第139話 全知の悪魔
私の名はロマン・ガルフィア。
スルトに殺された『拳聖』の息子であり、元ウトガルド王立学園の教師だ。
憎きスルトを討つために王に直訴し、今はウトガルド王立軍に所属している。
実は今となっては、父上の死の直接の原因がスルトだとしても、スルトは立場上そうせざるを得ない状況だったのではないかと思っている。
スルト王城でのやり取りの後、私なりに調べたからだ。
ワウリンカが父上にダンジョン行きを勧めた時、父上の死を想定していたかどうかは聞けなかった。
その前にワウリンカが行方不明になってしまったから。
でももはや、事の発端などどうでもいい。
父上を殺したのはスルトだ。その事実は変わらない。
私は父上の敵をとる。
たとえそれが、叶わぬことであったとしても。
自分が満足するまで戦って死ぬのみ。
そう思っていた。
この戦争の現実を見るまでは。
「物資は不足していないはずです! なぜこんなことを許すのですか!? 守るべき民を虐げて、何が大義か!」
私は止める上官を引きずりながら王に直訴にきた。
行軍1日目。最初にたどり着き宿営地とした街で、あろうことか徴発という名の略奪が行われているのだ。
軍の規模が規模だ。大半の者が街の外で野営している。
街の中に入ることを許されたのは我々貴族。
その貴族達が、力を笠に着て民に暴虐の限りを尽くしている。
貴族が平民に対して厳しく当たるのは今までも見てきたが、これは完全に一線を越えている。
許されるはずがない。
「良い、放してやれ。ロマンの言うことは間違ってはおらぬ。だがな、ロマンよ、ここにいる全員がお前のように復讐のために死を厭わず戦おうとしているわけではないのだ」
王は泰然とした様子で、薄く笑ってすらいた。
「それはそうですが…。だから許されるとおっしゃるのですか?」
私は納得がいかなかった。
王は慈悲深い方であると、私は知っている。
王が貴重な回復薬を下されなければ、私は幼い頃に死んでいたのだ。
あの回復薬の価値は、私はおろか父上とも釣り合わないような物であったと聞いている。
それを当時、迷いもなく笑って父上に下さったという王が、慈悲深くないはずがない。
「そうではない。しかし、死にたくはないが国のため家のために参加せざるを得なかった者達の気持ちも分かる。ましてや、劣勢と分かっているのだからな」
王は、まるで彼らのことも、私のことも、仕方のない子だというような話しぶりだった。
だが、気持ちが分かることと許されることかは別の話だ。
「では、どうするとおっしゃるのですか…?」
「うむ。無論、禁止しているはずの略奪を行ったのだ。処罰はする。が、処刑など厳罰に処すことはない。それなりに厳しい罰を与える」
私が恐る恐る聞くと、王は淀みなくお答えになった。
それなりとはどの程度の、とは聞いてくれるなよという意図が伝わってきて、私は短く肯定の返事をした。
「私からも、ロマン・ガルフィア。君は物資が不足していないと言ったが、それは今現在のことだ。7万の兵を維持するための物資は想像を絶する」
「はっ」
私をたしなめるように言った将軍に返事をして、頭を下げる。
補給路はしっかり確保していたはずだけど、それでも足りないのか…。
「補給路のことを考えたかもしれんが、スルトはやろうと思えばいつでもそこを狙うことができる。ヘニルも兵糧を燃やされた。無論、だから略奪を許せとは言わぬが」
亡命してきた元スルト王ファビオ・ティエムが補足をしてくる。
『全知の悪魔』セイ・ワトスン…。
この戦争において最も警戒すべき相手であり、父上を殺した1番の敵と言える存在。
この男やペトラ・ティエムの話では、今のスルトの元凶とすら言える。
子どもとはいえ、セイ・ワトスンを殺すことが私の復讐の最終目標だった。
「将軍。明日の朝までに略奪をした者に対する罰を考え、実行せよ。ロマン、それで良いな?」
「はっ。願いを聞き入れてくださり、感謝いたします」
王に感謝の言葉を述べてその場を辞した私だったが、帰り際にペトラ・ティエムに言われたことは今も耳に残っている。
「貴方、平民の肩を持つなんて、ワトスンやトンプソンみたいなことを言うのね」
あれはいったい、どういうことだったのだろうか…。
そして私の直訴は、結果的にあまり意味のないものとなった。
この日を最後に、道中で立ち寄った街には誰もおらず、ウトガルド軍を非難する住民の落書きのみが残されていたからだ。
ファビオ殿もペトラ殿も揃って、セイ・ワトスンの仕業だと言う。
父上を殺した悪魔は、まさか、民を守っている?
いや、ただウトガルドの邪魔をしているだけかもしれない。
それに、たとえそうだとしても、父上の敵であることに、変わりはない…。




