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第126話 こんなのは嫌だ

 学園の会議室でペトラの亡命に対しての方針を決めた後、オレ達はさらに具体的に話を詰めることにした。


 まだペトラは他家に話を持っていってはいない。


 しかし、ペトラが誘うであろう貴族家を予想し、その家来達の情報をアカシャに聞いて共有しておいた方が、迅速に動けると判断したためだ。


 セヨン家やデミノール家など確実に誘われる家に関しては、いっそ先回りして家来達に話を通しておくのも良いだろうということになって、準備を始めていた。



「セヨン家は僕と宰相で行くのが良さそうだ。何人か、顔が利きそうな人物がいる」



 オレはアレクの言葉を聞いているようで、ほとんど聞いていなかった。


 オレは話し合いをしながらも、ペトラの家族との会話を観察していた。

 その会話の雲行きがあやしくなってきたように感じていたからだ。


 ペトラは母親である元第1王妃ビクトリアにウトガルドへの亡命を受け入れて貰えず、強いストレスを感じ酷く興奮しているように見える。



「…? セイ、どうかしたの?」



 ネリーはうわの空でいたオレの様子に気付いたようで、声をかけてきた。


 ただ、固唾かたずをのんでペトラ達の様子を見ていたオレに、返事をする余裕はなかった。


 ペトラが、隠していた短剣に手をかけたからだ。

 一瞬、ペトラが何をしようとしているのか意味が分からず、頭が真っ白になった。



『ご主人様が望まぬことになりそうですが、よろしいのですか?』



 アカシャがどこまでも冷静な声で聞いてきたことで、我に返った。


 この状況で短剣を握ってやることなんて、分かりきっているじゃないか!


 ()()()()()が起きることに、頭が拒否反応を起こしていたとしか思えない。


 それほどの、反応の遅れ。



うみを出すっていっても、こんなのは嫌だ!」



 オレは思いをぶちまけながら転移魔法を使った。


 アカシャに見せてもらっていたリアルタイム映像では、すでにノバクが刺された後だった。





 ペトラ達のもとに転移した時、ペトラは母親に向かって短剣を突き出していた。


 ギリギリのタイミングだったけれど、オレは"身体強化"を使い、短剣を指で挟んで止めることに成功した。



「こんな胸糞悪いことになると分かっていれば、何が何でもウトガルド陣営には行かせなかったのに…」



 憎しみと悲しみの表情を浮かべ、顔を涙でグチャグチャにしているペトラを見つめて、オレは無念を口にした。


 誰も、こんなことになるとは予想していなかった。


 仕方がないことかもしれないけれど、これはあんまりだ…。



「セイ・ワトスン…。この、平民がぁ…!!」



 ペトラも"身体強化"を使って短剣を押し込もうとしたが、コイツの力じゃどうにもならないことは分かっている。

 オレにはアカシャがいるからな。



「見てらんねぇな、ペトラ。お前を見てると、昔のネリーを思い出すよ。全っ然、似てないのにな」



 親に自分を見てもらいたい。


 そういうことだろうな…。


 全然似てないのに、昔のネリーみたいだって思うのは。



「ふぅ、ふぅっ。わけの分からないことをっ! "ぜて、死ねぇっ"!!」



 どうやっても短剣が動かないことを理解したペトラは、短剣の握りから手を離し、そのまま両手の平をオレに向け爆発の魔法を撃ってきた。


 "限定"と"宣誓"も使った、ペトラの全力だろう。



「"打消"」



 短剣を投げ捨てながら、オレは自分の周囲に魔力を放つ。


 淡い緑色の魔力光まりょくこうが半径4メートルほどを包み、その空間内での一定量以下の他人の魔力を全て押し流して打ち消した。


 念の為、この場の全員が内包ないほうされる範囲にしておいた。



「貴様っ…」



 魔法を打ち消されて動揺したように見えるペトラの背後に回り込み、手刀で気絶させ、床に倒れる前に手で抱える。


 一先ひとまず、これでよし。



「ペトラッ!!」



 ビクトリアが叫び、視線で殺すというような表情でオレを見る。



「大丈夫。殺してませんよ、ビクトリア様。これをノバクに。まだ間に合います」



 オレは空間収納から超級回復薬を取り出して、ビクトリアに手渡す。


 ビクトリアは音が鳴るほど歯を噛み締めながらそれを受け取り、せんを抜き、自分の指を噛みちぎった。

 そして血が滲んだ傷跡に、1滴だけ超級回復薬を垂らす。


 …毒見かよ。

 どんだけ平民を信用してないんだ。

 オレはドン引きしながら、様子を見守った。


 ビクトリアは一瞬で治った自分の指を確認して、すぐにノバクの腹の傷に半分をかけて、残り半分を飲ませた。


 刺さった短剣を抜いたせいで出血こそ酷いけれど、腹を刺して即死ってことはまずない。



『間に合ったよな?』


『ええ。間もなく全快します。超級では過剰なほどでした』



 アカシャの事実ではあるものの辛辣しんらつに聞こえる返事を聞いて、ホッとする。



「母上…。もう大丈夫です。ワトスンと、話をさせてください」


「ああ、ノバクッ! 良かった!」



 ビクトリアの膝に抱かれていたノバクが、声を上げた。

 まだ多少痛むだろうに、根性あるじゃないか。


 本当に変わったようだな。ノバク。


 ノバクは泣きじゃくるビクトリアを押しのけて、膝に手を当てながらゆっくりと立ち上がった。



「…ワトスン、感謝する。貴様が来なければ、私も母上も死んでいたかもしれぬ…」



 あのノバクが、オレに感謝の言葉を…。



「気にすんなよ。オレがやりたくてやったことだ」



 オレが何と言うか迷ってそんな言葉を絞り出すと、ノバクはオレに近づいて来て胸ぐらを乱暴に掴んだ。


 その表情は、怒りだった。



『ご主人様!』


『害意はないみたいだ。コイツの言いたいことは何となく分かる。聞いてみようぜ』



 アカシャが、どうしてされるがままなのかと抗議するような声をあげるので、オレは理由を話す。



「貴様は、姉上を止められたはずだ。きっと、ウトガルドに接触する前に。どうして見逃した!?」



 やっぱりそういうことか。

 怒る理由も分かるってもんだ。

 オレ達がペトラを止めていれば、こんなことにはなっていないんだからな。



「どうしてだと思う?」



 オレはあえて、ノバクに聞いてみた。


 ノバクは悔しそうな顔をして、葛藤かっとうする様子を見せながら答え始めた。



「…反乱分子を、あぶり出すためだろう。スルト国内で反乱を起こされるのは醜聞になる。いっそ出て行かせて、他国に加担した裏切り者として処理した方が良い。そう考えたのだろう?」


「そうだ。分かってるじゃないか」



 反乱を起こそうとして自滅したペトラに情けをかけたことも分かってるから、感謝したんだろうな。


 腐っても王族の教育を受けてきた奴だ。

 平民への憎しみで目が曇りまくっていなければ、それなりに優秀なのだろう。


 そして分かっているから、怒ってはいても、手を出してこないんだ。

 ペトラが血迷ったことをしたから()()()()()ことは、ノバクも分かってる。



「くそっ。…私は、貴様が嫌いだ」



 ノバクはオレの胸ぐらから手を離しながら、そう言った。



「そうか。オレもどちらかと言えば嫌いだよ。お前のこと」



 お返しにオレも言ってやった。

 少なくとも好きってことはない。絶対に。



「だが最近…、貴様ともっと早く出会っていればと思わない日はない…」



 ノバクは視線を落としてつぶやいた。


 もし、もっと早く出会っていれば、どうなってただろうね。

 そんなに変わらなかったような気もするし、変わっていたかもしれないな。


 でも、オレの接し方は、お前に合わせてのものだったんだよ。



「それは、自分がもっと早く変わっていればって言ってるんだよ。オレは関係ないと思うぞ。そして、今からでも遅くないかもしれない」



 オレは大真面目なことを、軽く笑いながら言ってやった。



「ふん。そうか、そうかもしれぬな。…姉上は、どうするのだ?」



 そう、それが問題だ。

 オレは今計画とは全く違うことをしている。


 これからどうするかは、考えなければならない。



「ペトラ…様が起きるまで、まだ時間がある。ファビオ様を呼んでくるよ。これからどうするか、話し合うといい。オレも仲間達と話し合ってくる」



 オレはノバクにそう言って、自分の考えも整理した。



「ペトラを…、ペトラを、奪わないで…。お願い…します…」



 オレが転移しようとすると、ビクトリアが平民であったオレに泣きながら懇願こんがんしてきた。


 オレはため息をついて、少しだけ返事をした。



「それはペトラ様が決めることだけど、オレは誰かが死ぬのが好きじゃないってことだけ言っておく」



 これまで何人もあやめてしまったけれど、それだけは言える。








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