第130話 生き残れる目
スルト王城での挨拶を終えた後、僕らはスルト王都を出立した。
王城では不愉快なこともあったけども、帰り際セイ・ワトスンに「戦争を止められんくて、残念やったね」と言ってやったら悔しそうな顔をしとったのは傑作やった。
面倒なんは、あれからロマン・ガルフィアを含めた何人かが、僕に説明を求めてきたこと。
上手くテキトーにあしらってるけども、あいつらの心に疑念を埋め込まれたのは残念ながら間違いない。
王様もどうして認めるような発言をしたんか…。
僕をフォローするにしても、他の言い方もあったやろ。
アレを受けて僕の『解析』は、王様には何か僕らに言うとらん戦争の目的があるかもしれんと示唆した。
でもまぁ、それはええわ。
それよりも、わずかにやけど僕が生き残れる目が出てきた。
スルトの王城での出来事。スルト側があれをやる理由はそれほどないはずや。
関係改善を図りたいか、僕らの不和を招きたいか…。
前者の可能性がかなり高いやろ。
両方も有り得そうやけど。
もしそやったとすると、僕を暗殺することで関係がズタズタになるなら躊躇する可能性が出てくる。
つまり僕は、スルトが僕を暗殺することをためらうよう立ち回ればええ。
「君らが僕を疑うのは分かる。でも、僕はそのうちスルトに暗殺されるはずや。そんとき、僕の言うとったことが正しかったと分かる」
すでにロマン君達には、こんな感じで吹き込んでおいた。
僕が殺されれば、スルトとウトガルドの関係は修復不可能なほどに悪化するはずや。
僕が殺されなければ、もちろんそれでええ。
どちらにせよ、僕の勝ちや。
薄く笑いながらそんなことを考えているうちに、僕らはスルトの裏切り者達との待ち合わせ場所に着いた。
スルト王都から少し離れたところにある洞窟。
ウトガルドへの帰り道の途中にあることから、ここで落ち合うという話になっとった。
ぶっちゃけスルト側にバレてて見逃されてるんやから、堂々と王都内で合流しても良いような気もするんやけどね。
話が通っておらんで門番に止められるなんてことになってもしょーもないし、一応こういう形になった。
さて、あの元王族のお嬢ちゃんはどんだけ連れて来られたんやろと見てみる。
すると、何百人かはゆうに隠れていられそうな洞窟から出てきたのは、たったの十数人やった。
期待はしとらんかったけど、こらまた少ないなぁ。
僕はその中から見覚えのあるお嬢ちゃんを見つけ、声をかける。
「ぷっ。あんだけ息巻いとったのに、これしか連れてこられんかったの?」
僕が挨拶もせんとバカにした声をかけたのが気に食わなかったんやろう。
お嬢ちゃんは視線で人が殺せるような目で僕を睨みつけた。
「…前王派はまとめ上げた。でも、家臣達が全く付いてこなかったのよ!」
お嬢ちゃんはイライラを隠そうともせず、吐き捨てるようにそう言うた。
「ほーん。それにしたって少ないなぁ。まぁ、期待しとらんかったし、別に良いけど」
僕がそう言うと、お嬢ちゃんは悔しそうに顔を歪める。
「家臣が誰も付いてこないと分かって、怖気づいた者達が取りやめたのよ…。恩を仇で返すなんて、あの不届き者共…」
恩を仇で、ねぇ…。
普通に考えれば、恨みに目ぇ曇っとる奴以外来るわけないやろ。
「それより、よう見覚えがある方がおるやん。来られるわけ無いと思っとったけど、期待しててええん?」
よく見ると、お嬢ちゃんのすぐ側には、前王派どころか前王その人が控えとった。
全く期待しとらんかったけど、この人がおるなら話は別や。
スルトの機密や、献上された全魔法を知る男。
情報の塊である前王は、仮に本人が望んでも亡命を許されることはないと思ってたんやけどね。
「貴殿がステファノス・ワウリンカだな。ファビオ・ティエムだ。すまぬが、期待されているようなことは、ほぼ全て"契約"で封じられている。だが、できる限りの協力はするつもりだ」
前王ファビオは偉ぶることなくそう言うた。
ま、さすがにそんな甘ないか。
「ええやん。"契約"の穴、一緒に探しましょうや。真偽判定官混じえて尋問させてもらうけど、ええやろ?」
もしファビオが間者として送り込まれてたら、目も当てられんからな。
間者やのうても、"契約"なんて面倒な真似して亡命を許した真意は知っときたい。
「もちろんだ。好きなだけ調べてくれ」
ファビオは殊勝な様子で答えた。
結論として、ファビオは間者やなかった。
どうやら甘ちゃんのセイ・ワトスンが、ペトラのお嬢ちゃんを憐れんで、父親の帯同を許したようや。
何やそれ、アホか。
ファビオの持つ魔法を引き出すことは無理やった。
情報はそれなりに引き出せたけど、当たり前やが重要な情報ほど"契約"で縛られとった。
うちの王様はあんまり亡命者に興味がないようで、二言三言ほど言葉を交わして満足したようやった。
ウトガルドに帰るまでだけでも、まだまだ時間はある。
これからじっくりと、ファビオの"契約"の穴を見つけていく。
そのはずやった…。
警備はガチガチに固めとった。
僕は決して1人にはならんかった。
僕を守っとったのは、『拳聖』はん程では無くとも、ウトガルドの実力者達やった。
それでも。
僕は一瞬の隙に、攫われた。
「貴方の失敗は、自らを鍛えなかったことです。魔法抵抗がもっと高ければ、あれくらいの警備で大丈夫だったようですよ」
後ろから勉強を教えるように話す子供の声がする。
振り向くと、金髪碧眼の子供が立っとった。
振り向きざまに確認したけれど、どこかは分からんが異様な部屋や。
ドアも窓も、何もない。
上下四方、全部、壁や…。
つまり、もう僕に、逃げ場はない。
「アレクサンダー・ズベレフ…。君が僕の、死神か…」
僕は観念して、金髪の子の名前を呼ぶ。
たとえ僕がこの子を殺せたとしても、僕はこの部屋から出られん。
ほぼ詰みや。
一応この子を懐柔する手がないこともないけど、無理やろな…。
「そうです。僕が貴方に、敗北を与えに来ました」
死神は、まるで天使のような笑顔を見せた。




