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第136話 初めて役に立った

 かすかな可能性に、賭けていた。


 大国連合にスルトに不満を持つ国々が同調し、スルト包囲網を作る。


 そして私達亡命者を頼って、さらなる亡命者が出てくることでスルトを追い詰める。


 それが、私が描いた最善の状況だった。


 厳しいことは分かっていたけれど、まさかここまで全く勝ち目が見えないとは思わなかった。



「このままでは! 勝負にもなりませんぞ! 私は貴方がたを信じて、付いて来たのに!」



 ジョーダン・デミノールが私と父上に対し、大げさに手を振りながら訴える。


 やはり、もはや誰の目からも勝ち目がないことは目に見えているのね。

 フリズスがスルトに付いたこと、他の大国も同盟を破ってスルトと戦わないと決めたことなどは、噂の域を出ないはずなのだけど。


 確定している情報が殆どないにも関わらず、ウトガルドからは大勢の人が逃げ出している。

 どこまでが本当で、どこからが誇張こちょうなのか、ウトガルドにいる限り全く分からない。

 上層部は噂を消そうと必死だけれど、むしろ消そうとすることで信憑性が増す始末。


 勝てない。

 戦争を前に、すでにウトガルドではそう意思統一がされつつあった。


 そして、スルトとの戦争が間近にせまった今日。

 ウトガルドにあてがわれた私達の屋敷には、スルトから亡命してきた者達が全員でやってきている。


 ようは、私達に責任を取れと言いに来たのだ。



「バカを言うな。お前を含めここにいるのは、ワトスンやミロシュと相容あいいれぬと言って亡命してきた者だけだ。形勢が不利であることは分かった上で付いて来たのであろう」



 父上はそう言って、冷めた目でジョーダン・デミノールを見た。



「そうは言っても、我々は貴方がたに誘われなければここには来なかった。どうしてくれる?」



 ジョーダン・デミノールはあくまでも、私達に責任を取らせるつもりのようだ。


 ジョーダンの後ろで、息子のテイラーも強くうなずいている。

 ノバクの腰巾着だった男が、都合のいいことだ…。



「仮に責任の一端いったんが私達にあるとして、どう責任を取ってほしいわけ? 貴方達は?」


「ペトラ」


「いいじゃない。ひとまず聞くだけよ」



 私が連れてきた者達に問うと、父上は私をたしなめるように名前を呼んだけれど、私は取り合わなかった。



「ウトガルド王を暗殺して、その首を手土産にスルトに戻るのだ。この功績をもって許しをい、再びしかるべき地位を得る。協力しろ」



 ジョーダン・デミノールは恥も外聞がいぶんもなく、真剣そのものの顔で言った。


 私は、まさかこんなことを言われると思っておらず、一瞬きょとんとした顔をしたに違いない。



「それは、貴方たちの総意なの?」



 そう聞くと、頷く者や、



「もう、そうするしかないでしょう」



 などと言う者ばかりだった。


 全員の意見が一致しているとは限らないけれど、大半の者は本気でそう考えているようだった。



「ふふっ。ふふふふふっ…」



 つい、笑いが止まらなくなる。



「何がおかしい!」



 ジョーダン・デミノールは、これがあざけりの笑いだと気づいたらしい。

 怒った様子だ。



「ごめんなさい。貴方達があまりに愚かで、プライドのないことを言うものだから、つい」


「我々の何が愚かだというのだ!?」



 私が素直に思っていることを言うと、ジョーダンは鼻息荒く怒鳴ってきた。



「命と地位が欲しければ、スルトでミロシュの足をめながら必死に功績を上げれば良かったのよ。私は言ったはずよ、ミロシュやワトスンに奪われた()()を取り戻すために亡命すると」



 私は腕を組み、ジョーダンをにらみつけながら言った。



「もはやそれが叶わぬから、新たな策を…」


「私にはプライドがある!! 平民に許しを請いはしない! 叶わぬなら、戦って死ぬのみだ!」



 私はジョーダンの言葉に被せる形で叫んだ。


 そう。これが私の望み。


 平民から全てを取り戻すか、さもなくば奴らに一矢(いっし)報いるべく戦って死ぬこと。


 ノバクや父上は負けたけれど、()()まだ奴らに負けていない。


 私は今のままでは、納得できない…!



「ペトラ……」



 父上が悲しそうな顔で私を見る。


 分かっている。父上は私を生かしたがっている。

 その上で、私に付き合ってくれていることも。


 それでも私は、止まることはない。



「帰りなさい。協力はしないわ」



 ジョーダンをはじめとした、スルトからの亡命者達にキッパリと告げる。


 私には取り付く島もないと思ったのだろう。

 彼らは私から目を外し、隣に立つ父上を見た。



「そういうことだ。帰れ」



 父上は、ウトガルドでは私のサポートにてっしてくれている。


 きっと最後には私を止めようとしてくるのだろうけど、それまでは好きにやらせてくれるはず。


 私はそれを利用している。



「…そういうわけにはいかない。ウトガルド王に近付けるのは、貴方がただけなのだ…。無理にでも、協力してもらう」



 ジョーダン・デミノールがそう言うと、その後ろに控えていた10人ほどの亡命者達が戦闘態勢をとった。


 私と父上に無理矢理言うことをきかせるつもりらしい。


 私も戦闘態勢をとろうとした瞬間、ビギッッと、何かが壊れるような音がした。


 ぐ側から聞こえた音の方を見ると、父上の足元を中心に、屋敷の石畳の床にヒビが入っていた。


 ヒビはどんどん大きくなり、割れた石畳の破片が浮かび上がって父上に向かって飛び始めた。



「父上っ!」



 私はそれがジョーダン達の父上への攻撃かと思ったが、違った。

 よく見ると破片は父上の体の周りに集まっているだけで、ジョーダン達も私と同じように呆然ぼうぜんと父上を見つめていた。


 次第に屋敷全体が小刻みに揺れはじめ、私の目の前にも床の破片でできた壁が作られ始めた。



「ま、まさか…。"土纏つちまとい"なのかっ!?」



 ジョーダン・デミノールがあせりを含む声で叫ぶ。



「あまり知られていないが…。セイ・ワトスン出現前ならば、私は王都の魔法使いで五指に入っていたはずだ。力尽くと言うならば、相手になるぞ?」



 石の破片をよろいのように纏った父上が、あまり大きくはない声でジョーダン達に警告をした。


 おそらく父上がその気になれば、目の前にいるスルトからの亡命者達はまたたく間に制圧できるだろう。


 貴族派のほとんどは、戦闘が得意ではないのだから。


 その筆頭とも言える父上が、まさか"纏"を極めているとは私も知らなかったけれど。




 スルトからの亡命者達は、"土纏"を使った父上を見て逃げるように帰っていった。



「知らなかったわ。父上が、"纏"を使えるほどお強いなんて…」



 私は少しだけ父上を見直した。



「一応、ある意味ではラファの直弟子じきでしのようなものだからな。しかし、役に立ったのはこれが初めてだ。そして、この程度の力では、今度の戦争でも何の役にも立たぬ…」



 少しだけ見直した父上は、れ者達を追い返したにも関わらず酷く肩を落としていて…。


 私の目には、泣きそうに見えた。









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