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第151話 戦う意味

 国境砦で行われているウトガルドの軍議で、ロマンさんはひざまずいたまま、ウトガルド王に話を始めた。



「私は先程までの戦闘と、今のファビオ殿の話を聞いたことで、『前提』が変わったと思いました」



 ロマンさんの言葉に、ウトガルド王が口角を上げて反応した。



「ほう。お前の言う『前提』とは?」


「スルトによる大陸支配を許せば、ウトガルドにとって暗い未来がやってくるという『前提』です」



 ロマンさんはウトガルド王の言葉にはっきりと答えた上で、続けた。



「スルトは敵をむやみに殺すような国ではなく、支配下に置かれた国々はむしろ豊かになっています。ならば、話は変わってくると思うのです。降伏も視野に入れるべきである、と…」



 ウトガルド王はロマンさんの話を聞いてなお、微笑を浮かべたままだ。


 おそらくファビオがそう考えたように、ウトガルド王を止められるとしたら、ロマンさんだけだろうとオレも思っている。



「お前の父親、クリストファーは殺されたわけだが?」



 復讐心をあおるようなウトガルド王の言葉に、ロマンさんが苦虫を噛み潰したような顔をした。


 オレも思わず、食べることも忘れて手に持っていたお菓子を握り潰してしまっていた。


 お前の血は何色だ。

 ロマンさんの傷をえぐるようなことを言いやがって…。


 ロマンさんは気を落ち着けるように深呼吸をして、少しだけ震える声で話し始めた。



「父上はきっと、強すぎたのです…。父上が降伏を拒否すれば、殺す以外に止めるすべがなかった。そういうことなんだと、私は受け止めました…」



 ロマンさんは、悔しさと悲しさとやるせなさが入り混じったような表情で言った。




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 オレはその映像を見て、目が熱くなった。


 だから、殺しはダメなんだ…。

 だから、こんなことが起こらないようにしなければいけないんだ。

 あの時、オレがもう少し強ければ…。



「誰も、できる限り以上のことはできない。アンタは、できる限りのことをした。そうでしょ?」



 気付いたらネリーが、椅子に座るオレの後ろから首に手を回し、ぎゅっと抱きついていた。



「ああ。そうだな…」



 オレは首に回された腕に、手を置く。


 ネリーの腕は、とても温かかった。



「そして、できる限りの範囲を増やすために、人は努力するのです。我々はこの戦争のために、できる限りの努力をしてきました。違いますか?」



 ジョアンさんがネリーの話に乗っかってくる。


 全く、ネリーもジョアンさんも、オレをやる気にさせるのが上手いな。



「違わない。今回は望む結果を手に入れて見せるさ」



 2人のおかげでポジティブになったオレは、ニヤリと笑ってそう言った。




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 ロマンさんの言葉を聞いた後、ウトガルド王は微笑を崩し、ひとつため息をついて真顔になった。



「話の流れから想像はつくが、結局何が言いたのだ? ロマンよ」



 ウトガルド王の言葉に、ロマンさんがゴクリと唾を飲み込んだ。



「王よ。もはや、これ以上戦う意味はございません。降伏することを具申ぐしんいたします」



 ロマンさんは深く深く頭を下げ、ウトガルド王に意見を言った。


 ウトガルド王はしばし沈黙し、軍議の場は息づかいすら聞こえるほどに静まり返った。


 そして、その静寂を破ったのは、やはりウトガルド王だった。



「そこな女よ。お前もロマンと同意見か?」



 ウトガルド王は、先程泣き崩れた女性将校に声をかけた。



「はっ。スルトが非道なる国でないと分かった今、ロマンの言うように、戦う意味は薄れたと考えます」



 女性将校の言葉に、ロマンさんや降伏派筆頭であった公爵が頷く。



「ふむ…。ならば、仕方あるまい」



 ウトガルド王がそう言ったとき、一瞬ではあるけれど、これで戦争が終わることを期待した。



「余には、戦う意味があるのだ。だが、もはやお前達にそれを強制しようとは思わん。スルトに投降したい者は投降するといい。それをとがめはせん」



 だが、続けられたウトガルド王の言葉に、期待は一瞬で裏切られた。


 軍議の場にいる者も、将軍1人を除いて唖然あぜんとしている。



「なんの意味がある…? 終わりなのだ、ラスロ・パーセル・ウトガルドっ!! 貴殿の美学に、周りを巻き込むなっ!!」



 ファビオが静寂の中小さな声で呟いた後、大きな声でウトガルド王を非難した。



「くく、美学か…。ファビオよ、お前は娘と共に投降すると良い。余にはお前のり方がまぶしく見えるが、余には余の道がある」



 何となくこれはウトガルド王の本音な気がするけれど、何を思って言っているかは分からないな。


 ファビオの在り方が眩しい?

 ウトガルド王が今の地位にくまでに、彼の家族はことごとく亡くなっている。

 それが関係あるのか?



「ラスロ様。貴方様の戦う意味とは、何でございましょう? 降伏を具申した身ではありますが、私は貴方に命を助けられた恩があります。貴方様が降伏しないとおっしゃるのならば、私も父のように最後まで降伏いたしません」



 ロマンさんはウトガルド王に、というよりラスロ・パーセル・ウトガルド個人に対して、そう言ったようだった。


 その言葉からは『拳聖』譲りの、断固とした意思を感じた。


 これは、ロマンさんは…、ウトガルド王がどう答えても最後まで行動を共にするだろうな…。



「そうか。だが、私の目的はまだ言えん。それでも残りたければ、残るが良い。2日やろう。全員、それまでにスルトにくだるか、残るか決めるがいい。3日後に、スルトとの最終決戦を行う」



 ウトガルド王は、怪しげな笑みを浮かべながらそう言った。


 予定が狂ったな。


 本来の予定では、補給線を切って兵糧攻ひょうろうぜめにした後に、少しずつ裏切らせたりさらったりしながら減らしていくつもりだった。


 砦の中に複数の裏切り者を仕込んだりもしてたんだけどな。

 こうなったらもう、そいつらを使って扇動せんどうする意味もなさそうだ。


 でも、これって…。




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「結局これって、予想してた最終決戦が早まっただけだよな?」



 映像を見ていた中で、作戦の全容を知る皆に声をかける。


 皆が、オレの言葉に頷いた。

 やっぱり、そうだよな。


 そう、オレ達は、結局どうなってもウトガルド王は降伏せずに、どこかの時点で雌雄しゆうを決する戦いが始まる可能性が最も高いと考えていた。


 会敵した直後にそれが始まるのが最も犠牲が大きく、時間がつほど犠牲が少なくなるだろう予想だった。


 もし戦いが始まらずに、兵糧攻めで餓死者が出る危険があれば、こちらから攻めようと。


 でも、この状況はおそらく、予想していた最終決戦でウトガルド側の人数が最小になるときに近似きんじしていると思われる。



「…まさかとは思いましたが。やはり、そういうことなのでしょうか…?」



 ジョアンさんは、顎髭あごひげに手をやるいつもの考えるポーズで、ぶつぶつ言っている。


 後で予想を聞かせてもらおうか。


 だが、今はそれよりも。



「で、これって、予定通りに町作ってもいいと思う?」



 オレが皆にそう聞くと、皆は難しい顔をして。



「は?」



 フルゼス王をはじめとした、計画を知らない人達は首をかしげた。








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