第96話 最善を尽くした結果
年が明けた。
スルトはそれほど雪が降らない地域ではあるけど、今は多少積もっている。
この世界に来るまでは知らなかったことだけど、麦って雪の下でも問題なく育つんだよね。
赤ん坊の頃、アカシャに実家の麦の雪対策をした方がいいか聞いたのが懐かしい。
「スルト国内の、ワトスンレポートが流通している地域の農作物は、今年も豊作になるよ。期待してて」
オレはスルティア学園で行われている会議の場でそう発言した。
今日はスルトの主要人物を集めた会議が行われている。
はっきり言って、オレは政治とか面倒くさいからやりたくなかったんだけど、今はさすがに政治に関わる覚悟もできてる。
そうじゃなければ、ここまでアカシャありきの急成長はさせない。
「それは素晴らしいことですが、ワトスンレポートの有無での格差に不満が出てきています。何か良い手はありませんか?」
宰相は言ってみただけという感じを強めに出して話す。
『コンサルティング契約をしてない貴族から頼まれたようです。宰相は言うだけ言ってみると返事をしています』
アカシャが状況を教えてくれた。
強欲な貴族達め。コンサルティング契約は改善分の10%だ。
基本的に契約して損をするということはない。
無料でコンサルティングなんてしたら、有料でやっている貴族から恨まれるに決まってるだろ。
しかもこの場合、恨まれるのはたぶんオレだ。
こういう他人の迷惑を考えずに自分の主張だけを強引に通そうとするヤツって、たまにいるんだよなぁ。
前世でも見たことあるよ。
デパートのレジで、前に並んでたオッサンが、規定の額に達してないのに駐車券押せと店員に怒鳴り散らしてた。
「わざわざここで買ってやってるんだ。お客様は神様という言葉を知らんのか」とか喚いてたと思う。
後ろにいたオレは、「店員さんがかわいそうだろ。他で買えよ老害」と思って見てた。
ああいう大人にはならんと誓った記憶がある。
「貴方が、セイとコンサルティング契約をするべきだ、と言うのが一番良い手でしょう。セイは無償でバカに付き合うほど暇じゃないんです」
オレがどう言おうかと少しだけ考えている間に、アレクがオレが言いたいことを全くオブラートに包まずにピシャリと言い放った。
「そうしましょう。付き合いで言いましたが、余計な発言でした」
そう言いつつも、宰相は笑みを浮かべている。
何かしらの制約があって、言う必要があったんだろうな。
この世界には真偽判定やら契約魔法やら色々あるから。
バカバカしい付き合いだとしても、言った事実が欲しかったんだろう。
アカシャに聞くまでもないな。
「実際にワトスンレポートを活用させてもらっておる儂らの立場からすると、セイ殿とのコンサルティング契約は完全なるし得ですぞ。農作物だけでなく、資源、貿易、公共事業、果ては経費節減まで、あらゆる分野で手厚いサポートを受けられる。のお、スタン殿?」
ニブル地方領主のマルクさんが、自分の意見に対する同意をヘニル地方領主補佐として参加しているスタンに求める。
「そうですね。数年で税収が数倍になることすら夢ではない。それに、セイはそうして手に入れた莫大な富を、ほとんどそのままインフラ整備のために寄付していると聞く。スルトの爆発的な発展を支えているのだ。強欲な貴族に蓄えさせるよりも、セイに回させるべきだ」
スタンはすました顔で言う。
「ふふん。その通りなの」
「さすがセイね。常に民のことを考えているわ」
「ワシの見込んだ男なだけはある」
スタンの言葉を褒め言葉と思ったのか、ベイラとネリーとスルティアがドヤ顔で頷いている。
止めてくれ。純真なお前らに褒められると、羞恥心や罪悪感に似た何かを感じてしまう。
金を回さなきゃヤバいって危機感を持つくらいに金が入ってくるだけなんだ。
それに、金を回すこと自体も楽しいし、将来の楽しい生活のための投資だから、そもそも自分のために使ってるんだよね。
「ま、まぁ、コンサルティングは強制じゃないから、好きにすればいいんじゃないかな。無償ではやらないし、条件の引き下げもしないってことで。いずれ成長が鈍化した時は何か変えるべきかもしれないけどね」
オレはひとまずこの話をここで終わりにして、逃げることに決めた。
とりわけ気まずいのは、何だかんだ言いつつもオレは寄付を行うことで自分の立場が良くなることまで計算に入れてやってるってことだ。
言いたくはないけど、称賛を浴びることまで予想できてた。
だから、仲間とか家族に褒められると騙してしまったような気分になる。
自分の腹黒さが見えるというか、とにかく居心地が悪い。
「ふっ。上手くいっている所の報告は、この辺りで終わりで良いでしょう。上手くいっているのですから。問題は上手くいっていない所をどうするかです」
ジョアンさんはオレの心を見透かすようにニヤリと笑い、話題を変えた。
助かったと思いつつも、実際ここからの話が重要なんだよなと気を引き締める。
「そうだね。色々あるけれど…。やはり1番の問題は、次の国際大会を開催するかしないか。これだと私は思う」
「同意ですな」
ミロシュ様が切り出すと、すぐさま学園長が同意した。
オレも頷く。
ジョアンさんを始め、ここにいる中で事態を理解しているほぼ全員が同意を示した。
今年の、オレ達の4年次の国際大会は、おそらく開催してもしなくても大戦の引き金になってしまう。
最善を尽くした結果、そんな状況になってしまっていた。




