第111話 大いなる勘違い
死んではいないが、戦える体でもない…か?
自分の技をくらって吹き飛んでいった『拳聖』の情報をチェックして、予想する。
どういうダメージを負っているかは分かる。
でも、どれくらいのダメージで立ち上がれなくなるかは、分からない。
これは人の気持ちの部分で大きく異なるからだ。
『拳聖』のダメージは、普通の人間ならとても立ち上がれるようなものではない。
いや、普通の人間でなくても、立ち上がれないほどのものだ。
それでも、もしやと思わせるほどの何かを『拳聖』は持っていた。
ほぼ空になった魔力は、スキル込みで分速0.1%回復だ。
総量を考えれば数秒でもそれなりに回復するけれど、とても彼と戦い続けることができる量ではない。
『クリストファー・ガルフィア。恐ろしい男です。まさか、あのダメージで立つとは…』
アカシャが戦慄したように言う。
『拳聖』は、立ち上がっていた。
もう両腕は上がらないはずなのに、左足も使い物にならないはずなのに、出血も尋常ではないのに。
情報が見えているだけに、異常さが分かってしまう。
オレとアカシャから見えている情報では、『拳聖』は放っておいても数分もしないうちに死ぬ。
それほどのダメージなんだ。
『まいったな。皆、悪ぃ。魔力切れだ。後は戦えるヤツに任せるけど、絶対に必要以上に近づかないでくれ』
オレは皆に自分の状況を話して、後を任せた。
とどめを刺すのが、オレである必要はない。
『良い。後は任せよ。情報を聞くまでもない。さすがにアレは、気合で立っているだけじゃ』
『うむ。無論、油断はせぬがな。……立場がなければ、1対1で戦ってみたかった御仁であった』
『大賢者』と『賢者』の爺さん方が、それぞれ返事をしてくる。
「ラスロ様…。ロマン……。ただでは、死ねない。ただでは…」
『拳聖』が譫言のように呟きながら、だらんと下がった手をぶらつかせ、足を引きずり前に進み始めた。
ギリッと奥歯を噛み締める。
聞きたくなかった…。
オレ達はこの人を、自分達の都合で殺すんだ。
平和のためとか言っても、その事実は変わらない。
どうすれば良かった?
全ての情報を手に入れられて、それでもこの程度なのか、オレは。
『あたちが風で、アイツに言葉を届けてやるの…。今なら、もちかちたら…』
オレの様子を見ていたのか、ベイラが提案をしてきた。
『ベイラ、ありがとう…』
『ふん。こんなこと、お安い御用なの』
オレはそれに縋った。
たぶん、無駄だと感じていても。
「…ガルフィアさん。聞こえていますか? お願いします。投降してください。これ以上戦っても意味がない。オレは貴方を殺したくない。ウトガルドの王様も、息子さんも、オレ達が何とかします。だから、お願いします…」
オレは誰もいないその場で、ただ感情的に呟いた。
ベイラの風が、それを『拳聖』の耳に届けてくれる。
彼は、間違いなく、かすかに笑った。
「甘いな…。心が未熟だ。鬼畜の所業をしておいてそれでは、壊れるぞ…。言っただろう、相容れないのだ。あの方は変わらない。私は殉ずる。裏切って生き残るくらいなら、ここで、死ぬ」
『拳聖』はゆっくりとこちらに向いながら、小さく口を動かした。
予想はしていたけれど、説得はできなかった。
「じゃあ、勝手に死んどけよ! 何だよ、ただでは死ねないって! 国を、周りを巻き込むなよ!」
ウトガルド王がやってることは意味が分からない。
死にたきゃ勝手に死んでくれ。
何で戦争するんだよ。
オレの感情に任せた言葉に対して、『拳聖』は苦笑といった様子で笑みを深めた。
「確かにその通りだ。だがそれでは、あの方が楽しめない」
……それだけ?
そんなことのために、戦争してるのか?
他人のことは、何も考えず?
「もういいじゃろう。元より殺す覚悟はしておったはずじゃ」
「ワトスン。皆が自分と同じ考え方をすると思うのは止めよ。それは大いなる勘違いじゃ」
爺さん達が空からオレの両脇に降り立って、まるで心を読んだかのように言い放つ。
大人の意見だな。
ちくしょう。
ちくしょう。
どんなに力を付けても、思い通りにならないことばっかりだ。
「"収束・葬炎"」
『大賢者』の爺さんがガルフィアさんに向かって両手を向け、言った。
ガルフィアさんを中心に、巨大な炎の柱が立ち上る。
ガルフィアさんは一瞬抵抗しようとしたが、もはやまともに動くのが片足だけでは、どうすることもできずに炎に飲まれた。
「炎はあまり得意ではないが、ラファに合わせよう」
学園長がそう言って両手をあげると、炎の柱がさらに太く、強く燃え上がった。
『クリストファー・ガルフィアの生存確率、0です。ご主人様は、これでよろしかったのですか?』
『良くはないけど、これが最善だって、信じてる…』
ずいぶん感情が豊かになってきたアカシャが、オレの心を思いやったように聞いてきた。
それに答えた時、立ち上る炎の中で、ガルフィアさんが最期に言葉を発したのが伝わってきた。
「すまない…。息子の…、ロマンのことだけ、頼んでもいいか…」
「ああ! ああっ、任せてくれ!!」
間髪入れずに大声で答えた。
ボロボロと涙がこぼれる。
『拳聖』クリストファー・ガルフィアにオレの言葉が届いたかどうかを判断できる情報は、手に入ることはなかった。




