第94話 甘いんやない?
アカシャからウトガルドの情報をもらった後、オレはすぐに仲間達と相談して、今後の対応を決めた。
でも、どうにもならなかった。
正確には、対策をするよりもしない方が良いと判断せざるを得なかった。
ウトガルドが周辺諸国を同時に攻めるとしても、オレ達が行けば1国か2国はウトガルドの侵略を防げるだろう。
でも、行った方が行かないよりも遥かに多くの死者が出るっていうのがアカシャやジョアンさんの試算だった。
何しろ、兵に契約魔法を施し、スルトと戦った際に全員が死ぬまで戦うように仕向けたからだ。
ウトガルドが周辺諸国を侵略するときに虐殺をするとしても、ウトガルド兵が皆殺しになる数に比べれば死者の数は少ない。
それに何より、ウトガルド軍が死兵となって戦うのであれば、スルト軍にもある程度の犠牲者が出ることは間違いなかった。
今のスルトは一気に広がった領土の統治に力を割いているところだ。
それは、今すぐにこれ以上領土を持っても統治に支障をきたし、逆にスルトの国力が下がる可能性があるからだ。
そんな中、自国の兵を危険に晒してまで、縁の薄い他国を助けに行くのは意味がないとまで言わずとも、デメリットが大きすぎる。
フリズスからリバキナを守ることで恭順を促した時とは状況が違いすぎて、今回スルトとしてはウトガルドを止める決断はできなかった。
噂でしか手に入らない少ない情報から、スルトが全ての情報を手に入れられるからこそ、こうすれば動かないと読み切られた。
「くそっ!! ステファノス・ワウリンカ、あいつ、なんてことしやがる!」
怒りに任せて、浮遊大陸領主館のテーブルに拳を叩きつける。
大きな鈍い音がして、テーブルが真っ二つに割れた。
幾重にも重なっている身体強化系のパッシブスキルに加えて、つい身体強化の魔法までクセで使ってしまったことで、八つ当たりしたテーブルを破壊してしまった。
かなりの人が死んだ。
ウトガルドが周辺諸国に仕掛けた戦争で。
アイツが、いやがらせとか言って仕掛けた戦争で。
何に対するいやがらせか。
話の流れからして、スルトかオレかの2択しかないだろうがよ…!
「落ち着きなよ、セイ。力の加減を誤るなんて、君らしくもない」
アレクが、感情に任せて物に当たってしまったオレを嗜める。
でも、そのアレクの表情も怒りを隠しきれない様子だった。
「自国の兵に対する契約魔法はともかく、周辺諸国に対する虐殺は…、する必要があったとは思えないわ」
ネリーは静かに言ったけれど、固く拳を握りしめて怒りを堪えているようだった。
「本当に、本人が言っていたように嫌がらせのためにやったのだろうか…」
ミロシュ様はステファノス・ワウリンカの真意について思案しているようだ。
アイツのことを考えるだけでもムカつくけど、確かにその辺りのところは気になるな。
仮にいやがらせだとしても、意味のあるいやがらせと意味のないいやがらせでは話が変わってくる。
少し落ち着いて考えないとな…。
「我々は、当初の予想ではウトガルドはスルトの介入がないと分かった時点で虐殺を中止すると考えました。支配するのに必要などという理由がなければ、メリットがないからです。自国の民を虐殺することと変わりありません」
ジョアンさんは、ウトガルドの情報が手に入った時にした相談の内容を口にした。
そう、オレ達はあの時、そういう予想を立てた。
でも、実際は違った。
そして、その状況を知りながら、それでもオレ達はスルトの都合を優先して、指を加えて見ていた。
「メリットがないのにやったってことは、本当に嫌がらせなんじゃないの?」
仲間以外が傷つくことはどうでもいいというスタンスのベイラの言葉は、オレ達に比べて軽い言い方だ。
それを非難するつもりは全く無い。
考え方はそれぞれだからな。
ベイラもそれを分かってるから、知らない人間が死んだってどうでもいいだろうとオレ達に押し付けて来ることはない。
お互いの異なる考え方を尊重できるから、ずっと仲間としてやっていけるっていう確信があるのかもしれないね。
「いやがらせをすること自体がメリットだと、そう考えている場合が1番厄介ですね…」
ジョアンさんが顎髭を撫でながら呟く。
確かにそれは、この上なく厄介だ。
「セイよ。ワウリンカとやらを暗殺する手はないのか?」
スルティアが、なぜしないとでも言いたげに聞いてくる。
あるよ。できるならな。できたら、とっくにやってる…。
「アイツ、ずっと前から城を一切出ないんだ。ヘニルとの戦争後しばらくしてから一回も出てない。オレがアイツを危険視する前からだ」
アカシャに大陸統一にあたっての障害となりそうな人物を聞いた時に、オレはステファノス・ワウリンカについて知った。
でも、そのずっと前からアイツは、オレの能力をおぼろげにでも気づいていて、危険視していたのかもしれない。
「ステファノス・ワウリンカの『解析』という神に愛された能力を考えると、意図的に主殿への対策をしていた可能性もありますね」
ジョアンさんがオレを見ながら言う。
オレは黙って頷いた。
「今回スルトが直接受けた被害はない。だが、ウトガルドがさらに力を付けてしまうことは止められなかったね。今後、大陸統一にあたって、かの国が大きな障害となるかもしれない。だからこそ、我々は今やっていることに集中しよう」
ミロシュ様の言葉に、この場の全員が頷く。
まだ、スルトの国力は大国と比べればやや劣る。
でも急速に追い付きつつあるのは間違いない。
そして今やっていることが実を結べば、追い抜いて大差を付けることすら可能となるはずだ。
ウトガルドがどう動こうとも、オレ達は当初の予定通りやっていればいい。
オレ達はそれを再確認した。
しかしオレ達の思惑とは裏腹に、この後次々と計画にノイズが入ることになる。
最初は、他の大国がウトガルドを真似し始めたことが原因だった。
情報が正確ではなかったせいで、その真似は中途半端だった。
周辺諸国へ同時に兵を出して虐殺を行いながら侵略するというところだけ真似て、自国の兵に契約魔法をかけることは知らなかったので真似られなかった。
だから、オレ達は為政者が使えると判断したいくつかの国を恭順を条件に助け、結果新たな飛び地がいくつかできた。
アカシャもジョアンさんもいたから、本当は分かっていた。
大陸統一の速さや効率だけ求めるなら、この国々は見捨てた方がいいと。
でもオレ達はそれをしなかった。
何のために大陸統一を決意したかを考えると、できるわけがなかった。
犠牲を減らすことへの代償として、自国の強化が遅れ、ウトガルドに時間を与えることになったのだ。
「キミ達、ちょっと甘いんやない?」
噂を耳にしたキツネ顔のクソ野郎が口を三日月型に歪めて呟いたことを、アカシャが激怒しながら報告してきた。
オレもムカついたけど、なんというか…、それだけだった。
ジョアンさんに感謝しなきゃな。
こっちは甘いと分かってて、覚悟決めてやってんだよ。
そのうち吠え面かかせてやるから、それまでせいぜい得意になってろ。




