第148話 ロマン・ガルフィアの気づき
ファビオ殿の話を聞いて、私はおおよその真実にたどり着いたように思う。
私は、おそらくワウリンカ殿に良いように操られていたのだろう。
ワウリンカ自身が真実を知らないことを良いことに、事実と推測を交えながら、巧みに私を誘導したのだ。
セイ・ワトスンに、強い恨みを持つように。
セイ・ワトスンは、スルトは父上を殺したくて殺したのではない。
それは、この戦争でのスルトの甘すぎる戦い方を見ていても分かる。
戦争時に敵兵の損耗率を少なくするよう気に掛けるなど、バカげている。
セイ・ワトスンやスルトへの恨みが全くなくなったかといえば、そうではない。
だけど、戦争ですら人を殺したくないと思っている者達が、父上に何度も投降を促したという話は、きっと本当なのだろう。
では、私はどうする?
自身の恨みに任せて死ぬまで戦うつもりだった私は、恨みが薄れた今、どうすれば良い?
決まっている。
ウトガルドのために、戦うのだ。
「ファビオ殿。王と話しましょう。スルトが貴方の言っているような国ならば、必ず講和に応じるはずです。完膚なきまでに負けてからの講和より、今すぐに講和した方がいい条件が得られるはずです」
「うむ。私もそう考えていた。しかし、スルトから来た私が言っても聞き入れられることはないだろう。おそらく、内心では同じことを考えている者も多いと思うがな」
ファビオ殿は私の提案にすぐに頷いた。
私は彼との話で多くを学んだ。
だからこそ、彼を無条件で信用はしない。
ワウリンカ殿がそうしたように、ファビオ殿も私を誘導している可能性があるからだ。
完全に信用するには、情報が必要だ。
この状況では中々手に入らないけれど、できるだけ多くの情報が。
「はい。私もそう思います。スルトに強い恨みを持つ者達の説得は私に任せてください。問題は、王を説得できるかどうか…」
私はひとまずファビオ殿を信用する前提で話を進める。
もし、彼が言うようにウトガルドがスルトに送った諜報員達や他国に送った連絡員達が全員生存しているとするならば。
そして戦後にウトガルドに返してもらえるとするならば、私と同様にスルトに恨みを持っていた者達の説得は難しくはないだろう。
王の側には真偽判定官もいる。
ファビオ殿の言葉の真偽も確かめておくべきだ。
ファビオ殿との話で、私は『真偽判定』の正しい使い方も学んだ。
鵜呑みにしてはいけないのだ。
真偽判定はあくまでも、話した者の言葉が本当か嘘か分かるだけの能力なのだ。
ワウリンカ殿は、今考えれば"ほぼ間違いなく"だとか"はず"という言葉を使っていた。
それなりに確率が高いと考えられる推測を述べることは、真偽判定において真であると判定される。
真偽判定が有用すぎるがゆえに、真と判定されたことを真実と勘違いしやすいのだという。
思えば、国際大会後のスルト王への挨拶の時に気づくべきだった。
何かがおかしいと思ったのは、あの時からだった。
その理由に。
あの時、スルト王は真偽判定の正しい使い方を知っていたから、ワウリンカ殿にあのような質問をしたのだ。
そして、ワウリンカ殿は答えられなかった。
矛盾してしまうから。
つまり、真偽判定とは鵜呑みにしてはならず、多角的な質問をすることや他者の意見を聞くことなどによって、矛盾がないか確かめる作業もしなければならないということ。
ファビオ殿に対する真偽の確認は、慎重に行う。
それをしっかりやるほど、私やファビオ殿の信用や説得力に直結するだろう。
そして私はこの学びを得たことでもう1つ、畏れ多いことを考えついてしまった。
でも、これはあまりにも畏れ多いことで、私ごときが決してしてはいけない質問だ。
質問自体が、反逆の意思ありと捉えられても致し方ない。
仮に試したとしても、真偽判定官自身が判定を公表しないという判断をくだすかもしれないほどの質問。
「王よ…。貴方には何か、スルトと戦う真の目的があるのではないですか…?」
私は小さく小さく、呟いた。
どうしても気になっていたことを。
ファビオ殿にも、ペトラ殿にも絶対に聞こえないほど小さな声で。
だが、ファビオ殿は優しく私の背中に手を当て、耳に顔を近づけて囁いた。
「ある。絶対に、間違いなく。だが、その質問は決してするな。するとしても、私がする。いいな?」
私はファビオ殿に聞かれていたことに驚いて、目を見開く。
魔法で聴力を強化していたのだろうか?
「は、はい…。ですが、いくらファビオ殿でも、王に対してその質問は…」
不敬、危険、色んな言葉が浮かんだけれど、その後の言葉は出てこなかった。
「良い。危険を冒すのは私だけで…。私だけにすべきなのだ。ペトラも、決して勝手なことはしてはいけないよ。何かあれば、全て私が代わりにやる。約束してくれ」
そう言ったファビオ殿の顔はさみしげで、でも有無を言わせない迫力があり、私とペトラ殿はただ圧倒されていた。




