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第129話 ウトガルド王のこだわり

 今回の第185回国際大会は、スルトの完全勝利で終わった。


 全種目全学年1位という完全制覇は、記録上でも歴史の真実においても前例のないことである。


 その圧倒的な結果は、誰が見ても、大陸におけるスルト一強時代の到来を予感したはずだ。


 大会前から大会中、そして大会後へかけての勢力図の移り変わりが、それを裏付けている。


 大会前、スルト対4大国+魔導王国という構図からスタートして、中立国家への調略合戦が始まった。


 しかし大会5日後の今現在、ついにスルトと敵対する国家は実質ウトガルドただ1国のみとなっていた。


 ミーミルは闘技大会の後すぐにアポイントに応じ、ノアトゥンとほぼ同じ内容での戦争回避に同意した。


 魔導王国はジョアンさんが言っていたとおり、いや言っていた以上にあっさりと落ちた。

 旗色が悪くなって青ざめていたところを、目ざとい豚王に説得され、ほぼ恭順に近い内容でスルト側へ寝返った。

 4大国と違い、強制力の高い"契約"を行っていなかったことも大きく関係していたと思う。


 そんな中、今日はついにウトガルドが帰国の途につく日である。


 オレ達はミロシュ様に付き、出立前に王城へ挨拶に来たウトガルド王やワウリンカと面会を果たしていた。



「事前に話した通り、この後出立(しゅったつ)する。世話になった」



 ウトガルド王がミロシュ様へ挨拶をする。

 薄く笑ったその表情は、とても劣勢な国の王のものとは思えなかった。



「各国の協力のおかげで、今大会もとても良いものとなった。感謝している。道中気をつけて帰られよ。しかし、飛空艇での送迎そうげいは本当にいらぬのか?」



 ミロシュ様はいつものような優しい口調でウトガルド王に応対する。



「はんっ」



 ワウリンカが小さく鼻で笑う。


 それが聞こえた一部のスルト勢は、ワウリンカをにらんだ。


 ただ、オレはワウリンカの気持ちが少し分からないでもなかった。


 ウトガルドは出立した後、スルト王都から少し離れたところでペトラ達亡命組を拾っていく予定だ。

 それをミロシュ様が知らないということは有り得ないとワウリンカは思ったのだろう。

 事実、もちろんミロシュ様は知っている。


 つまり、ミロシュ様はウトガルドが飛空艇を使えるわけがないことを知りながら、あえて聞いたのだ。

 ワウリンカやウトガルド王からしたら嫌味に聞こえただろう。


 だが、ウトガルド王はその嫌味も気にした様子はなく、ワウリンカの態度も気付かなかったことにしたようだった。



「うむ。ありがたい申し出だがな、あれに慣れてしまうのもどうかと思うのだ。我が国に販売してくれる予定はないのだろう?」



 ミロシュ様をからかうように笑うウトガルド王。


 …分からない。

 これがほぼ負けが確定している王の姿か?


 破滅願望があると聞いているとはいえ、何かがおかしい気がする…。



「いや。貴国が我が国と不戦条約を交わしてくれると言うならば、すぐにでも販売する用意がある」



 ミロシュ様も笑いながら切り返す。


 まぁ用意はないんだけど、本当に不戦条約を交わしてくれるなら、すぐに販売しよう。

 タダであげてもいい。



「くく。今更それはできぬな。それは結局、貴国の大陸統一を黙認することと変わらぬ」



 ウトガルド王はあくまで余裕の表情だ。


 ミロシュ様の顔が、初めて少しゆがむ。



「分からない、な。状況は知っているだろう。それこそ、今更戦っても仕方がないと思わないのか…」



 ミロシュ様がそう言うと、ウトガルドの護衛達の表情が強い憎しみを表すものへと変わる。

 そこには『拳聖』クリストファー・ガルフィアの息子、ロマンさんも含まれていた。


 復讐のための戦争なのか?

 でもそれはウトガルド国民に当てはまっても、ウトガルド王には当てはまらないというのがオレ達の見解だ。


 ウトガルド王がどうしてこうも戦争にこだわるのか。

 オレ達は未だにその理由が分からないでいる。


 本当に戦争での破滅を願っているというならばそれまでで、どうしようもないけれど。

 もし、何か別の理由があるのならば、それを知ることが戦争回避への大きな一歩になることは間違いないと思っている。



「ふっ。思わないな。戦うことに意味があるのだ」



 ウトガルド王はくすりと笑って答えた。


 戦うことに意味がある?

 やっぱり戦争での破滅を願ってるってことか?



「僕らはスルトに大きな恨みがある。戦わずに納得することはできん」



 ワウリンカが思ってもいないであろうことを、ウトガルドの総意であるかのように言う。


 だが、それはこの場にいるウトガルドの人達の心に強く刺さったであろうことは、彼らの目が雄弁ゆうべんに物語っていた。


 アイツは本当に、余計な時に余計なことを言う。

 ウトガルドの人達の強い感情をき立て、意のままにあやつっている。



「そうか、残念だ。我々は敵対しない者に対して誰一人の命を奪うこともなく、くだった全ての国に対して以前を超える豊かさを与えている。王侯貴族に関してもだ。その情報は貴君らも知ってのところだろう。真に民のことを考えれば、選択の余地はないと思うのだがな…」



 ミロシュ様がゆっくり、本当に残念そうに言う。


 情報は知ってのところと言っているが、これはウトガルドの全員が知っているわけではない。

 もしかすると、誰かがこの話しを知ることで変わることもあるかもしれない。



『ワウリンカがごく小さく舌打ちをしました。ウトガルドの者に聞こえていれば良かったのですが、残念ながら誰にも聞こえなかったようです』



 事実、ワウリンカが舌打ちをしたことをアカシャが感知した。

 やはり聞かせたくない話だったようだ。


 舌打ちの音が聞こえなかったのは、ここが王城内であることが災いした形になる。

 "身体強化"や"聴覚強化"などが使えない状態だからな。


 もちろんワウリンカのことだ。

 聞こえる者がいれば舌打ちなんてしなかったんだろうけど。



「誰一人の命を奪うこともなく? よう言うわ。クリストファーの命を奪っとって」



 !

 かかった!!


 オレはミロシュ様がワウリンカから待望の言葉を引き出したことに歓喜した。


 ミロシュ様も同じ思いなのだろう。

 口角を上げてそれに応対した。



「敵対しない者に対してと言ったであろう。『拳聖』クリストファー・ガルフィアをけしかけたのは、そなたではないか。スルトとしてはダンジョン・イザヴェルを失うわけにはいかなかったのだ」



 ミロシュ様が言う。

 本当のことだ。少なくとも、嘘ではない。


 ワウリンカが嘘ではないことを言ってウトガルドの人達を誘導したのと同じ手だ。


 ここにはそれに引っかかったウトガルドの人達、特にロマンさんがいる。


 最初から、今日のこの挨拶での1番の目的はそこに絞っていた。



「僕は『拳聖』はんにイザヴェルをとせなんて言っとらん!」



 ワウリンカは声を張り上げた。

 そう、それも嘘ではないな。


 でも、当然ここにいる両国の『真偽判定官』は聞いている。


 ()()()()()()()()()()()()()ことを。



「そうだな。それは()()()()()。しかし、けしかけたのはそなただ、ステファノス・ワウリンカ。そして、私達は『拳聖』に何度も投降をうながした。残念ながら、受け入れてはもらえなかったがな」



 ミロシュ様がワウリンカに答える。

 そこにはワウリンカが知らない事実も含まれる。


 汚いやり方だけど、嘘ではない。


 オレ達は、ロマンさんにどうやったら話を聞いてもらえるか考えた。

 結論は、『話を聞いてもらえることはない』だった。


 ならばどうするか。

 オレ達の話は聞いてもらえなくても、自国の真偽判定官の言葉なら聞いてもらえるかもしれない。

 皆でそう考えた。


 都合のいいことだけ言っていると判断されるかもしれない。

 でも、少なくとも話したことに関して嘘がないことと、ワウリンカも都合のいいことだけ言っているかもしれないということだけ分かって欲しかった。


 それがいつか、少しでもロマンさんのためになると信じて。



「…妄想をペラペラしゃべりよる。『真偽判定』に妄想は引っかからんからな。よう考えよるわ」



 ワウリンカはミロシュ様の言葉を明確に否定するのはマズいと判断したのか、変化球で否定してきた。


 そんな言い訳じみた言葉でけむに巻こうなんて、ミロシュ様をめすぎだぜ。



「ふっ。妄想かどうかは、そなたが言ったか言っていないかで答えれば済むことだ。『誰かが接触して来たら、戦えそうなら戦っとき』と、あの時そなたは確かにクリストファー・ガルフィアにそう言った。どうかな?」



 いつも通りの優しい口調で、しかしハッキリと詰め寄るミロシュ様。


 さすがのワウリンカも苦虫を噛み潰したような顔に変わり始める。



「ふむ…。ワウリンカが忘れているようなのでな、余が答えよう。確かに、そう言っていたぞ。思い出したか? ワウリンカ」



 しかし、答えは思わぬところから返ってきた。

 ワウリンカや『拳聖』と一緒にあの場にいた、ウトガルド王だ。



「…は、はぁ…。ぼんやりとそないなことを言うたような気がするような、せんような…」



 オレも困惑していたが、ワウリンカも同じようだった。


 認めた…。

 ワウリンカが直接認めるよりは…、いいのか…?


 いや、王も関わっていたと思われる方が、より痛いんじゃないのか…?


 オレはちらりとジョアンさんの顔を見る。


 ジョアンさんも不思議そうに、顎髭あごひげでて考えをめぐらせているようだった。



「だが、その言ったか言っていないかは、余にはどうでも良いことだ。どちらにせよ、我がウトガルドが大陸の覇権をかけてスルトと戦うことに変わりはないのだから」



 その後、ウトガルド王が有無を言わせない口調で付け加えた言葉は。


 オレ達だけではなく、ウトガルドの人達にも言っているように聞こえた。






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