第114話 闇の帝王
「やられましたね…」
ワウリンカの映像を見終わった後、ジョアンさんそう言って、長い顎髭を撫でながら目を瞑り首を振った。
「なんてことを…」
ネリーは口を押さえて絶句している。
「こんなことなら、早くロマン・ガルフィアを保護しておくべきだったの」
ベイラは、対応を失敗したと考えているようだ。
でも、それは、
「いや。ベイラ。僕たちが『拳聖』クリストファー・ガルフィアを殺したことは事実なんだ。どんな顔をして保護なんて言い出せる? 接触はせず、彼が少しでも幸せになるよう見守る。そうすべきだって、話し合ったじゃないか…」
アレクが悲しげな表情でベイラに答えた。
そう。ロマンさんについてどうするかは、帰ってきて早々に話し合ったんだ。
オレ達がロマンさんに恨まれるなんて当然のことで、復讐に来られても何らおかしくない。
そんなオレ達がどの面下げて、お父さんに頼まれたから迎えに来ましたなどと言えるだろうか。
言えるわけがない。
だから彼のことは、何かがあったらこっそり助ける、さりげなく支援するなど、極力オレ達の関与が知られないように見守ることにした。
でも、ワウリンカに恨みの方向性を誘導されたロマンさんは、おそらく戦争という手段で、死ぬまでスルトと戦おうとしている。
それはオレ達には決して見過ごせないことだ。
戦争をなくすために、多くの犠牲を出さないためにやってきたのに、これでは意味がない。
ワウリンカは、考えうる限り最悪のことをしてきた。
「どうする? アカシャは、ワウリンカを早急に始末するべきと言ってる。オレもそれが最善だと思う。でも、それも事前に手を打たれたようなもんだ。今のウトガルドに対して、火に油を注ぐ行為になる」
オレは自分の考えを皆に話した。
ワウリンカを始末する。『拳聖』がいなくなった以上、それは難しいことではなくなった。
ただ、どんなに上手くやったとしても、ワウリンカがいなくなるということだけは隠しきれない。
今の状況で突然ワウリンカがいなくなれば、犯人はスルトということになるだろう。
スルトを許さないという流れは、むしろ加速するだろう。
おそらくはワウリンカの思惑通りに。
「『拳聖』は、あるいはこうなることまで考えて、息子を頼むと残したのかもしれませんね…」
オレの言葉に対しての意見はまだ考え中なのか、ジョアンさんはそのように呟いた。
確かに。今の状況を想定していたなら、親として心配でしょうがなかっただろう。
十分に考えられる話だ。
「セイ。お主は『拳聖』の頼みを無視するつもりはないのじゃろう?」
「ああ。それは絶対だ。でも、それさえ何とかなれば戦争が起きるのはしょうがないとも思えない」
スルティアがしてきた確認に答える。
ロマンさんを消す可能性があるなら話が変わってくるということだろうけど、それは絶対にやらない。
オレがやってることは鬼畜の所業だろうが、それでも信念を持ってやってきた。
その信念が揺らぐようなことはしない。いや、できない。
「アンタはそれでいいと思うわ。その甘さ、私は嫌いじゃないわよ。どこまでも付き合ってあげる」
ネリーが軽く笑ってそう言うと、この場にいる仲間達全員が頷いた。
目頭が熱くなる。
「整理しましょう。主殿、改めてやりたいことを仰ってください」
ジョアンさんの言葉に一瞬で出てきたのは、意外なことに2つだけだった。
「『拳聖』との約束を守る。戦争を止める。どうしてもやりたいのは、この2つだけだ」
即座に、はっきりと、力強く答えた。
ジョアンさんが顎髭を撫でながらニヤリと笑う。
「かしこまりました。このジョアン・チリッチに計画はお任せください。しかし、1つだけ…」
ジョアンさんが人差し指を立てる。
「できうる限りのことはしますが、戦争はもう止まらないかもしれません。彼らの恨みを晴らす手段がないからです。ウトガルド王とステファノス・ワウリンカ以外に犠牲を出さない、と置き換えてもよろしいですか?」
ジョアンさんの提案に一瞬、それだけでいいのかと思ってしまった自分に吐き気がする。
多数の犠牲をなくすために少数の犠牲を許容することが正しいわけがない。
それでも、それを分かった上で、オレはそれを選ぶ。
「ああ。それで、責任がない大多数の人が助かるなら、許容する」
オレはジョアンさんの力強い目を見ながら頷いた。
覚悟はできてるさ。
覚悟うんぬんが無くても、『拳聖』は殺しておいて、この2人は殺したくないとは言えるわけがないけどな。
「ステファノス・ワウリンカは、暗部を統率する僕がやる。いいね?」
アレクが有無を言わせない調子で言ってくる。
間違いなく、オレのためだ。
「分かった。ありがとう。アレク」
「お礼を言うなよ」
真剣にお礼を言ったら、苦笑いで返された。
いや、仲間にもお礼言ったっていいじゃん。
本当に、感謝してるんだからさ。
「この策が成った時、大陸中で『黒幕』やら『闇の帝王』などと主殿の悪名が流れるでしょう。覚悟しておいてください」
「ええ……?」
ジョアンさんがとぼけた感じで言う。
マジかよ。勘弁してくれ…。
いや、それだけのことをするんだろうから、仕方ないんだろうけどさ…。
「とっくにスルトではそんな感じなの」
「うむ。今更じゃな」
「ガッ!」
なにそれ、知らないんだけど。
恐る恐る、肩の上で澄ました顔をしているアカシャを見る。
『ご主人様が嫌がると思い黙っておりましたが、その事実はございます』
アカシャは表情1つ変えず、澄まし顔のままそう言った。
…悪名で呼ばれるようなことを、してしまってるからな。
それだけのことをしてきたオレが悪いとしか、言いようがない。




