第131話 僕の死神
自分で言うのも何やけど、僕は子供の頃から賢かった。
もちろん『解析』の能力あってのことやけど、それも含めて才能や。
体を鍛えるのは嫌いやった。
魔法を極める気にもならんかった。
むしろ、あえて弱いまま周りを操り、屈服させるのが好きやった。
僕の家は伯爵家で、僕はしがない三男坊のはずやった。
不自由ない生活をしとったから文句はなかったけど、ある日、親父と兄貴達が参加する戦争にちょっと助言をくれてやった。
あんまりにも親父達が効率悪いことしとったんで、軽く教えてやるかぐらいの気持ちやったと思う。
それが転機やった。
親父達は僕の助言によって大戦功をあげた。
そしてそれから、まだ学生やった僕も、戦争があれば連れ出されるようになった。
連戦連勝やった。
僕に言わせれば、すでに大国だったウトガルドが周囲の中小国家の領土を切り取るのに苦労しとったのが信じられんかった。
普通に、相手よりずっと大きな戦力を集めて押しつぶす。そんだけや。
奇策とか、そういう変な逆転の手だけ潰しておけば、負ける理由が見当たらん。
どうやら、逆転の目を先に全部潰しておいて兵力差だけの勝負にするっちゅう簡単なことが、凡夫には難しかったらしいわ。
家がどんどん大きくなって、やがて僕が家の軍師やなくウトガルドの軍師として使われ始めた頃。
2人の兄貴達は、このままでは僕に家を奪われると思うたようで、僕を亡き者にする計画を立てた。
アホな兄貴達は、作戦を立てるだけで弱い僕ならどうにでもなると思うとったらしい。
殺られる前に殺ってやったわ。
兄貴達は僕より強かったけど、兄貴達より強い手駒なんていくらでもおんねん。
先手さえ打てば余裕やった。
兄貴達を返り討ちにした時、僕は1つのことを確信した。
僕は人殺しが大好きや。
特に、自分を舐め腐ってる奴を殺る時の快感は最高や。
兄貴達は僕に命乞いしたが、無視した。
ゾクゾクした。
きっと、人生で1番の笑顔やったと思う。
このことは何人かにだけ話したことがあるけれど、皆そろって『狂っている』と言うてたわ。
まぁ、一般的にはそうやろな。
でも、子供のころアリの巣穴に水入れて遊ぶ奴なんていくらでもおるやろ。
僕は子供やのうてもそれが面白いし、アリでなくても面白いだけや。
やがて僕は国1番の軍師と呼ばれるようになり、国軍の軍師として王城へ呼ばれた。
そういや、王様だけやったな。
僕のことを『狂っている』と言いつつも、
「お前はそのままで良い。余にはお前が必要だ」
なんて嬉しそうに言うてたのは。
……なんで僕はこんなことを思い出しとるんやろ。
やっぱり、この状況が間違いなく詰んでいるからやろうなぁ。
目の前にいるアレクサンダー・ズベレフから目を離さないようにしながら、改めて周りを見回してみる。
出口はなし。
四方、上下、全て壁。
もしズベレフが魔法で光源を出しておらんかったら、真っ暗やったに違いない。
地下か、こういう部屋を地上に作ったか知らんけど、おそらく僕の力では破れんようになってるんやろな。
そう思いつつも、一応腰に仕込んだナイフにそっと手をかける。
「無駄ですよ。仮にそのナイフで僕を傷付けることができたとしても、解毒薬がありますので」
ズベレフが落ち着いた声で、ニコリと笑いながら言う。
クソが。
予想どおり、僕のことは全て知っとるようやな。
情報を制することの価値は、僕が誰より知っとる。
僕の能力は『解析』やけど、それで手に入れた情報で勝ってきたと言っても間違いやないからな。
"逆転の目を先に全部潰しておいて兵力差だけの勝負にする"
今まで僕が戦争でやってきた必勝パターン、今こいつにやられとるやん。
やってられへん。
…やってられへんけど、正直こないなことになるんは予想しとった。
「僕の死神は、セイ・ワトスンかと思っとったんやけどな…」
僕はナイフから手を離し、ニヤニヤと笑って言った。
余裕があるように見せなあかん。
最後まで、勝つ可能性は手放さんで。
「セイは忙しいんですよ。貴方ごとき小物に割く時間はないそうです」
なんやと?
「は? 僕が小物やと? 君らに敗北を味わわせた、この僕が?」
余裕は一瞬で消え去った。
それでは、前提が崩れる。
僕がすでに勝利しているという前提が。
『解析』結果は、セイ・ワトスンは僕を強く意識している可能性が高いと出とる。
間違いなく強く意識している、やない。
「貴方も本当は分かっているんでしょう? 自分が負けたということを」
この金髪小僧、急に無表情になりよって。
違う。
ウトガルドはもう負けやが、僕だけは勝った。
スルトを、お前達を、出し抜いた。
「何を言ってるんや。君らは戦争を回避したかった。でも、僕のせいで戦争せざるを得んかった。つまり僕の勝ちや」
そうや。
直接聞いたわけやないけど、スルトが戦争を回避したかったのは間違いない。
これは十分な情報から『解析』した。
でも、僕がその計画を潰した。
これは僕の勝ちや。
勝ち以外の、なんでもない。
僕の言葉を聞いたアレクサンダー・ズベレフは、再び天使のような笑顔になった。
「貴方の局地的勝利は認めましょう。でも、大局的には僕たちの圧倒的勝利だ。貴方はここで死に、僕達は戦争で勝利する。誰がどう見ても貴方の敗北で、僕達の勝利でしょう」
……。
ズベレフの言葉に対して、僕はしばし押し黙った。
あえてそれは、考えんようにしとった…。
そんなこと、言われんでも、『解析』するまでもなく心のどこかで分かっとったしな。
意識してしまうと、僕が勝利を誇れば誇るほど、負け惜しみにしか感じられん。
かっこ悪…。
「なるほど。敗北を与えに来た、ね…。お前は、死にゆく者に花の1つも持たせんのかい…」
攫っといてすぐ殺らんかったは、そういうことかい。
僕に敗北感を味わわすためだけに、この場を用意したと。
僕が言えることやないけど、性格悪いわ。
「貴方はやりすぎました。僕は怒っているんですよ。敗北に打ちのめされながら、死んでください」
アレクサンダー・ズベレフがすっと手を引き絞り、手刀を作った。
わざわざ間を作ったらしい。
コイツの実力なら、僕に認識もさせずに殺ることもできるやろうからな。
意図は分からんが、遺言でも言うておこうか。
「王様によろしく言っといてや。あの人は僕の唯一の同類かと思っとったけど、もしかしたら間違うとったかもしれへん」
どっちが真意か知らんけど、らしくないこと言うとったんよな。
「貴方の望みを、僕が聞くとでも?」
はっ。せやろな。
苦笑した瞬間、僕の意識は途絶えた。




