第147話 ファビオの思惑
私とペトラは、ロマン・ガルフィアと共に砦に入っていた。
ウトガルドとしては砦を利用することで守りを強化することができ、戦力の集結を待てるという狙いがあるのだろう。
また、ウトガルドは王が自ら出陣している。
王を守りながら戦うという点でも、砦に入ることは都合が良い。
ただ、ウトガルドの最終目標はスルト王都に攻め入り征服すること。それが勝利条件だ。
逆にスルトは、ウトガルド軍を追い返すだけでも勝利と言えるはずだ。
つまり、ウトガルドが守勢、スルトが攻勢となっているのはウトガルドの目標からするとちぐはぐな状態であり、状況が厳しいことを表していた。
もちろん私からすれば、それは戦争が始まる前から分かりきっていたことではあるが。
土台無理な話なのだ。情報を支配するセイ・ワトスンがいるスルトに勝つことなど。
今に、補給線が崩壊したとか、増援が先に潰されたなどという報告が来るに違いない。
問題は、それでもウトガルド王が引くことはないだろうと思われることだ。
その場合、ウトガルド王が籠城戦を選ぶか、正面からスルト軍を打ち破ろうとするかは定かではない。
が、そのどちらだとしても、ペトラを守ることが目的の私には都合が悪い。
やはり、この男、ロマン・ガルフィアを使うことが最も確率が高いだろう。
ウトガルド王を説得するためにも、セイ・ワトスンに恩を売って恩赦を引き出すためにも。
「それでは…、スルトが氷像と化したウトガルド兵を回収していたのは、助けるためだと言うのですか?」
「そうだ。セイ・ワトスンは、人死にが出るのを嫌う。戦争といえども、極端なほどにな。今の奴は、スルトで大きな発言権を持つ。奴の指示だということに疑いはない。ヴィーグとの戦いでもそうだった。前例があるのだ」
私は砦の奥に進みながら、ロマン・ガルフィアの疑問に答える。
この男を誘導し、ウトガルド王にスルトとの講和を持ちかけるための味方とする。
嘘を言うことはできない。
真偽判定官は、常にウトガルド王の側にいる。
いずれ整合性を調べられれば、致命的なことになる。
今ここで何よりやってはいけないのは、信用を失うことだ。
「でも、あの悪魔は、父上を殺した…」
「私は現場にいなかったが、何度も投降を促したと聞いている。どうしても、ウトガルド王に殉じて死ぬまで戦うことを選んだらしい」
私はラファから聞いていたことを話す。
「そうですか。王に殉じて…。父上らしい…」
ロマンは伏目で父親のことを思い出すように呟いた。
それを見て、胸に痛みが走る。
ペトラとノバクは、私亡き後、どのような顔をするだろうか…。
「それから、君の父親を殺したのは、正確には『大賢者』と『賢者』の2人だ。セイ・ワトスンは最後まで説得を試みていたと聞いている。『大賢者』、ラファは私の友人だった。間違いない情報だ」
まずは、この男のセイ・ワトスンに対する復讐心を削ぐ。
少なくとも、自らの死を厭わず戦うなどということは止めさせる。
それは間接的に、ペトラにも響く可能性もある。
「…セイ・ワトスンは、父の仇ではないのですか?」
この辺りは、どう答えるか難しいところだ。
私は一瞬だけ考え、事実とそれに対する主観を述べつつ、話を自分の持っていきたい形に誘導できるようにすることとした。
「直接手を下したのは奴ではない。しかし、クリストファー・ガルフィアの死の責任がセイ・ワトスンにないかと言えば、ないとは言い切れないと私は思う」
「それは、なぜですか…?」
ロマン・ガルフィアは不思議そうに聞いてきた。
この反応から、私は彼がすでにセイ・ワトスンへの強い復讐心から解放されていると判断した。
彼にはおそらく、この話の着地点がこうであったら良いという願望がある。
そしてそれが私の予想通りならば、私にはとても都合の良いことだ。
「ダンジョンに入った『拳聖』を2度とウトガルドに返さないと決めたのは、ワトスンだからだ。できることならば投降させたいと考えていたようだが、殺すことも辞さないという覚悟だったと聞いている」
さぁ、どう反応する?
再び復讐に燃えるか、それとも私の予想通りの反応を見せるか…。
「敵兵すら殺すことを嫌がる彼が、どうしてそのような考えに至ったのでしょう?」
予想通りの反応だ。
私はつい口角を上げてしまいそうになるのを、必死に抑えた。
「戦争を止めるため。さらに言うならば、民のためだ」
私は用意していた言葉を話す。
「そうですか…。それで以前、ペトラ殿は私に"セイ・ワトスンのようなことを言う"とおっしゃったのですね…」
私同様、ロマン・ガルフィアも以前の会話を覚えていたようだ。
そうだ。君とセイ・ワトスンは、その点で共感できるはずだ。
「そうね。ワトスンやトンプソンは、口を開けば民のことばかりよ」
ペトラがロマンの言葉に対して、うんざりするように言う。
「ワウリンカ殿が言っていたことと、あまりにも違う…」
ロマンが呟く。
ステファノス・ワウリンカか。
上手く言いくるめて、自分の都合のいいように操ったのだろうな。
私も人のことは言えないが。
「かもしれない、という推測は真偽判定に引っかからない。嘘ではないからな。私の話も真偽判定にかけ、事実として話しているところだけ信じると良い」
あえて、自分から言う。
信用が何より大事だからな。
「……もし、この戦争で敗れたら、ウトガルドはどうなりますか?」
ロマン・ガルフィアが質問をしてくる。
私の予想以上に、都合よく話が進みそうだ。
最重要人物の1人は、攻略できたと思って良いかもしれぬ。
「状況的に1番近いヴィーグの戦後の話をしよう」
私は内心では嬉々としながら、真面目な顔で語り始めた。
正直、当時ヴィーグに対しての処置は甘すぎると思っていた。
まさか、こんなところで助けられるとは。
これに関してはセイ・ワトスンに感謝せざるを得ん。
スルトは戦争に破れたヴィーグに対し、徹底的に紳士的であったのだ。
スルトの兵達による略奪や乱暴などは一切発生せず、民の生活水準はむしろ上がった。
民の多くは、スルトになって良かったと言うほどだ。
貴族達も戦争直後ですら、戦争で負けた割には良い境遇であったことに納得している者が大半だった上に、今では殆どがヴィーグであった頃より豊かになっている。
ヴィーグを模範とするならば、ウトガルドは戦争で敗れても、貴族を含めた民の生活は保障されるだろう。
私は祈るような気持ちで語った。
ロマン・ガルフィアがウトガルド王を説得してくれることを信じて。
なぜなら、仮に私がこのことをウトガルド王に語ったとしても、彼を動かせる気は一切しないからだ。




