第141話 腹黒い2人
オレは飛空艇の旗艦の中から、進軍してくるウトガルド軍の様子を見ていた。
ここは、ウトガルド軍の進軍ルートにある小国。
この小国には、このままだとウトガルドに攻め滅ぼされる危機を伝えた上で、協力関係を構築した。
オレ達はこの小国を守りウトガルド軍を撃退することと引き換えに、この小国にスルト軍を展開する許可を得た。
まぁ、正直この小国に選択の余地は無かったので、許可を得たという言い方はスルトに都合のいいものだとは思う。
ウトガルド軍からは見えないが、スルト軍はすでに地上でも上空でも陣形を整えて待ち伏せをしている状態だ。
"透明化"よりも魔力コストが低く済ませられる光魔法の"光学迷彩"で全軍を隠しているけれど、先制して奇襲を行うつもりはない。
ウトガルド軍の心を折る、そしてスルト連合軍に参加している他国の心を折る。
それがこの待ち伏せの目的であり、この戦争の目的でもある。
『ご主人様、ウトガルドの魔力索敵に引っかかりました』
「"光学迷彩"解除。防御魔法は」
『ダビド将軍の指示で展開済みです』
「よし。強度が足りない場合は教えてくれ。補助する」
『かしこまりました』
アカシャからの報告を受けて、"光学迷彩"を解除する。
ウトガルド軍はすぐにでも攻撃を仕掛けてくるだろうけれど、防御態勢は万全だ。
今までの戦争で使われていた非魔法兵用の盾の魔道具。
今回の戦争では、これを大幅に改良したものを投入している。
これまで盾の魔道具は、持ち主の前面を守る防御壁を発生させるものだった。
それを、魔法使いが使っているものと変わらない防御魔法が使える魔道具へと改良したのだ。
使っている魔法陣は変わらないのに、なぜ今までこれが実現できなかったか。
それは、魔力の問題だった。
かつての魔道具は、持ち主の魔力を使って発動するものだった。
非魔法使いの少ない魔力では、持ち主の前面を守るので精一杯だったのだ。
しかも、使える回数も恐ろしく少なかった。
それを、ヘニルとの戦争時に、充魔石を用いた非魔法使いの魔力を使わなくて良いものに改良した。
このとき、すでに魔力の問題は解決していたのだ。
だから今回の改良型は、持ち主が任意の場所に任意の強度で魔力壁を発生させられる魔道具となっている。
これはもはや、充魔石の供給が切れない限り非魔法使いでも魔法使いと同じように防御魔法を使えると言っても過言ではない。
今回の戦争ではスルト軍の非魔法兵の半分以上にこれを持たせており、残りもヘニルとの戦争時のものを持っている。
充魔石もかなりの時間があったので、過剰なほどに用意してある。
運用のための軍事演習もしっかりやった。
だから、このように。
ウトガルド軍の一斉射撃にも、非魔法使いの魔道具のみで対応できる。
ウトガルド軍の魔法兵達から放たれた魔法が展開された防御壁に当たることで起こった爆炎が晴れた後、無傷の防御壁は100枚以上残っていた。
「やや防御が過剰なのは今後の課題ではあるけど、今回に限ってはむしろ、目的を考えるとちょうど良いとも言えるな」
オレはニヤリと笑いながら呟いた。
「ええ。味方の他国は、ウトガルド軍以上の恐怖を感じているでしょうね」
そばにいたジョアンさんが、オレの呟きを拾う。
魔法使いの防御魔法に防がれたと思っているウトガルド軍に対し、味方の他国はこれを全て非魔法使いがやったと知っている。
自国の魔道具との圧倒的な差に、驚きを通り越して恐怖を覚えていてもおかしくはないだろう。
『どうやらそのようです。元フリズスのアレハンドロなど、恐怖のあまりダビド将軍に真偽の確認を行いに来るようですね』
アカシャがジョアンさんの言葉を受けて、オレに教えてくれる。
「そうか。やっぱりジョアンさんの言った通りだったね」
豚王は王自ら兵を率いて参戦したにもかかわらず、自国の兵は地上に放置して、この飛空艇旗艦に乗せてくれと頼んできた。
しかも真偽判定官付きで。
ジョアンさんは情報を少しでも抜くためだろうと言っていたが、やっぱりそうだったな。
オレもそんなことだろうとは思ったけれど。
断らなかったのには理由がある。
むしろ都合がいいからだ。
「では、予定どおり私が解説さしあげましょう。スルトと戦えばどうなるか、味方側からも宣伝していただかなくては」
ジョアンさんが長い顎髭を撫でながら、機嫌良さそうに言う。
「恐ろしい人だよ、貴方は。味方で良かった」
オレは素直な感想を言う。
「ふふ。主殿がそれを言いますか。それは私の台詞ですよ」
ジョアンさんが笑う。
「いや、ワシの台詞だろう、それは。どちらも味方で良かったと、心から思う。ほら、憐れな豚が来た、相手は任せたぞ」
念話機を使って各所に指示を出していたダビド将軍が、その合間に呆れたような声でオレ達の会話に混ざる。
オレとジョアンさんは、歩いて来ただけなのに軽く息を切らしている豚王を確認し、黒い笑みを浮かべながら頷いた。




