第122話 私を見ろ
アカシャからペトラの動向を聞いたオレは、一瞬考えた後にアレクに念話をすることにした。
決勝を半端に終わらせて自分で止めに行くのは、スルトのイメージにマイナス。これはできない。
ペトラをそのまま放っておくのは、スルトの反乱分子がウトガルドに合流。
戦力的にはどうということもないけれど、これも状況によってはスルトのイメージにマイナスに働く可能性がある。
ペトラがウトガルドの警備に接触する前に、あまり大事にならない形でアレクに対処してもらうのが良いと判断した。
同じ観客席にいるし、アレクなら1、2秒もあればペトラに声を上げさせる間もなく気絶させるくらい余裕だろう。
『アレク。ペトラが観客席のウトガルド陣営に向かっている。接触前に止められるか?』
『なんだって? バカなことを…。分かった。……いや、ちょっと待ってくれ。あと何秒余裕がある?』
『40秒ならば』
アレクの質問にアカシャが即座に答える。
アレクは時間を惜しんだのか詳細を語らなかったが、ジョアンさんに相談を始めたようだ。
なんだろう? 何か懸念があったか?
「セイ! アンタ、並行して何かやってるわね! 集中しないと、私が勝っちゃうわよ!」
ネリーがミニドラの上からジャンプしてオレに殴りかかってきた。
合気もどきで拳を逸らして受け流すと、そんなことを言われる。
ネリーとドラゴン達の攻撃に対して急に受け一方になったことで気づかれたらしい。
パンチを受け流されて落下していくネリーはすぐにミニドラに回収され、再び中遠距離からの攻撃を始めた。
アレクとジョアンさんの話をリアルタイムで観察するほどの余裕は与えてもらえないか。
「雷纏への感電対策に、防御魔法で体をコーティングか。やるな。まぁ、こっちのことは気にすんな。後で説明する」
「ムカつくわね! もっと私を見ろって言ってんの!」
ネリーの攻撃がより苛烈になる。
「ええ? そんなこと言われてなかっただろ?」
「言われておりませんね」
アカシャと一緒に首をかしげながらネリーとドラゴン達の攻撃を避けていると、ジョアンさんからの念話が入った。
アレクが急いで相談したんだろう。
『話の概要はアレク殿から聞きました。私はアレク殿の提案に賛成です。ペトラ様を止めず、あえて見逃すというものです』
『見逃す? 止めようと思えば止められるのに?』
『具体的に話すほどの時間はありませんが、この際、膿を出し切ってしまうのも良いのではということです。いかがしますか?』
膿を出す。…なるほどね。
あえてペトラを止めず、ペトラもペトラに付いていくヤツらもスルトから出ていってもらうってことか。
そのメリットがデメリットよりも大きいと判断したのか、それとも他にも理由があるのか…。
『アレクの提案でいこう』
思考強化の効果で短時間でもある程度しっかり考えた上で、オレは答えを出した。
『かしこまりました』
『分かった。想定外の事態が起きたら教えてくれ。僕が責任を持って始末をつける』
ジョアンさんとアレクが返事をする。
頼もしい黒天使にクラスチェンジしているアレク。
オレ達の前では天使だけど、敵に対してはメッチャ怖いんだよなアイツ…。
始末をつけるって…。
無理してそういう役割をやってるなら…、と話してみたこともあるけど、アレクは今の自分がとても気に入っているらしい。
アレクが納得してるなら、どう変わったって良いんだ。
友達だからな。
間違った方向に変わってると思ったらネリーと一緒に殴ってでも止めるけど、アレクなら大丈夫だろ。
むしろ自分自身が心配だ。
その時はネリーとアレクが止めてくれるから大丈夫。たぶん。
オレに向って攻撃を続けていたネリーとしっかり目を合わせて、笑いかける。
「お待たせ、ネリー。ここからは集中して試合を楽しむことにするぜ」
「ふん。片手間でも余裕だったくせに。全く、ムカつくわね! アンタって奴は!」
そう言いながら、凶暴な笑みを浮かべたネリーが特大の火球を放ってくる。
全く…。
スネてるのか、ムカついてるのか、楽しんでるのかよく分からんな。
オレはネリーの火球に、同じ威力に調節した火球をぶつける。
ぶつかりあった火球は、狙い通り無駄に派手な爆発を起こして観客を沸かせた。
----------------------------------------------
「放しなさい! 私を誰だと思っているの!?」
「誰だとしても、不用意に王に近づいてきた者を捕らえるのが私共の仕事ですので」
この私が掴まれた手首を振り解こうとしているのに、この無礼なウトガルドの警備兵は頑として聞き入れようとしない。
顔か腹に魔法を放ってやろうかと考えもしたが、思いとどまった。
あまり騒ぎを大きくするわけにはいかない。
奴らに気付かれてしまう。
今このタイミングしかないと、ずっと狙っていた。
邪魔をされずにスルトの敵対国家に話をつけるために。
セイ・ワトスンが試合で戦っている今なら、邪魔をされることはない。
試合が始まってすぐから会場中を見回したけれど、確実にスルトと敵対していると判断できた大国はこのウトガルドだけだった。
警備に捕まることも含め、私の目論見通りにことは進んだのに、まさか警備の頭がこんなに固いなんて。
「だから、真偽判定官を連れてくれば分かると言っているでしょう! お前はスルトを弱体化させ、自国の戦力を増やす機会をふいにする愚を犯すつもりか!」
「ふぅん。本当にそうなると思っとるみたいやね。おめでたいお嬢さんやなぁ」
バカな警備に私の正しさを分からせようとしていると、クセのある方言で嫌味な声を出す男の声が聞こえてきた。
「ワウリンカ殿! ご足労感謝いたします!」
私の手首を掴む警備兵だけでなく、警備兵全員が敬礼をした嫌味な声の主は、狐のような顔をしたおかっぱ頭の痩せた男だった。
警備兵達は、私を止めつつも上に判断を仰いでいたらしい。
それならそうと言いなさいよね。
「ようやくまともな身分の者が出てきたようね。私はペトラ・ティエム・スルト。スルトの正統な王家の者です。おめでたいとはどういうことかしら?」
私が問うと、ワウリンカはバカにしたようないやらしい笑みを浮かべた。
「どういうことも何も、言動の全てがおめでたいやろ。自分達が抜けたくらいでスルトが弱体化するて思うとるとことか、見逃されてることに気付いてなさそうなとことか。ププッ。王位継承権もないのに、"スルト"を名乗っとったりとかな」
こいつは殺す。
不敬が服を着て歩いているような男め。
存在が不敬なセイ・ワトスンの次くらいに不敬である。
「死にたいようね…。そこに直りなさい」
私は冷たく言い放った。
「僕を殺したらどないなるかすら分からんほどおめでたい、と。さすがにいらんけどなぁ…。まぁ、ええわ。王様が呼んどる。付いてきいや」
クソ野郎はニヤニヤしながら私にさらなる侮辱の言葉を浴びせ、にも関わらず何もなかったようにスタスタと歩いていく。
私は怒りに我を忘れかけたが、血が滴るほど拳を握りしめて思いとどまった。
ここで暴れれば、本当に、何も残らないまま終わる…。
いつの間にか四方を囲んでいた警備兵達が、私にワウリンカの後を付いていくように促し、両脇の兵が腕を取る。
「触るな! 自分で歩ける!」
振り解こうとしたが、両脇の警備兵は腕を放そうとはしなかった。
仕方なく、そのまま歩き始める。
今は我慢だ。
私はノバクとは違う。
決して、平民に屈したりはしない。
王座を奪還するか、さもなくば…。
戦って死ぬのみ。




