第112話 違和感の正体
炎が消え、焼け焦げた跡と匂いが残る。
また、思い通りにはいかなかった。
いや、情報の力は凄いけれど、オレが過信しすぎていただけなんだろう。
神様ですら何もかも思い通りというわけではないのを、オレは知っていたはずじゃないか。
できることを、信じたことを、力の限りやるしかない。
『アカシャ。ミカエルとミニドラの容態はどうだ?』
『切り札』を解除したことで、オレの肩の上に浮かび上がるように出てきたアカシャに怪我人の状態を聞く。
『超級回復薬の使用により、もう少しで全快といったところです。問題ありません』
『そうか。よかった』
アカシャの答えに、ほっと息を吐く。
無傷で倒せたはずが、想定外の被害が出てしまった。
『拳聖』の、あの見たことない技は何だったんだろうか…。
気になることはあるけれど、両脇の2人は明らかにオレが動くのを待っている様子だ。
まずはそちらを優先しよう。
「大賢者様、学園長。最後、ありがとうございました。ミカエルとミニドラもそろそろ回復するそうです。迎えに行きましょう」
『拳聖』を倒してくれた2人にお礼を言って、ミカエルのいる方へと歩き始める。
「うむ。『拳聖』のことは気にするな。知らぬ情報があったことも含めてな。凄まじい使い手じゃった…」
「ワトスン。涙を拭くと良い。すまぬな、儂らの力が足りぬばかりに、君に負担をかけておる」
オレは学園長の言葉を聞いて、慌てて涙を拭う。
何か返事をしようと思ったけど、すぐには言葉が出てこなかった。
「何を任されたんじゃ?」
オレが何かを言う前に、後ろを歩く『大賢者』の爺さんが声をかけてきた。
ひ孫が重傷を負ったというのに、その声はとても優しく聞こえた。
「息子さんのことを、任されました」
「ふむ。それはまた、ずいぶんと都合のいいことを言ったのう」
「まったくじゃ」
オレが答えると、学園長が何だか少し嬉しそうに声をあげ、『大賢者』の爺さんもそれに続いた。
ちらりと後ろを見ると、2人とも困ったのに笑っているというような顔をしていた。
「ですよね。困ったものです」
だから、オレもそう言って少し笑った。
ミカエルのところに行くと、彼はアレクに肩を貸されて立ち上がっていた。
傷はもうないようだけど、血まみれになった服の上から、脇腹を軽く手で抑えている。
「まだ痛むなら、無理して立たなくていいんだぞ。もう戦いは終わったんだ」
ミカエルに声をかける。
完全に痛みが無くなってから立てばいいのに。
今はもう、無理をする必要なんてないんだから。
「いや。すまない、セイ。足を引っ張った。体格のせいで避けようがなかったミニドラと違い、私は反応が遅かったせいで技を食らった。私だけが、未熟だった…」
ミカエルは歯を食いしばり、心底悔しそうに言った。
「しょうがないって。大賢者様や学園長は百戦錬磨だし、他のメンバーは情報を駆使した戦いに慣れてるんだ。それに、まさかあんな完成度の高い新技を使ってくるなんて、誰も予想してなかった」
オレは慰めではなく、本当にそう思っていることを言った。
むしろ、よく急所を外して即死しないでくれたと言いたいくらいだ。
あの技をもし、もっと近距離で使われていたら、被害はこの程度では済まなかったはず。
「あれは何だったんだろうね。間違いなく新技だったのに、まるで何度も練習を重ねて、実戦でも使い込んでいるかのように感じた」
『完全記憶』を持つアレクが言うんだから、苦し紛れの新技にありそうな粗はほぼ無かったんだろう。
それは『拳聖』の情報を見ながら戦っていたオレも感じていた。
「今となっては正解は分からぬが、おそらく。『拳聖』はずっとワトスンと戦うことを想定して、ひたすらにイメージトレーニングをしていたのではないか。初見殺しが効かぬ君に、初見殺しを強いるために」
学園長もずっと考えていたのだろう。
彼なりの推理を披露してくれた。
なるほど。確かにそれなら合点がいく。
『拳聖』はここしばらく、普段通りのトレーニングしかしていなかった。
戦争が近づいても、オレの情報を手に入れても。
やや不自然だとは、思っていたんだ。
今考えると、戦いの序盤にずっと感じていた違和感は、『拳聖』が抑えて戦っているように見えたのかもしれない。
イメージトレーニングでより磨かれた自身の技を、今まで通りに見えるよう抑えていた?
「ワシもロジャーの推測が当たっておると思う。勘に過ぎぬがな」
「私も、その可能性が最も高いと考えます」
『大賢者』の爺さんも、勘とはいえ学園長の推測が正しいと思ったようだ。
アカシャも同様の意見らしい。
オレとアレクもそれに頷いた。
「情報以上にヤバいヤツだったの! ミニドラとミカエルがケガちたのも仕方なかったの! 全然楽勝じゃなかったの!」
「ベイラは楽勝って言って油断してたじゃないか…」
ベイラも乗っかって『拳聖』についての感想をまくし立てたけれど、アレクが呆れた様子でバッサリと切ると、慌てた様子で言い訳を始めた。
戦いが終わって初めて、軽く笑いが起きる。
そんな気分じゃなかったオレも、少しだけ笑った。
「皆ー!」
そんな中、離れたところにいたネリーがミニドラに乗って飛んできた。
ミニドラが全快したのだ。
「ミニドラちゃんは、もうすっかり元気よ。ね?」
「ガッ!」
降り立ったミニドラから飛び降りたネリーが、ミニドラが下げた頭を撫でながら言う。
ミニドラは「元気いっぱい」といった感じに鳴いた。
その後、なぜかネリーはこっちにトコトコ駆けて来て、ちょっと背伸びしてオレの頭に手を置いた。
「アンタもよく頑張ったわ。ね?」
そう言って、ネリーはニッコリ笑ってオレの頭を撫でる。
「いや、皆頑張ったんだよ。オレだけ子供扱いすんなよ…」
急にやられて、驚いて顔が熱くなって、しどろもどろ声を出した。
そんなオレを見て皆が笑う。
なんて言うか…、これが癒やされるってことかと思った。
オレ達はダンジョンから帰り、ミロシュ様やジョアンさんに全てを報告した。
彼らからも言葉をもらい、ゆっくり休むように言われた。
オレ達がいなくても、それでも国際大会2日目もスルトが圧勝したそうだ。
その夜。
「ご主人様。今すぐ。今すぐ、ステファノス・ワウリンカを消すべきです。あれを生かしておくのは、ご主人様のためになりません…」
アカシャが、今まで1度も聞いたことがない、怒りに震えるような声で進言をしてきた。




