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第143話 『氷結爆弾』

 戦争は避けられない。

 それが確定した時から、ずっと両軍の損耗が最も少なくなる方法を考えてきた。


 幸い、たっぷりとは言えなくても少なくはない時間があった。

 オレ達はアカシャの情報を軸にして、徹底的に話し合った。


 ヴィーグとの戦争で使った方法が本当は1番いいということは分かっていた。

 ただ、今回の戦争で使うには魔力が足りないことも、分かっていた。


 だから結局、オレ達はそれを部分的に解決できるようにするために多くの時間をついやしたんだ。





「アンタ達! 今日この日のために練習してきたことを思い出しなさい! 私はアンタ達を誇りに思うわ!」



 飛空艇船団の少し前を飛んでいる30匹のドラゴンの群れ。


 その先頭にいる、ミニドラに乗ったネリーがドラゴン達に声をかける。


『トンプソン飛竜隊』

 スルト軍の中でそう呼ばれているこの隊は、『意思疎通いしそつう』という神に愛された能力を持つネリーだけが許された、世界に1つだけのドラゴン部隊だ。


 ネリーに声をかけられたドラゴン達は、おのおの嬉しそうにしたり、気合が入った感じになったりして鳴いている。

 目がうるんでるヤツもいるな。

 特訓、厳しそうだったからなぁ…。



「さぁ、暴れるわよ! 『竜氷纏りゅうひょうまといれん』!!」



 ドラゴン達がネリーを囲むように隊列を組むと、ネリーは乗っているミニドラに右手を当て、"宣誓"した。


 一瞬でネリーが氷漬けになり、ミニドラが氷漬けになり、1つの大きな氷塊となる。


 それはさらに大きくふくらみ、周りにいるドラゴンまで含んだ巨大な氷塊になった。


 そして次の瞬間、それは粉々に砕け散り、細氷さいひょうとなってキラキラと輝いた。


 ダイヤモンドダストをまとい、白い息を吐き出すドラゴンの群れの完成だ。



「「「「ガアアアァッ!!!」」」」



 ドラゴン達の歓喜の咆哮が戦場に響き渡る。


 アカシャが、地上の兵達が敵味方問わずに恐怖していることを観測した。


『トンプソン飛竜隊』の氷のブレスによる蹂躙が始まる。





「ネリーはずいぶん派手に始めたようなの。あたち達も負けられないの」



 好戦的なベイラは、舌舐めずりでもするような表情で妖精達と会話していた。



「うむ。血が騒ぐのぉ」



 初老のオッサン妖精が獰猛どうもうな笑みを浮かべながらベイラの言葉にうなづく。


 やっぱり妖精って、戦闘民族なんだよなぁ…。



「それにしてもこれは、便利なものだね。自分の魔力は攻撃に集中できるじゃないか」



 防御壁の魔道具を背中に背負った妖精のお姉さんがニヤニヤしながら話す。


『ベイラ妖精隊』

 そう名付けれれた20人ほどのこの部隊は、ベイラが自分にもできることがあるかもと言って連れてきた妖精の志願兵達だ。


 妖精達は戦うのが大好きだけど、彼らは戦いをスポーツのように楽しんでいる。人間と違って、殺し合うことはまずない。


 人間は、殺すつもりで攻撃してくる。その違いをちゃんと理解していて、それでも参加してくれる妖精だけにお願いした。

 氷纏こおりまといを使えることも参加条件だ。


 正直こいつらの大半は面白半分で参加しているけれど、思想よりも結果が欲しかったから気にしないことにしている。


 妖精達にとっては、遊びだからこそ誰も殺すつもりもないし、自分も殺されるつもりはない。

 態度がどうこうとかいう人もいるけれど、必死になって殺し合う人間よりマシな気がする。



「誰が1番(こお)らせられるか競争なの。『氷纏』」


「「「「「『氷纏』」」」」」



 無邪気な妖精達が、野に放たれた。


 妖精の精鋭達だ。小さくても、恐ろしく強いぞ。





「『飛竜隊』と『妖精隊』が暴れ始めた。飛空艇艦隊もこの混乱に乗じて攻撃を開始する」



 オレは念話機を使って飛空艇艦隊に伝令を送る。


 飛空艇艦隊は、今かなりの上空にいる。


 攻撃を始めた『飛竜隊』と『妖精隊』は高度を落としたのに対し、飛空艇艦隊はさらに上空に移動したのだ。



「『氷結爆弾』安全装置解除。投擲用意」



 攻撃準備の指示を出し、アカシャからの合図を待つ。


 大量の時間と金を費やして、苦労して作った魔道具だけど、完璧な完成には至らなかった。


 現状、これが真価を発揮するのはオレの指揮下のみだ。

 でも、今はそれで十分。


 これを投下する瞬間には、防御壁を張っていてはならない。

 防御壁を張っていてはいけないということは、敵の攻撃が一定時間以上止まっていなければならない。


 目視でも予測できなくはないだろうけれど、アカシャなら完璧に予測できる。



『今です。どうぞ』


「投擲開始!」



 アカシャからの合図でオレが指示を出すと、飛空艇の底部から、安全ピンを抜かれた手榴弾のような見た目の魔道具が投下されていった。


 アカシャからの緊急報告はこない。

 どうやらドジって床にぶつけるようなヤツはいなかったようだ。良かった。

 万が一があれば、オレが遠隔で止める必要があったからね。



『ウトガルド軍が飛空艇から投下された物体に気付いた模様です。迎撃の指示が出されました』



 最初の投擲から気付かれたか。

 でも、仕組みまで初見で気付くのは無理だろう。


『氷結爆弾』を迎撃するための魔法が着弾した瞬間。

『氷結爆弾』がまばゆく光った。


『氷結爆弾』は、衝撃が与えられた瞬間に内包する魔力を周囲に飛ばし、その範囲内に『瞬間氷結』の魔法をかける魔道具である。


『氷結爆弾』が光った直後、その下方にいたウトガルド軍の兵士達は物言わぬ氷像となっていた。


 もちろん、地上に落下した『氷結爆弾』はその周囲の者達を氷漬けにしている。


『飛竜隊』と『妖精隊』は全員『氷纏』を使っているのでフレンドリーファイアを気にする必要はない。


 弱点としては敵の『氷纏』使いには効かないという点だけど、今はそいつらを狙っているわけではないので問題ない。


 今やっているのは、国境砦まで下がっている途中のウトガルド軍の一般兵を氷漬けにすることだ。


 ウトガルド軍は氷漬けになった一般兵を抱えていくか、見捨てていくかの2択を迫られる。


 スルトとしては、抱えていって被害が増えればそれで良し、見捨てていかれたら後で解凍して捕虜にすれば良しだ。


 この程度で氷漬けにできないような強者は、国境砦までの撤退が完了してから勝負する予定だ。

 待ち切れないヤツがいれば、相手してやるけど。



『ご主人様、『氷結爆弾』のキャッチを試みる者が現れました』


「お、チャレンジャーがいたか。残念、遠隔起動だ」



『氷結爆弾』を起爆させないようにするには、衝撃を与えないように止めればいい。

 それは間違っていない。


 でも、オレの魔力の届く範囲では遠隔操作ができるようにしてあるんだな。


『氷結爆弾』をキャッチした兵士は、一瞬ほっとしたのもつかの間、光りだした爆弾に絶望した表情のまま周囲の兵士達と一緒に氷漬けになった。


 衝撃をスイッチにして起動する機構と、特定の魔力で遠隔操作できる機構、開発するのに苦労したんだよ。

 この世界、情報を読み取る機構、つまりセンサーって概念がなかったからね。


 とにかく、そう簡単には、止められないよ。


 止めるには、オレが間に合わないほどの速さで、魔道具が反応する間もないほど一瞬で消し飛ばすか、それか…。



『気付いたようですね』



 アカシャが、ウトガルド軍が飛空艇に対し絶え間なく攻撃をし続けることを指示したと報告してきた。


 そう、飛空艇に常に防御壁を張らせておけば、投擲自体ができない。


 ただし、かなりの上空にいる飛空艇に攻撃を届かせるにはそれなりの魔力を消費する。

 それを絶え間なく続けるには、相当の魔力を消費することは避けられない。


 対してこちらは、充魔石が切れない限り魔力の消費すらない。

 充魔石は開発以来ずっと貯め続けてきて潤沢な在庫がある。



「最初の一当ての目標は達成だな。ウトガルド軍が国境砦に辿り着くまでは現状維持。地上軍はウトガルド軍の殿しんがりと距離を保ちつつ前進、氷像を回収」



 回収した氷像を解凍する用の魔道具も用意してある。


 解凍したウトガルドは捕虜として手厚く保護。

 無力化させるため充魔石を利用した手錠をかけて常に魔力欠乏状態にしておく。

 ほとんどは平民ではあるけどな。


 それによって充填じゅうてんされた充魔石は再び使い回す。


 充魔石の存在だけでも、魔力量の差は決定的だ。







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