第113話 許されざる正論
アカシャがワウリンカを消せと進言してきた。
それも、今すぐにと。
敵対する可能性が極めて高かった先代のスルト王ファビオや『大賢者』の爺さんにだって、こんな進言をしてくることはなかったのに。
イザヴェリアの領主館にある自室のベッドで早めに休んでいたオレは、その意味を考えて戦慄しながら飛び起きた。
「何があった? いや、今すぐ消すべきなんだな? ワウリンカの現在の位置、状況を教えてくれ」
オレがアカシャにそう言うと、アカシャにしては珍しく、一瞬の逡巡があった。
「…いえ。申し訳ありません。なるほど、これが感情的になるということなのでしょう。今すぐというのは訂正いたします。タイミングを見計らった上で、一刻も早い排除を」
どうやら、アカシャは感情を学んできたことによって大げさな言い方をしてしまったらしい。
なるほど。アカシャが感情を学ぶことには、メリットもデメリットもあるんだな。
デメリットを考えたとしても、オレには嬉しい変化ではあるけれど。
「分かった。皆を集める。それまでの間、何があったか教えてくれ」
「かしこまりました」
すぐに仲間達に念話で領主館の談話室に集まるように連絡し、オレも軽く支度を整えて談話室に向かう。
その間にアカシャから聞いたワウリンカの話は、クソみたいな内容だった。
オレのことを何より優先するアカシャが、一も二もなく排除を進言してくるわけだ。
あいつは許さない。
勝ち負けなんてどうでもいい。
談話室に集まったのは、オレ、アレク、ネリーとミニドラ、ベイラ、スルティア、ジョアンさん。
他の人達はすぐには集まれないようだったので、まずはこのメンバーに話をすることにした。
「夜中に急に集まってもらって悪いな。念話で伝えたとおり、緊急で相談したいことができた」
「かなり良くない内容みたいね。何があったの?」
オレが集まってくれた皆に謝意を伝えると、何となく状況を察した様子のネリーが質問をしてきた。
「ウトガルドのステファノス・ワウリンカが、オレ達に『拳聖』が排除されたと判断した。そして、ある行動を起こした。まずはそれを見てくれ」
オレはそう言って、アカシャからもらった映像情報を談話室の壁に投影した。
今から約40分ほど前の映像だ。
映像は、ウトガルドが宿泊に使っている屋敷の中を、ワウリンカが歩いているところから始まった。
ここでワウリンカがどこへ向かって歩いているか分かっていれば、あるいは何とかできたかもしれない。
いや、それは現実的じゃない。
ワウリンカはもっと早く、どんな手を使ってでも、リスクを取ってでも、排除しておくべきだったんだろう。
ワウリンカを舐めてた。
あいつの言う通りだ。
それに尽きる。
映像の中のワウリンカは屋敷の1室に入り、国際大会の引率にやってきていた教師のうちの1人を呼び出した。
教師の名は、ロマン。
ロマン・ガルフィア。
「ワウリンカ殿、私に何か御用ですか? それとも、父上に言伝でしょうか? あれ? でも父上は今、ワウリンカ殿の護衛をしていると聞いたような…」
長めの白髪を後ろでまとめた、凛々しい青年だ。
ウトガルド王立学園の教師用の制服がよく似合っている。
年上ではあるが、『拳聖』から「息子を頼む」と言われ、オレが「任せてくれ」と言った青年である。
それを、ワウリンカは知らない。
絶対に知らないはずなんだ。
ワウリンカは、ロマンさんの前でとても沈痛な面持ちを作って、話を切り出した。
「ロマン君。とても言いにくいことなんやけどな…。君のお父さんが今日、スルトに殺されて亡くなった…」
ワウリンカの言葉を聞いた瞬間、ロマンさんがひゅっと息を飲み込んだ。
「そ、そんなバカな! 父上は世界最強だ! 誰が相手であろうと負けるものか!」
ロマンさんは一瞬言葉を失ったものの、すぐに大声でワウリンカの言葉を否定するように叫んだ。
ワウリンカはそれに頷き、しかし悲しそうに視線を下に向ける。
「その通りや。でもな、お父さんはダンジョンに遊びに行っただけやったのに、スルトのヤツらに汚い罠に嵌められたんや。さすがの『拳聖』といえども、『大賢者』級のヤツらによってたかって叩かれたら勝てん…」
ワウリンカが騙る。
まるで見ていたように。
始末に負えないのは、それが真実であり、オレ達に否定できる要素が全くないことだ。
『拳聖』はオレ達の都合で殺した。
何1つ間違ってない。
「そ、そんな…。あの父上が、亡くなった?」
茫然自失といった様子のロマンさんが、小さく、かすれた声で呟く。
「ほぼ間違いなく、な…。僕もきっと、もうすぐスルトのヤツらに暗殺される。スルトはそういうことを平気でやるヤツらなんや…」
悔しそうな顔で、ワナワナと震えながらワウリンカが言う。
とても演技には見えない。
何も知らなければ、100%騙されるだろう。
「なんて、なんて汚い奴らだ…。スルトめ!!」
ロマンさんは涙を流し、憎しみに歪んだ顔を抑えながら絞り出すように声を出した。
「スルトは自分達にとって邪魔なもんを殺して、逆らえないようにしてから無理やり言うこと聞かせようとしてくるはずや。たぶん、もうそれは止められん…。でも、決してそんなヤツらに屈しちゃアカンで」
ワウリンカが言っていることに、否定できる要素が全く無いのが悔しい。
オレ達がやっていることは、つまりはそういうことだ。
できればそんなことしたくなかったなんて、言い訳にもならない。
この正論を前にしてオレ達にできることは、ただその事実を重く受け止めるだけだ。
「当たり前だ! 父上を殺したスルトを、私は絶対に許さない!! もし、ワウリンカ殿が殺されても、私は絶対に屈しない! たとえ、勝ち目がなかろうとも!」
ロマンさんは涙をボロボロとこぼしながら、拳を握りしめ、ワウリンカに誓った。
この場面を見たとき、ネリーはショックを受けたように口に手を当て、アレクは歯を食いしばった。
他の面々は、ただ黙って真剣な顔で映像を見つめている。
「ああ。頼んだで。君の存在は、きっとスルトにとって脅威になる。だから、絶対に諦めちゃアカンで」
ワウリンカはロマンさんの肩を抱き、まるで遺言を遺すような言い方をして励ました。
ロマンさんは泣きながら何度も何度も頷き、スルトと戦い抜くことを誓った。
やがて、2人の様子がおかしいことに気が付いたウトガルドの者達が2人から事情を聞き、烈火のごとく怒って、その火種は周囲に飛び火していった。
暗殺の可能性を吹聴したワウリンカは、常に複数人に守られながら過ごすことに決定した。
ワウリンカがロマンさんと話し始めてから、ただの1度もワウリンカは1人きりにはなっていない。
それでも、どうしても言いたかったのだろう。
あいつは、誰にも聞かれないよう注意しながら、タイミングを見計らって小声でオレ達を煽ってきた。
「僕を舐めるから、こうなる。お前らのやり方で止まるのは、損得の戦争だけや。憎しみの戦争は止まらん。これで僕が死んでも、僕の勝ちや。くくっ。超気持ちいいー」
ワウリンカがウトガルドの誰にも見られないように隠した顔は、口が裂けているのではないかと思えるほど三日月型に弧を描いた、悪意に満ちた笑顔だった。
ワウリンカがロマンさんに言ったことは正論だ。
オレ達が何を言おうと言い訳にしかならないし、言い訳なんてすべきではない。
でも、この100%悪意しかない正論は、許せない。




