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第137話 ウトガルドの混乱

 春、と言っていい季節になった。


 4大国同盟がなされた時に決められた戦争の期日まで、あとわずか。


 これまで想定したこと、想定外のこと、色々なことがあった。


 しかし、スルト対ウトガルドの戦争準備という1点においては、想定以上にスルト優位に傾いたと言えるだろう。


 ウトガルドを除く3大国に関しては戦争に参加さえしなければ十分という考えだったところ、旧フリズスが欲に駆られてスルト側で出兵を決めたことが最も大きな想定外だ。


 せっかくだから、大いに利用させてもらった。


 まず、フリズスがスルト側に寝返って戦争に参加するという情報を広めた。


 次に、他の2大国であるノアトゥンとミーミルが状況を悲観して戦争に参加しないという情報を広めた。


 実際にはノアトゥンとミーミルは最初から戦争に参加するつもりなどなく、大国間はお互いに裏切らないという"契約"を誤魔化すために、ウトガルドに戦争の延期を決めたというふみを何度も出しているという状況だ。何度出しても届かない文を。

 一応、両国ともスルトと戦争すべく準備だけはしている。"契約"のために。


 実は両国とも今ではスルト側で参戦したいのに、"契約"のせいでできないというのが本心らしい。

 必死でフリズスと同様の"契約"の抜け道を探しているようだ。アレは見つけられないというか、見つけても試そうとは思わないだろうけれど。


 あえてノアトゥンやミーミルに抜け道を教えてまで参戦させるつもりはない。

 フリズスの抜け道はイカれすぎていて危険だし、あまりにも戦争での人数が増えすぎると()()が怖いからだ。


 ともかく、これらの情報が広まったことで、ウトガルドは混乱を極めた。


 "契約"で裏切れないはずの大国が、次々と裏切ったり戦線離脱していく噂を聞いたのだから当然だ。


 国民達もそうだが、"契約"の詳細を知っている上の立場の人間はその比では無かった。




「どうなっている!!? 3大国は本当に噂の通りなのか!? 何ヶ月調べていると思っている!!」



 ウトガルドで毎日のように行われている会議で、宰相が大きな声を上げる。


 怒りというよりは、激しい焦燥しょうそうといった様子だ。


 怒りは、もう1ヶ月以上前に出し尽くしたのだろう。

 今更怒ったところでどうにもならないことは、彼にも分かっているのだ。



「どうやっても、連絡が取れないのです…。3大国に限らず、全ての国とです。国際大会前と同じです…」



 宰相に答えた男は、もはや泣きそうだった。

 部下とありとあらゆる手を尽くして他国と連絡を取ろうとして、その全てをオレ達に潰されたかわいそうな人だ。

 腕利きをさらわれた分だけ戦力が落ちたなどと自分ではどうしようもないことを言われ、いっそ自分で行ってやるとまで言ったが止められた過去を持つ苦労人である。



「このようになることは国際大会前から予測していたであろう。ステファノスも言っていたが、噂が本当でも嘘でもスルトには得しかない。我らにできるのは、噂が嘘であることを信じることだけだ」



 ウトガルド王はここに至っても今までと全く変わらない調子だ。

 余裕すら感じられる口調で宰相にさとした。



「しかし王! 噂が本当であれば、負けるのですよ! 確実に!!」



 それでも宰相はウトガルド王に食い下がった。

 この男は、ウトガルド王に戦争を思いとどまらせたいと考えている。


 オレは個人的にこの男を応援していたが、ウトガルド王が絶対に折れないであろうことも分かっていた。



「嘘ならば勝てるやもしれぬだろう? 『情報の支配者』がいるスルトと戦うということは、こういうことなのだ。何度も言っているが、分かっていたことだ。真偽が分からぬ以上、余がいくさを止めることはない」



 予想通り、ウトガルド王は折れなかった。

 破滅願望がある、と言った『拳聖』クリストファー・ガルフィアの言葉を思い出す。


 今日、このウトガルド城で起こっていることを観察しているのは、混乱を極めたウトガルドで嫌なことが起こりそうな情報を得たからだ。


 頼む。穏便に終わってくれ。

 魔封石で囲まれたここには転移できない。

 オレは祈るような気持ちで状況を見守った。



「分かりました。『やむを得ない』でしょうな…」



 宰相が『その言葉』を言ったと同時に、会議室のドアが勢いよく開く。


 そこからはデミノール親子や、処罰された元教頭シャイアン・セヨンの親族などスルトからの亡命者達と、ウトガルドの宰相の手の者、合わせて20名弱がなだれ込んで来た。



「貴様ら、諦めておらなかったのかっ!」


「我々は貴方がたに付き合って死ぬつもりはないっ!」



 元スルト王ファビオが立ち上がるも、ここでは魔法が使えない。

 声を上げ、自分の後ろにペトラを隠すにとどまった。



「王をお守りしろっ!!」



 護衛に付いていたロマン・ガルフィアさんが叫び、他の護衛達と共に王の前を固める。


『拳聖』から頼むと言われていたのに、オレは見ていることしかできない。


 せめて前に出ないでくれロマンさん。

 そうすれば、大丈夫なはずだから…。



「バカ者どもが…。王に反旗を翻すとは、恥を知れっ!」


「将軍っ!」



 将軍が腰の剣を抜きながら前に出る。


 彼を止めようとした護衛を手で制しながら。



「恥を知るのは貴様だ! 魔法も使えん、王の依怙贔屓えこひいき将軍がっ!」



 宰相は自分は下がりながら右手を前に突き出し、なだれ込んできたぞく達に王を襲うように指示を出した。



「その通りだ。だからこそ私は、王に絶対の忠誠を誓っている」



 そう言った将軍は、瞬く間に武器を持った賊を斬り伏せていく。



「ひ、ひいいいいいっ」



 1番後ろの安全そうな位置にいたジョーダン・デミノールも逃げ出そうとしたところを切られた。

 息子のテイラーは、すでに…。


 ファビオはペトラが惨状を見なくて済むよう頭を抱えるように抱きしめ、けわしい顔で成り行きを見ていた。



「き、貴様、力を、隠していたのかっ?」



 引き入れた賊を全滅させられた宰相が、後ずさりながら最後の言葉を放つ。


 将軍はあっさりと宰相を斬り伏せ、その後に言葉を返した。



「隠してなどいない。魔法が使えないのだ、剣を鍛えるしかあるまい。才能などないがな…」



 "身体強化"すら使えない、貴族として家名を名乗ることすら許されなかった彼はウトガルド王に拾われ、その寵愛を受けてここまで来た。


 真面目な彼は、常にウトガルド王のために役立つことだけを考えて生きてきたと思われる。


 その結果の1つが、これだ。

 魔封石に囲まれた空間内において、彼に勝てるものは世界中を見渡しても数人しかいない。

『神に愛された者』を含めてなのだから恐れ入る。



「将軍、ご苦労だった。相も変わらず、見事な腕前よ。余はスルトとの戦争までは死ぬわけにはいかぬ。これからも頼むぞ」



 これだけのことがあったにもかかわらず、血で汚れた会議室の中で、ウトガルド王は全くいつもと変わらない。

 身体情報バイタルすら、いつも通りだ。


 でも、気になる言葉が出てきた。

 ただ破滅願望があるだけならば、この言葉は出てこないはずだ。



「はっ。最後の()()()まで、お側に…」



 そして、この反応…。ウトガルドの将軍はそれを知っている?


 いや、この将軍の過去にそんな情報がないことはアカシャが確認済みだ。


 知ってはいないが、察している。そんなところだろうか。


 多くの者が犠牲になったのは残念だったけれど、自業自得だったし仕方がない。


 今日のこともあって、今度こそもう戦争が止まる可能性はゼロになっただろう。


 いよいよ戦争が始まる。

 これまで準備してきたことで、戦争の見通しは立っている。

 あとは戦争にどう決着をつけるか。それだけだ。


 今日の情報が、少しでも何かの役に立つといい。

 皆で分析しよう。








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