第30話 纏
「前方に罠です。2、3メートル先に適当に何かを放ってください」
アカシャからの指摘を受けて、土魔法で作った拳大の岩を前方に投げる。
岩が音を立てて床に落ちたと同時に、突然岩が落下した真横の右の壁に3つの穴が空いた。
そして、空いた穴から即座に3本の矢が発射され、左の壁に突き刺さる。
空いた穴はすぐに消え去り、突き刺さった矢は非常にゆっくりとではあるが壁に取り込まれているようだ。
「ええ…。矢が発射された穴の痕跡、全くないんだけど。ここから矢が飛んでくるのは狡くない?」
矢が発射される前も、矢が発射された後も、完全に周りの壁と全く変わりがない。
継ぎ目などが一切ないのだ。発射される瞬間に穴が生成されるなんて卑怯くさいだろ。
「そういうダンジョンなのです。ここが未踏ダンジョンであるのは、ひとえに罠の難易度によるものですから」
「そうかぁ。想像してた以上に罠が多いし、そりゃこの周りに町ができないわけだよな。割に合わないよ。で、これってもう通って大丈夫なのか?」
「はい。左の壁の矢が完全に取り込まれるまでは、罠が発動しません」
逆に言えば完全に取り込まれれば復活するんかい。
まだ時間はありそうではあるけど、一応急いで通り抜けた。
ダンジョンに入ってまだ10分そこそこというところだろうけど、すでに罠を数えるのは止めようと決意するに至っている。
未だ一層。もうちょいサクサク進みたいんだけどなぁ。
今は早歩きくらいで進んでいるけど、アカシャのおかげで罠は完全に感知できるし、走るかな。
そんなことを考えながら歩いていると、アカシャから再び報告が入った。
「最短経路で進みますと、約1分後にモンスターと会敵します。いかが致しますか?」
ダンジョン内での初モンスターだな。
できればボズと戦うまでにレベルも上げておきたかったし、ちょうどいい。
「一応聞くけど、勝てないようなモンスターではないだろ?」
「はい。全く問題ありません」
「よし。戦うぞ。レベル上げにもちょうどいいし、"纏"の練習もやりながら行こう」
"纏"は空き時間を使って、できる限り練習してはいるけど、まだまだ100%成功できるわけではない。
今日の早朝特訓でも5割程度しか成功しなかった。
兄ちゃん達や父ちゃんも身体強化を使った状態での体の感覚を慣らすのに四苦八苦していて、オレ達家族はお互い励まし合いながら特訓をした。
オレがダンジョンに来てる今も、盗賊団と戦う予定の村人で集まって特訓をしているらしい。
みんな頑張ってる。
オレも頑張らないとな。
立ち止まって、目を瞑って集中して、胸に手を当てる。
"限定"と"宣誓"を使い、できる限りの集中することが今のところの成功のコツだ。
オレは深呼吸をして集中力を整え、水魔法を発動した。
「"水纏"」
オレの周りに水が現れ、体を包み込む形で水球になる。
水に包み込まれた瞬間に理解した。
失敗だ。
オレを包み込んだ水は、すぐに重力に負けて地面に落ちていった。
"纏"は魔法の応用的な行使方法である。
簡単に言うと、自分の魔法を衣服のように纏えるのが"纏"だ。
通常、魔法を使うとき自分の魔法それ自体で自分が傷つくことはない。
自分の魔力で出来ているからだ。
言い換えると、自身の魔法に抵抗力があるとなる。
この抵抗力は自分を傷つけない代わりに、自分の周りに長時間魔法を留めておけない枷にもなる。
しかし、これを上手く魔力を変質することで抵抗を減らして、さらに魔法の効果を書き換えると、自分の周りに長時間魔法を留めておくどころか、魔法が自分自身、自分自身が魔法となるような不思議な状態になる。
これが"纏"の本質なんだけど、言うのは簡単でも行うのは恐ろしく難しい。
抵抗を減らしすぎると自分を傷付けてしまうし、効果を上手く書き換えられられなければ、ただ自分に攻撃してるだけになってしまう。
水魔法ならば失敗しても最悪溺れかけるだけだけど、火魔法や雷魔法で失敗すれば余裕で死ねる。
ただ、効果は折り紙付きだ。
「モンスターがこちらに近付いてきています。このまま立ち止まっていたとしても約1分後に会敵するでしょう」
「了解。次こそ成功させる」
"雷纏"を使う本番では、たった一度しかチャンスはないんだ。
こんなところで立ち止まってはいられない。
目を瞑って集中して、胸に手を当てる。
イメージしろ。水を纏う自分を。水纏に成功した自分を。
完璧にイメージ出来たと感じた瞬間、目を見開き、全力で魔力を込めた水魔法を発動した。
「"水纏"!!」
オレの周りに水が現れ、体を包み込む形で水球になる。
水に包み込まれた瞬間に理解した。
成功だ。
水の中にいるにも関わらず視界は全くぼやけることなく、なぜか息すらできる。
今、水はオレで、オレは水なのだ。
自在に動かせる水を全身に防具のように纏わせ、自分の周りに水球をいくつも浮かべる。
「走るぞアカシャ! サポート頼む!」
「かしこまりました。お任せください」
今の状態なら、走りながらでもモンスターにも罠にも対応できるはずだ。
胸に手を当てる。自分自身に魔法をかける"限定"だ。
「"身体強化"!!」
さらに全力の身体強化をかけ、走り出す。
さっきとは見える景色が全く変わる。
壁に等間隔に設置された燭台が一瞬のうちに通りすぎていく。
まるで車の中から外を見ているかのような景色の流れかただ。
「会敵します。数は2。特徴は省きます」
あっという間にモンスターのところに到達した。
特徴を知る必要すらない雑魚ってことね。了解。
前方の曲がり角を曲がると、2、30メートルほど先に犬っぽいモンスターが2匹見えた。
「モンスターの3メートルから2メートル手前にかけて、落とし穴。廊下の両端30センチは安全です」
「オッケー」
モンスターがこちらに気付いたようだけど、罠の位置を知っているのかこちらに走って来ない。
まぁ、すぐにこっちから行くけどね。
一瞬で罠の位置に到達したオレは、廊下の左端を走り抜け罠を回避しつつ、周りに浮かべておいた水球を自身の右側に集める。
罠を抜けた瞬間に犬達が飛びかかって来たが、すでに準備はできている。
浮かべておいた水球の内4つを、2匹の犬にそれぞれ2つずつ放つ。
超強力水鉄砲だ。
2本のビームのごとき水に貫かれた犬は、2匹とも形容しがたいほどグチャグチャに飛び散った。
完全にオーバーキルだったか。
犬達を仕留めた水球は、再びオレの周りに戻り浮かんでいる。
気分はファン◯ルとかド◯グーンだな。
ほとんど障害物にすらならなかったモンスターをスルーして、どんどん進む。
この状態なら罠もモンスターもほぼ気にならない。
水纏でこれなら、雷纏は凄いことになりそうだな。
凄いことにならないと困るけど。
「次の分かれ道を左に曲がれば2層への階段があります」
「了解!」
「階段の直前、先程と同じ矢の罠があります。今度は左から射出されます」
「水圧で叩き落とせるか?」
「問題ありません」
自身の左側に水を集め、天井から床まで反時計回りに流動させる。
全力の身体強化のおかげで、階段前まではすぐに到達した。
ここにさっきと同じ矢の罠があるが、今度は解除せずそのまま突っ込む。
床を踏んだ瞬間に左から矢が射出されたが、今オレの左側は水が物凄い早さで回転している。
水に触れた矢は、滝に突っ込んでもこうはならないのではというほど一瞬で地面に叩き落とされた。
それを軽く横目で見ながら、2層への階段を駆け降りる。
「なぁ、アカシャ。もしかしてこの速度なら、矢が届く前に通り過ぎてたんじゃないのか?」
「そうですね。一応、念のため対応していただきました」
なるほどね。
安全マージンは重要だ。
それにしても"纏"は、分かってはいたけど凄まじい性能だな。
絶対にものにしてやる。




