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第133話 信じる

 前世で死ぬ直前、オレは高校生だった。

 結婚を意識していたことはない。


 今世こんせでは今年13歳。


 成人は15歳である世界なので、貴族なんかはこのくらいの歳で婚約してる者も多くはないけれど、いる。


 でも、オレ個人としては、日本でいうところの中1の年齢になったなって感覚でしかなかった。


 だから、自分の結婚なんて、ずっと先のことくらいに考えていたんだ…。



「こ、こっ、婚約!? ええ!? ちょっ、ちょっと待ってくれ。婚約って言うと、アレだよな。いずれ結婚しようっていう…」



 いや、そんなことは分かってるんだけどよ。

 頭が真っ白になったオレは、間抜けづらさらしながら全く状況にそぐわない言葉を発した。


 自分でも、なぜこんなトンチンカンなことを言ってしまったのか分からない。

 オレが呆然ぼうぜんとしていると、ネリーは顔に手を当てて長いため息を吐いた。



「はぁーっ。アンタが私達のプライベートに関してはアカシャに聞いてないって、本当だったのね。疑ってたわけじゃないけど、こんなに驚かれるとは思ってなかったわ」



 オレはネリーの言葉に対して、恥ずかしかったこともあって、口をとがらせた。



「そんな嫌がられそうなことを仲間にするわけねぇだろ…。知らなきゃ、驚くに決まってる」



 オレが不満げに言うと、ネリーは何だか面白そうに笑った後、急に偉そうな感じに手を組んで仁王立ちした。



「で、返事は? いいの? 嫌なの?」



 なんか吹っ切れた感じになってやがる…。

 こっちはいまだにテンパりまくってるってのに。


 まぁ、でも、あれだ。

 そう。

 オレも結婚するなら、ネリー以外とは考えられねぇ。


 なのに、たったこれだけのことが言えずに、オレは前世で親しみのあったヤサイの人の言葉を借りるという妙案を思いついた。



「じゃあ、婚約すっか!」


「うん!!」



 まぁいっかというノリでもなかったし、絶対耳まで赤くなってたけど、オレはなけなしの勇気を振り絞った笑顔でそう言った。


 気の利いた言葉は言えなかったけど、ネリーも嬉しそうにしてるから許してくれるだろう。






 その後のバーベキューは、オレとネリーの婚約内定パーティーみたいになった。



「おめでとう、セイ! 婚約なんて貴族様みたいじゃねぇか!」


「おいおい、ジル。貴族様()()()じゃなくて、セイは貴族様なんだよ。あれ? もしかして、セイ様って言った方がいいのか?」


「止めてくれよ。兄ちゃん達にセイ様なんて言われたくないぞ、オレは」



 オレと肩を組んで祝ってくれているジル兄ちゃんとアル兄ちゃん。

 絡み方が完全に酔っ払いのそれなんだよなぁ。



「あの小さかったセイが婚約なんて、時が経つのは早いもんだねぇ」



 セナ婆ちゃんがしみじみと話す。

 もう50歳を超えて、この世界では高齢者の仲間入りだけどメチャクチャ元気だ。


 アカシャのおかげで身近な人の健康は前世よりもずっと手厚く守ることができる。

 婆ちゃんには100歳を超えるまで生きてもらいたい。



「セイをよろしくね。ネリーちゃん」


「はい。任せて下さい! お義母様かあさま!」



 おっとりとしたアン母ちゃんに優しく微笑ほほえまれて、胸を叩いていい返事をしているネリー。


 お義母様は早くない? 早いよね。

 まだ結婚どころか、婚約もしてないからね。



「なんか皆勘違いしてる気がするけど、()()()()()()()()婚約だからな」


「そんなんどっちだっていいだろう。めでてぇことに変わりはねぇ。今日は飲むぞ! わはははは!」



 オレのツッコミも気にせず、ジード父ちゃんはつぶれるまで飲みそうな勢いだ。

 まぁ、祝ってくれるのは、嬉しいけどさ。



「アレク、ベイラ。お前ら、ネリーと組んでたな?」



 兄ちゃん達の絡みから抜け出したオレは、アレクとベイラに絡みにいった。



「そうだね。ある意味では、アカシャとも組んでたよ」


「アカシャ経由でバレるかもって思ってたの」



 アレクはニコニコ、ベイラはニヤニヤ答える。


 こいつら、完全にオレをイジる気でいやがる…。



『アカシャは何で言わなかったんだ? 知る必要のない情報って言ってたよな?』



 一応アカシャに確認しておく。

 アカシャがどういう判断をしたのかは気になる。



『言わない方が良いと判断いたしました。それとも、今後は報告した方がよろしいでしょうか?』



 面白さ半分、純粋な興味半分といった口調でアカシャがたずねてくる。



『うっ…。いや、その判断でいい。先に知っちゃったら、それこそどんな反応すればいいか分からなかったよ。ありがとうな』


『ふふ。これがご主人様をイジる楽しさですか。良いものを知りました』



 オレが余計なことを言ったせいで、アカシャがとんでもないことを知ってしまったようだ。


 アカシャがこんなに楽しそうに笑うのを初めて見たよ。

 オレはこれからどうなってしまうのだろうか。



「どうやら面白いことになっていそうだね。アカシャがこんなに楽しそうなんて」



 アレク、お前はエスパーか。



「ちなみに、セイとネリーの会話は全部聞いてたの。あたちの風で。ププッ」


「ぐっ。ベイラ、お前、後で覚えてろよ…」


「な、なんで、あたちだけ!?」


「オメーのイジり方は、たちが悪いんだよ!!」



 アレを聞かれていたとは、恥ずかしさで死ねる…。


 オレとベイラがギャーギャーやり合っていると、アレクが思い出したように一言付け足した。



「そうだ。上手くいったからには、王都に戻ってからもパーティーするからね。スルティアもジョアンさんもミロシュ様も、皆祝いたいだろうからさ」


「お、おう。ありがとう…」



 嬉しいんだよ。嬉しいんだけど、恥ずい…。





 バーベキューパーティーが終わった後、オレはまた畑の前に座って1人で星を見ていた。


 今日は皆で実家に泊まることにした。

 王都で続けてパーティーをすることがしんどかったわけではない。

 そうした方がいいってネリーが言い出したからだ。


 なんでネリーがそんなことを言ったかは想像できる。

 きっとオレのためだ。


 オレがしんどうそうだったから、ネリーに"支える"と言わせてしまった。


 覚悟はできてる。迷いがあるわけでもない。

 でも、『拳聖』やワウリンカを排除したことで精神的に疲れていることは事実だ。


 ネリーもアレクも立派だ。

 あいつらだって、殺しは嫌いだ。できればやりたくないと思ってる。

 でも、あいつらは心に折り合いをつけてる。


 オレだけが、ウジウジしてるんだ。



『ご主人様は、できることが多すぎるのです。選択肢が多すぎるから、心のどこかで他の選択肢もあったのではと考えているのではないでしょうか』


『そうかもしれないな…』


『ですが、気にすることはありません。ご主人様が素晴らしい、それだけのことです。有象無象うぞうむぞうなどどうでも良いではありませんか』


『そうだな。ありがとう、アカシャ…』



 アカシャの言ってることは正しい。

 ただそうして割り切ればいいんだ。それは分かってる。


 問題は、なぜ分かっててそれだけのことが出来ないのかってことだ…。



「おう。邪魔するぜ、セイ」


「父ちゃん…」



 酔った父ちゃんが1人やってきて、どかりとオレの隣に座った。



「今日は祝ってくれてありがとな。皆に祝われて、支えられて、幸せ者だよオレは」



 オレは今日のお礼を父ちゃんに言った。



「ばーか。そんならもっと幸せそうな顔をしろよ」



 父ちゃんは笑いながら軽い調子で言ってくれた。


 やっぱり見る人が見ればそう見えたか。

 アホだなオレは。ネリーにも失礼だ。

 本当に、嬉しかったのに。



「幸せなんだけどさ、他者の幸せを踏みにじっといて自分だけいいのかって思いもあるんだ…」



 オレがそう言うと、父ちゃんはキョトンとした顔をした。



「はぁ? お前、そんなこと思ってたのか?」


「いや、そんなことって…」



 いきなり全否定するのは、さすがに酷くないか?

 オレは少しむくれた。



「オレは、お前が理由なく他人の幸せを踏みにじるようなヤツじゃないって知ってる。お前は間違ったことをしたのか?」



 父ちゃんが聞いてくる。

 オレは改めて考えた。



「いや、してない。考え抜いた上でそうすべきだと思ってやった。後悔もしてない」



 オレがそう答えると、父ちゃんはニヤッと笑った。



「そうだろう。じゃあ、もう仕方ねぇよ」


「仕方ない、か。そうだね…」



 確かに、仕方ない。

 そうとしか言えない気がする。



「オレはよ、前に来た盗賊達に家族がいたとして、そいつらが幸せを踏みにじられたって言ってきたとしても、こう言うぜ。"知らん。オレの家族の方が大事だ。好きに恨め"ってな」



 今度はオレが父ちゃんの言葉にキョトンとする番だった。



「ははっ。そりゃそうだ。オレもボズに家族がいてそう言われたら、同じこと言うね」



 オレは笑った。


 ボズに家族はいないけど。

 うん。

 仮にそうなったら、躊躇ためらいなく自信持って言えるな。



「まぁ状況は違うだろうがよ、似たようなもんだと思うぜ。正しいと信じてやったなら、ウジウジすんな。お前はオレの自慢の息子だ。自信を持て」


「父ちゃん…」



 父ちゃんの言葉は、なぜか分からないけれど、とてもに落ちた。



「信じろ。自分を、仲間を、ネリーちゃんを。あの子はいいだ。お前が間違ったら、止めてくれるさ。だから大丈夫だ、オレ達家族は安心してる」



 父ちゃんは優しく笑って言った。


 涙がこぼれた。

 たった一筋だったけど、温かい涙だった。



「ありがとう。父ちゃん」



 信じる…。


 家族を、仲間を、ネリーを。

 そして自分を。


 自分や、皆で決めた選択を。


 未来を。



 オレはそれを、信じられる…!






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