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第117話 ハッタリ

 学園の1番大きな会議室のドアがノックされ、スルトの外交官に案内されたノアトゥン勢が入室してくる。


 オレ達は全員起立して彼らを迎え入れる。


 彼らの中で、ノアトゥン王を含む事情を知っている数人は、入室後に部屋の奥の方を見て驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


 理由は心を読めないオレでも分かる。


 死んだと思っていたスパイ達が、生きてそこに立っていたからだ。



「ノアトゥン王。まずはこの会談に応じていただいたこと、感謝する」



 ノアトゥン勢が全員着席したのちスルト勢も着席し、ミロシュ様が話を始めた。



「よく言いおるわ。あの内容では応じざるをん。それで、フリズスが裏切り、『拳聖』が死んだというのは本当か?」



 チョビ髭を生やした気難しそうな顔の壮年の男、ノアトゥン王は機嫌悪そうにさっそく本題を切り出してくる。


 話が早く進むのは歓迎だ。

 あまりに長引いたりすれば、闘技大会を棄権することになってしまうからな。


 オレ達が闘技大会に出ることは絶対ではないけれど、他国にとてもスルトと戦う気にはなれないと思わせるにはうってつけだ。

 できれば、出ておきたい。

 本当は楽しみたかった大会だしな。



「フリズスが裏切ったというのは多少語弊(ごへい)があるが、実質という意味で答えるならば、無論本当だ」



 ミロシュ様はノアトゥン王の質問に正確に答えた。

 分かりにくい表現ではあるけれど、4大国同盟の"契約"に関わることなので、ちゃんと言っておいた方が良いという判断だろう。


 ノアトゥン王はミロシュ様の言葉を受け、自分のすぐ後ろに立たせた自国の真偽判定官に合図を送り、耳打ちをさせる。

 もちろん判定は、"嘘ではない"だ。



「『拳聖』については承知した。しかし、フリズスに関してはより詳細を求める。どうやって"契約"をすり抜けた?」



 ノアトゥン王は当然といえば当然だが、フリズスの詳細を求めてきた。

 その情報があるとないとでは、身の振り方が変わる可能性もあるだろうからね。



「フリズスの詳細は、"契約"なしには話せない内容だ。どうしても話をここだけに留めておく必要がある。そして、聞いたとして貴国が同様の選択をすることはないだろう。それでも聞くか?」



 ミロシュ様はフリズスの詳細を無条件では話さなかった。

 フリズスが国名を変えて"契約"をすり抜けたという話は、決して広めるわけにはいかないものだ。

 フリズス国内にこれが知られれば、大混乱は必至だからだ。



「…いや。一旦保留とする。貴国の話を聞いてから決めたほうが良かろう」



 ノアトゥン王は、"契約"をしてまでフリズスの詳細を求めることはしなかった。


 おそらく、スルトがノアトゥンに何の話をしたいか読めているからだろう。


 ミロシュ様が同様の選択をしないと言ったからには、別の案があるのだと悟ったに違いない。

 だから、スルトの話を聞いてから決めるべきだと考えた。



「そうか。では、単刀直入に言おう。4大国同盟を裏切る必要はない。が、我がスルトと戦争をすることは中止していただきたい」



 ミロシュ様はノアトゥン王の言葉を聞いて、さっそく本命の、結論としての要求を話した。


 ミロシュ様の要求を聞くと、気難しそうなノアトゥン王の眉間みけんしわが深まった。



「仮にその要求を聞き入れたとすると、同盟の"契約"の3つ目に引っかかるはずだ。それはできない」



 ノアトゥン王は、ミロシュ様が提示したスルトからの要求をきっぱりと断った。

 理由は予想した通りだ。


 4大陸同盟の"契約"は大まかに3つに分けられている。


 ①4大国はスルトを打倒するまで敵対関係をとらない。

 ②4大国は互いに裏切ってはならない。

 ③4大国はスルトとの戦争の際、戦力を惜しむことを禁ずる。


 ノアトゥン王は、この③に引っかかるので戦争の中止はできないと判断しているが、それは勘違いである。



「私からご説明しましょう。3つ目の条文の『スルトとの戦争の際』の部分。そもそも戦争がなければ引っかからないのです」



 ジョアンさんが人差し指を立て、ミロシュ様の代わりに説明をする。

 ジョアンさんが説明をする。そのこと自体に説得力が生まれるのは、実績のある有名人の特権だ。



「ジョアン・チリッチ…。まるで同盟の"契約"を正確に知っているような口ぶりだな。その通りではあろうが、戦争は起こる。ウトガルドが引くことはないからだ。そして、『スルトとの戦争の際とは、同盟国のいずれかがスルトと戦争状態である際』と明確に示されている。貴様の言い分は成り立たぬ」



 ノアトゥン王はイライラしているのか、机を指でトントンと叩きながらジョアンさんに反論を述べた。



「ウトガルドが我が国と戦争を起こしたとして、貴国はどうやってそれを知るのですか? もちろん、兵を出さないとしたらの話です」



 ジョアンさんは余裕の表情で顎髭あごひげでながら、反論に反論した。



「は? 知らなければ済まされると? ふざけるな。兵を出さないまま戦争が始まれば、余は"契約"違反で死ぬ。騙されぬぞ」



 ノアトゥン王の指が机を叩く速度が上がっていく。

 かなりいらついているらしい。



「王…。この者、嘘を付いてはおりません…」



 それを見てか、ノアトゥンの真偽判定官がノアトゥン王に、ジョアンさんが嘘を付いていないことを耳打ちした。



「なんだと…? 続けろ、ジョアン・チリッチ」



 ノアトゥン王の机を叩く指が止まる。



「条文には、『戦力を惜しむことを禁ずる』とあります。『必ず戦力を出さなければならない』とも『戦力を出さないことを禁ずる』ともありません」



 ジョアンさんがそこまで言ったとき、ノアトゥン王の表情が変わった。



「まさか…」



 理解した。

 そういう表情と、つぶやきだった。



「はい。自国が戦争を起こさず、同盟国が戦争を起こしたかどうかを知らなければ、惜しむも惜しまないもなく、"契約"を破ったことにはならないのです」



 ジョアンさんが言い切る。

 フリズスの豚王は気づかなかった、4大陸同盟の"契約"の抜け穴。



「書記官。同盟での"契約"の全文は持ってきているな」


「はっ」



 すぐにノアトゥン王は確認をとり始める。


 ジョアンさんに嘘がなくとも、ジョアンさんが本気でそう思い込んでいるだけの勘違いという可能性は、ノアトゥンの立場からするとケアしておかなければならないことだからな。


 ただ、オレ達はこれが勘違いでないことを知っている。

 だから、ノアトゥンの確認の結果も分かっていた。



「確かに…。確かに、ジョアン・チリッチの言う通りだ。間違いない。戦争を中止()()()()()()()()()()らしい」



 そして、ノアトゥン王がこのようなことを言い出す予想も、していた。



「それで? 貴国は我が国にどんな見返りを用意したか聞こうか?」



 ノアトゥン王がふんぞり返ってそう言ったところで、オレは口を開く。



「勘違いしてもらっては困りますね。我が国が貴国に用意したのは、戦争をめる言い訳に過ぎない。私達は戦争を()()()()()()()であって、()()()()()()()4大国同盟軍を皆殺しにすることだってできる」



 オレがハッタリをかますと、オレ達の後ろにいるノアトゥンのスパイだった捕虜達と、ノアトゥン3英傑えいけつと言われる王の後ろにいる護衛達が震え始めた。


 3英傑にはついさっきすきがあるときに分からせてしまった。

 捕虜達は意図があったわけではないけれど、捕まってからこれまでオレ達を見てきて、できると分かっているのだろう。



「お、王…。この子供は、本気でそう思っているようです…」



 ノアトゥンの真偽判定官が、嘘ではないことを自国の王に伝える。

 さすがにそう思い込んでいるだけ、とでも自分に言い聞かせるような言い方だな。


 嘘でも、思い込んでいるだけでもないんだよ。

 やる気はないから、ハッタリではあるけどね。



「王…。事実…、です。こいつは本当に、いつでもどこでも、我々を始末できる…」


「私達は、今までで見逃されてきただけでした…」


「申し訳ありません…。"契約"で、この場まで言えず…」



 "契約"済みの3英傑達がそれぞれ真偽判定官の言葉を補足していく。



「お、お前達…。貴様…、何をした!」



 ノアトゥン王の叫びが会議室に響く。


 オレはとりあえず、意味深いみしんな笑みを浮かべてみることにした。








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