第118話 トイレに入ったら詰むまである
急に狼狽え始めたノアトゥン王に対して、オレはできるだけ強い圧力がかかるよう話し始める。
「証明しただけですよ。やろうと思えば、いつでもやれるってことをね」
ノアトゥンの3英傑のように、魔法の気配を感じることができず、身体強化系の神に愛された能力も持たない者は、アカシャを擁するオレに抵抗できない。
隙がある時に、姿も音も消した状態で転移するのだから、当然だ。
直感で気づいたところで、対応が間に合わない。
トイレに入ったら詰むまである。
「そ、そんな…。だが、おかしいだろう! こんなことができて、なぜ戦争を避ける! これがまやかしでないのならば、圧勝できるだろう! スルトは!!」
まやかしであってくれという願望と、ここまでの情報から判断した論理的な思考が反発したかのように、ノアトゥン王は声を荒げながら立ち上がった。
顔は絶望を表すように歪んでいる。
理性では、現状をおおよそ把握できているのだろう。
でも、感情が許さない。
そんな表情だ。
「そうですが。結果が見えている戦争で、多くの人が無駄に死ぬ必要はないでしょう。やれるからといって、やらないのですよ。我々は」
オレはあえて、やや煽るような言い方をした。
怒らせた方が、その後に心を折りやすい、とジョアンさんからアドバイスを受けたからだ。
「慈悲をかけるというのか! 古い国に過ぎないスルトが! この大ノアトゥンに!」
ノアトゥン王が唾を飛ばしながら叫ぶ。
怒りの原動力は、大国であるがゆえのプライドか。
個人的には"我々は野蛮だと言いたいのか"って怒るかと予想してたけど、このパターンだったか。
「慈悲などというつもりは全くありません。お互いが最も得をする提案をしているだけです」
あと、単純にオレが、人がたくさん死ぬのを見たくないってのもある。
これは交渉に不利になるから言うなって言われてるけど。
「クソガキが。戦争など、やってみなければ…」
ノアトゥン王が怒りに任せて言葉を発している最中に、タイミングを合わせて会議室の壁に映像を映し出す。
大画面で、大音量で、今朝のステファノス・ワウリンカとウトガルド王の一幕が流れる。
『フリズスが裏切って、拳聖はんが死んだ。どちらもおそらくやけどね。もう万に一つも勝てる目はない。けど最期まで戦うってことでええ?』
『無論だ。やはり、お前を重用した余の目に狂いはなかったようだな』
最もスルトとの戦争を望んでいるウトガルドが、実はすでに負ける前提で戦うつもりだという、決定的な証拠映像だ。
映像が終わった後も、会議室が静まり返ったままだった。
ノアトゥン王は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情のまま、オレ達スルト勢の方に向き直った。
説明が欲しいが、あまりに唐突で声が出ないといったとこだろうか。
「これは、今朝のウトガルド陣営で実際にあった会話です。聞き逃した方もいるかもしれないので、もう1度流しますね」
オレはにこやかに笑って、もう1度同じ映像を流す。
ノアトゥン王はずっと立ったまま、2度目にも関わらず、食い入るように映像を観た。
そして観終わった後、ゆっくりとオレの方に向き直った。
「これは、間違いなく現実にあった会話なのだな?」
ついさっきまで怒っていたことを忘れたかのような真剣な表情だった。
あまりの落差に一瞬怯みそうになったけれど、何とかすぐに答える。
「はい。間違いなく、今朝実際に行われた会話です」
ノアトゥン王はオレの言葉を聞いて、自国の真偽判定官に目配せをした。
そして、それが嘘ではないと分かった瞬間。ため息をついて力なく椅子に座り、項垂れて言った。
「我が国はウトガルドと心中するつもりはない…。貴国の要求を、全面的に受け入れよう…」
ノアトゥン王は魂が抜けたような顔で、完全に心が折れている様子だった。
ジョアンさんの計画通りだ。
まだまだ、ノアトゥン本国で偶然に王城の外に出ている王女を転移で攫って連れてくるなどという、最悪の二の矢・三の矢が用意されていたが、使われなくて良かった。
どう控えめに言っても、最低の行為だ。
今回の交渉内容ぐらいなら、『闇の住人』などと呼ばれるのはまだ先に違いない。
その後、ノアトゥンは捕虜の返還や身の保証などを条件に、スルトとの不戦条約を締結、"契約"した。
ちなみに、捕虜になっていたスパイ達が、"契約"に反しないギリギリで意味がないような情報を伝えたせいで、だいぶ尾ひれが付いた形でオレ達の噂が流れ始めたことをアカシャから聞かされ、オレは発狂した。
ネリーとベイラとスルティアは喜んでたけどな。




