第124話 ペトラとノバク
ネリーとの試合を終え、オレ達は5年生以上の試合を観ることを中止して学園の会議室に向かった。
「ミロシュ様と宰相もこっちに来られれば良かったけど…」
「王には悠然と試合観戦を続けていただきます。今最も重要なことは、大国連合からできるだけ多くの国を引き剥がすことですから。弱みは見せられません」
オレが言うと、ジョアンさんがミロシュ様達を動かせない理由を教えてくれた。
会議室に集まったメンバーは、オレとネリー、アレク、ベイラ、ジョアンさんだ。
スルティアは闘技場の防御壁やら映像中継の管理に集中したいとのことで地下の洞窟にこもっている。
「そういうことなら仕方ないよね。それに、どちらにしろミロシュ様達には会議に参加してもらうんだろう?」
「まぁね。でも、やっぱり面と向かっての方が話しやすいじゃん」
アレクの問いに答える。
ミロシュ様や宰相には念話で参加してもらうことにしている。
王族関連のことだ。オレ達だけで決めていい話じゃない。
『ジョアンからの念話で、あらかじめ話は聞いている。私もジョアンやアレクの案に賛成だ』
『私も賛成です。個人の感情として思うところはありますが、スルトの将来のためには、あえて放置が良いでしょう。反乱を未然に防げる機会と捉えてもよいかと』
ミロシュ様と宰相もペトラが反乱分子を連れて亡命しても良いと考えているらしい。
「無論、スルトを弱体化させるつもりは毛頭ありません。あくまで亡命を見逃すのは反乱分子のみ。その家臣達が意図せず連れ出されるようなことは許しません」
ジョアンさんが力強く言う。
「スルトを裏切ることを言わずに家臣を連れ出そうとしたら、家臣だけ止めるってこと? どうやって?」
ネリーが頭に疑問符を浮かべる。
ああ、なるほど。
できるか。アカシャの力を使えば、どうとでも。
「ふっ。それはもちろん、あたち達が暗躍するってことなの! そーいうことでしょ?」
ベイラが顎に手を当て、見切ったとでもいうような顔で言う。
テキトーだったことは、疑問形だったことからも明らかだけど。
「ええ。そういうことです。普通主君を裏切るということはそう簡単にはできませんが、主君が国を裏切ろうとしているという確かな情報があればどうでしょう」
ジョアンさんがベイラのテキトー話に相槌を打って言う。
「そんなに上手くいくかしら? セイと真偽判定官がいれば、情報を信じてもらうところまでは問題なさそうだけど」
ネリーが首を捻る。
「さらに、王が今後の面倒を見ることを約束すれば、どうだろう?」
アレクが口角を上げて言う。
きっと、最初からここまで考えていたんだろうな。
ネリーが納得したようにポンと手を叩く。
家臣達からすれば、事情はどうあれ"主君を裏切った"という事実があると次の士官に響くことが怖いだろうからな。
次が保証されている上に、主君の主君からの話なので"主君を裏切った"というレッテルを貼られにくいならば、抵抗がなくなるかもしれない。
『ふむ。良いだろう。今なら働き口はいくらでもある。君達の家臣に迎えるという手もあるだろう。いずれにせよ、私が保証しよう。良いな、宰相?』
『ええ。全く問題ございません。調整は私がいたしましょう。願わくば、祖国の足を引っ張る者が、そう多くないことを願います…』
ミロシュ様はアレクとジョアンさんを全面的に支持することを決め、宰相も実務的に協力することを確約した。
「あとはペトラ達次第ってことか。どうなるだろうな…」
特に、ノバクとファビオ前王、ビクトリア元第1王妃はどういう選択をするのだろうか。
オレの呟きに答える者は誰もいなかった。
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私はウトガルド王との交渉の後、5学年以上の試合は観ずに会場を出て、自宅へ向かった。
屋敷には母上がいる。
母上は、私が王座を取り戻すことを喜んでくださるはずだ。
「お待ち下さい! 姉上!」
「ノバク……」
気付いていたのか。
会場を出た私を見て、追ってきたようだ。
「貴方は、何をしようとして…」
「ここでできる話ではないわ。分かるわね?」
「…はい」
私はノバクの質問に被せるように、釘を刺した。
ノバクはそれに納得したけれど、諦めた様子はなく、私に付いてきた。
私達はしばらく無言で、今住んでいる最悪と言っていい屋敷まで歩いた。
ノバクはたぶん、私を止めに来たのだろう。
また落書きをされている塀を見ないふりをして門を通り、玄関扉を開き玄関ホールへと入る。
「で、何?」
私は振り向いて、分かりきっている質問をした。
「姉上は、ウトガルドに亡命するつもりなのですか…?」
やっぱり、見られていたのね。
焦った様子で追ってきたということは、そうだと思ったわ。
「そうよ。アンタも来る? ミロシュやワトスンに一矢報いるつもりがあるなら、連れて行ってやってもいいわよ」
私はわざと、馬鹿にするような言い方をした。
分かってる。ノバクは来ない。
だから意味があるのよ…。
「お止めください! 今止められていないということは、セイ・ワトスンには姉上が亡命したところでウトガルドに勝てる算段があるのです! 行っても犬死にするだけです!」
ノバクが大きな声で叫ぶ。
「だから何? 王座か、死か、それでいいじゃない。…全てに恵まれた、愚かなノバク。アンタに私の気持ちは分からない」
虫唾が走る。
父上と母上に望まれて生まれてきた、唯一の子、ノバク。
本当はお前こそが最も平民を憎み、王座にこだわるべきなのに…。
私は、お前も憎い………。
お読みいただきありがとうございます。
『TS衛生兵さんの成り上がり』がとても面白かったので、まだの方はぜひ。
タイトルとは全くイメージが違うリアルめの戦争モノですが、とてもオススメです。
ただし、辛い話も多いので、そういうのが苦手な方には合わないかもしれません。




