第149話 ウトガルド王 ラスロ・パーセル・ウトガルド
「呪ってやる」
兄の声が聞こえる。
「呪ってやる」
弟の声が聞こえる。
「「「呪ってやる」」」
両親と、まだ幼かった妹の声が聞こえる。
「「「「「呪ってやる」」」」」
戦争で死んでいった国民達の声が、戦争で殺した者達の声が聞こえる。
「あんたさんのせいやで」
ワウリンカがニヤニヤしながら、語りかけてくる。
「分かっている。もうすぐだ。もうすぐ全てが終わる。許せというつもりはない。呪うがいい、私を」
真っ暗な世界にいる彼らに声をかけた私は、ゆっくりと目を開く。
目の前では我が臣達が、机上で無意味な議論を交わしていた。
いや、全くの無意味ではないか…。
彼らにはこれからがあるのだから。
一時的な撤退により拠点とした国境砦では、速やかに軍議が始まっていた。
要約すると、想像を絶するスルトに対しこれからどうするか。それが議題だ。
「我々は、大国同盟が成立している前提でスルトと雌雄を決する予定だった」
公爵が熱弁を振るう。
おそらく、今8割ほどの者は公爵と同じ意見だろう。
残りの2割ほどはスルトに強い恨みを持っているか、私に心酔しているかのどちらかであろうな。
「しかし、約束の地にすら到達すること叶わず、さらに少なくともフリズス軍がスルト軍に加わっていることが確認された」
そう。ウトガルドの勝ち筋は、大国同盟対スルトという構図を作り出し、数で押し潰すことだった。
ウトガルド1国対スルト、ましてや"契約"をどうにかしたフリズスがスルト側についているということは。
「これでは、勝ち目などない! あの防御魔法を見たか!? 儂は見た。あの鉄壁の防御魔法を、一般兵が使っているところを! 魔道具の性能からして、数世代は違うぞ!」
公爵の絶望に打ちひしがれたような言葉に、反論する者はいなかった。
どうやら、あれを一般兵がやっていたと知らなかった者達もいたようだ。
それらはこの世の終わりのような顔をしている。
数で劣っているということは、勝つには質で上回る必要がある。
だが、魔道具で劣っていることが分かったということは、一般兵の質がスルトの方が上と分かったということでもある。
そして、いくら魔法兵が一般兵より圧倒的に優れているとはいえ、兵の大半は一般兵である。
魔法兵の質も、スルトでの国際大会を観ただけに推測ができてしまう。
ウトガルドが圧倒的に不利である、という情報を押し付けられたな。
ここでも情報か。セイ・ワトスンかジョアン・チリッチか他か知らぬが、よくやる。
しかし、彼らのおかげで、私の大望が叶うとも言える。
面倒なこともあるが、感謝の方が強いな。
「ふむ。それで? 公爵、お前はどうすれば良いと考える?」
私は公爵に問いかける。
無論、返って来る言葉など予測した上で、あえて私から声をかけた。
「は。恐れながら、速やかに講和を結ぶことを提案いたします。今なら、我が国はまだスルトの領土を侵しておりません。この小国を攻める意図はあっても、スルトと戦う意図は無かったと言い張るのです」
公爵はおおよそ私が予測していた通りのことを喋った。
まぁ、そうであろうな。
それは私が語れば『真偽判定』に引っかかるであろうことだが、事情を知らぬものに言わせれば誤魔化せる。
おそらくセイ・ワトスンはウトガルドがスルトを攻めようとした証拠を出せるだろうが、ファビオから聞く人物像から想像するに、あえて見逃すだろう。
条件次第であろうが、公爵が言う講和は難無く成立するであろう。
私が望めば、だがな。
「却下だ。余は、どうすれば現戦力で敵を打ち倒せるか、考えを聞いている。スルトと戦わないという選択肢は、無い」
無い、という部分を強調する。
本心を言うならば、最終的に講和することは構わぬ。
最後の一兵となるまで戦えと言うつもりはない。
だが、現時点での講和は有り得ぬ。
それでは意味がない。
正確には、意味が薄まるのだ。
徹底的に、やらねばならぬ。
「恐れながら! ……どう考えましても、もはや勝ち目など、有りませぬ…」
公爵は深く頭を下げ、机ごしに土下座をするような体勢で私に意見した。
なかなか食い下がる。
公爵、お前は正しい。
正しいが、それではダメなのだ。
「勝ち目が薄いことなど、最初から承知していたことではありませんか! 最後まで戦い、スルトに目にもの見せてやりましょう!」
ある女性将校が言った。
彼女はスルトに強い恨みを持つ者だ。
彼女の夫は諜報部にいたが、スルト関連の任務で消息を絶った。
勝てなければ意味がないと考える公爵と違い、彼女には勝てなくても意味があるのだ。
目的は違うが、私と同様にな。
公爵と同じ考えを持つ者達は絶句しているが、彼女に近い考えの者達は頷いている。
私も、ひとつ頷いた。
「よく言った。一見したところでの勝ち目があるかないかは関係ない。勝つのだ。勝ちにいく。今、スルトは余裕を見せて攻撃の手を止めている。彼女ほどの覚悟を全員が持てば、油断をつける可能性も無くはないだろう。そのために、どうするかを考えるのだ」
私は熱く語る。
油断をつける可能性はゼロに限りなく近かろうが、ものは言いようである。
決して引かぬ覚悟であることを、私は見せねばならぬ。
軍議の場が一瞬、静まり返る。
無理もあるまい。
そんな案があればとっくに誰かが出している。
それでも案を出すとするならば、無理筋のものを捻り出すしかないのだ。
そう簡単に、出てくるものではない。
ちょうどその時、新たに軍議に加わった者達がいた。
「遅かったな」
ある意味では、私の唯一の理解者足り得る者。
ファビオ・ティエムに私は声をかけた。
「遅れて申し訳ありません。少し、彼に呼び止められておりまして」
そう言って、ファビオは軽く後ろを振り向いた。
後ろから出てきたのは、ロマン・ガルフィア。
『拳聖』の息子である彼は、私とも縁のある者だ。
ファビオとロマンか。
あまり良い組み合わせではないな。
私は多少計画に狂いが出てくる可能性を視野に入れた。
「王よ。先程のスルトとの戦いを経て、ファビオ殿にいくつかスルトの情報の確認をしておりました。まずはその情報の共有と、真偽の確認をお願いしたく存じます」
ロマンはその場に跪き、頭を下げてそう言った。
若干の嫌な予感はするが、断ることは不自然であるな。
「許す。ファビオから引き出した情報ならば、スルト攻略の手がかりになるやもしれぬ」
今更何が出て来ようが、結果は変わらぬ。
この状況まで持ってきた時点で、私の目的はほぼ達成されているのだから。




