第27話 カール
「武器を買いに来た? ジードさんのお使いか?」
怪訝な顔をして確認をしてくるカール。
父ちゃんが武器を買うとすれば、自分で買いに来るからね。おかしいと思っているんだろう。
「いや、オレが扱うのにちょうどいい大きさのナイフが欲しいんだ」
本命の武器は明日以降の推定残り4日で手に入れるつもりだけど、ボズを怒らせ盗賊団にプレッシャーを与える作戦のためには、今武器を手に入れておく必要がある。
今までモンスター狩りは魔法のみでやってきたせいで、武器は持っていない。
今回も全て魔法でやる方法もあるけど、ボズが寝る度に大魔法を撃って邪魔をしている今は、念のため使わなくていい魔力は使いたくない。
「おいおい。まさかお前、盗賊団と戦うつもりじゃないだろうな?」
「…」
とっさに声が出てこなかった。
カール相手に誤魔化すのも嫌だし、はっきりと戦うと言うのはまず父ちゃんに言ってからにしたかったからだ。
「あー、もう分かった。いいよ。何も言わなくて。家族には言ったのか?」
カールは何となく察してくれたのか、苦い顔をしながら片手で頭を掻いて言った。
たぶん、オレがどうするつもりかは分かってしまったんだろうと思って、その前提で話を続けることにした。
「いざというときに言うつもり」
「ウチにあるナイフなんかじゃ、戦闘には使えないぞ」
「分かってる。戦闘に使うためじゃないんだ」
戦いにすらならない一方的な暗殺をする予定だから、ある程度しっかりしたナイフなら何でもいい。
正確な言葉かは分からないけど、オレとしてはこのナイフを使って戦闘と呼べるものをするつもりはない。
「うーん。そうかぁ…。そもそも、セイはナイフと交換できるような物持ってるのかよ?」
困ったなぁといった感じが表情に出まくってるぞカール。
まぁ、普通に考えればそりゃそうか。
「これなら価値としては十分だと思うんだけど、どうかな?」
空間収納の魔法を使って、貯めておいたインゴットを全部出す。
何年もかけて、森でのレベル上げのついでに近くにある鉱脈から採掘して製錬しておいたものだ。
インゴットを見た瞬間、カールはカウンターから勢いよく立ち上がった。
目を大きく見開いて驚いている。
「なっ。嘘だろ? 今どっから出した? いやそれより、オレも見たこともないインゴット…。まさかこれ、ミスリルか!?」
「うん。そんなに量はないけどね。大剣だったら1本分くらいかな」
アカシャに確認したから間違いない。
「セイが魔法を使えるってことは昨日オレも身体強化の魔法習ったときに聞いたけど、これも魔法なのか?」
「ゼロから魔法で創ったわけじゃないけど、魔法で鉱石を採掘して、魔法で製錬したよ」
「魔法、凄すぎるだろ…。ミスリルなんて、ウチみたいな鍛冶屋じゃ一生に一回扱えるかどうかって代物だぞ」
凄すぎるのはアカシャなんだけどね。
アカシャが教えてくれた鉱脈を、アカシャが言った通りの方法で採掘して製錬しただけだから。
そんなに手間がかかったわけでもない。
そのために使った魔法だって、アカシャが教えてくれたものだ。
説明が長くなるから訂正はしないけど。
「とにかく、今のオレにとってはナイフの方が価値があるんだ。頼むよカール。これとナイフを交換してくれ」
「こ、これ全部とか? い、い、いいのか? 全っ然、価値が釣り合ってねぇんだぞ」
「いいんだよ。言ったろ。オレにはナイフの方が価値があるんだ」
一般的な価値観だとあまりにも釣り合わないからか、カールが狼狽え始めた。
オレとしては本当に全く問題ない。
転移がある今、いつでもアカシャに手付かずの鉱脈を教えてもらって取りに行けるからな。
「う…、うおおおぉーー!!」
「え、なに? どうしちゃったの、カール?」
さっきまで狼狽えてたカールが、突然奇声をあげてカウンターに頭突きをかました。
しかも、カウンターに頭を付けて深いお辞儀をしたような姿勢のまま、ピクリとも動かなくなった。
意味が分からなすぎて、今度はこっちが狼狽えてしまった。
少しの間、時が止まったような静寂が続いた後、カールはゆっくりと顔を上げた。
さっきまで狼狽えていたカールは、もうどこにもいない。
決然とした顔をしていた。
「ミスリルの誘惑に負けて、お前に簡単にナイフを売っちまうとこだった。ちょっと待て。親父を呼んでくる」
そう言って、カールは裏の鍛冶場の方に走っていった。
その背中を見送って、オレは肩の上の定位置にいるアカシャに話しかける。
『いいヤツだなぁ。鍛冶屋に損はないんだから、交換しとけばいいのに』
『鍛冶屋の主人はどのような判断をするでしょうか? 私には推測できかねます』
『まぁ、断られるだろうなー。できれば、せっかくのミスリルはここで有効活用して、村の戦力を少しでも上げて欲しかったんだけどな』
『ナイフは、他の村や町に転移して手に入れてくることも可能ですからね』
ナイフが必要なのは本当だけど、単純にナイフが欲しいならいくらでもやりようはある。
できればここで手に入れたいのは、カールの父ちゃんにミスリルを譲りたいからだ。
カールの父ちゃんは、すぐにやってきた。
アカシャいわく、ちょうど鍛冶を中断できるタイミングだったらしい。
カールの父ちゃんはタオルを頭に巻いていて、厳つい顔も相まって、いかにも頑固職人って感じの雰囲気を漂わせていた。
「おう。ジードんとこの息子。ナイフとミスリルを交換してくれとは、ずいぶんなことを抜かしやがるな」
「こんにちは。カールの父ちゃん。今のオレには、ナイフの方が価値があるんですよ。お願いします。このミスリルと交換してください」
カウンターに出したミスリルの上に手を置き、頭を下げる。
カールの父ちゃんは、黙ってミスリルを眺め、インゴットを1つ手に取るとじっくり見始めた。
「間違いなくミスリル…。しかも、すげぇ純度だ。恐ろしいほどに完璧な製錬。まとまった量もある。ナイフ100本でも釣り合わねぇな」
「オレが持っていても、価値がないものです。ナイフは1本で十分ですので、交換してもらえませんか?」
カールの父ちゃんはインゴットを元の場所に戻して、オレに向き直った。
「ダメだ。確かにウチには得しかない話だ。だがよ、お前さんまだ5つだろう。武器を持つには早すぎる。事情は少し聞いてるがよ、大人に任しておけ」
やっぱりダメか。そう思った時だった。
突然カールが、カールの父ちゃんに土下座をした。
「親父! 頼む! セイの言うとおりに交換してやってくれないか!」
オレも、カールの父ちゃんも驚きに目を見張った。
オレはてっきり、カールが交換を断るためにカールの父ちゃんを呼んだんだとばかり思っていた。
違った。カールはきっと、筋を通すためだけに呼んだんだ。
「おいカール、てめぇ何言ってるのか分かってんのか? この子がウチでナイフを手にしたせいで、盗賊共に殺される。そういうことになったとき、責任とれんのか!?」
カールの父ちゃんは額に青筋を浮かべて怒鳴った。
もっともな話だ。
自己責任とはいかない子供に危険な物を売って、何かがあれば売った者が責任に問われかねない。
「こいつは昔っから不思議なヤツだった! セイが言ったことが外れたことは1度もねぇ。1度もだ。そのこいつが、ナイフが必要だって言ってるんだ。オレは用意してやりてぇ!」
カールはそれでも挫けなかった。
感情的な意見だけど、その言葉はまさにオレのもう1人の兄ちゃんといった感じで、目頭が熱くなった。
「そんなことで…。たまたま当たってただけかもしんねぇだろうが」
「このミスリルだって、親父なら用意できんのかよ! ジードさんなら!? 無理だろうがよ! セイはすげえヤツなんだ。好きなようにやらせてやってくれ。頼む!」
「好きなようにやらせた結果、最悪なことになったらどうするんだ」
「こいつならきっと大丈夫だ! 責任とれっていうんなら、とってやる! セイが死んだら、オレも責任とって死んでやる!」
その言葉を発した瞬間、カールは親父さんにぶっ飛ばされて壁に叩きつけられた。
「親の前で、死ぬとか言うんじゃねぇ!!」
カールの父ちゃんが凄まじい音量で放った言葉は、音量以上にオレの心に刺さった。
カールもそうだったのだろう、弱々しい声で謝る声が聞こえた。
「ごめん。売り言葉に買い言葉で…。そんなつもりじゃなかったんだ。でも親父、オレはセイを信じてやりたい」
カールと親父さんの視線がきっちりと交わり合う。
少しの間、耐えがたいような静寂が続いた。
「…ふん。オレは鍛冶場に戻る。どれでも好きなナイフを持っていけ」
カールの父ちゃんが、ぶっきらぼうにそう言って裏の鍛冶場へ戻ろうとしたので、慌てて声をかける。
「ありがとう! カールの父ちゃん! ミスリル、有効に使ってくれると嬉しいです!」
カールの父ちゃんは少しだけ立ち止まって、こちらを見もせずに返事をした。
「絶対に親より先に死ぬな。ミスリルはありがたく使わせてもらう」
「親父! すまねぇ、恩に着る!」
カールの父ちゃんはカールの言葉には返事をせず、そのまま鍛冶場に戻っていった。
カールの父ちゃんが去ってすぐ、オレはカールにお礼を言った。
「カール。ありがとう。助かったよ」
「へへっ。いいってことよ。お前は、オレの弟みたいなもんだからな!」
カールはいつものお調子者っぽく返事をする。
「うん。オレも、カールはもう1人の兄ちゃんだと思ってるよ」
カールもオレと同じように思ってくれていたことを知って、心が暖かくなった。




