしても…。
「まぁ、そう言うな。あと2日ある。私がどれだけ、クズで愚かだったか、聞いてくれ…」
ビクトリアが壊れてしまった原因、自分達がなぜビクトリアから平民を目の敵にするような教育を受けてきたかを知れば。
あるいは、ペトラが変わるきっかけになるやもしれぬ…。
私は、祈るような気持ちで語り始めた。




