第93話 ステファノス・ワウリンカ
この大陸を統一するに当たって、脅威と思える人物達。
そんな人物達には、隙あらば勧誘、誘拐、暗殺を仕掛けているのだが、中々思い通りにはいかない。
ほぼ確実に成功すると判断したときしか動いていない、というのが最も大きな理由となってはいるけれども。
魔封石で作られた建物から出てこない人物などは、手が出ない。
今日はその中の1人の人物の報告が、アカシャから上がってきた。
東の大国、ウトガルド。
この国の軍師、ステファノス・ワウリンカは怠惰で狡猾で残忍な、胡散臭い男である。
正直一刻も早くなんとかしたいけれど、魔封石で囲まれたウトガルド王城から一歩も出ようとしない厄介なヤツだ。
この映像でも、会議室の椅子にダラリと腰掛け、テーブルに足を乗っけて鼻をほじっている。
上官である将軍もいる場で舐めきった態度ではあるけれど、そのキツネのような顔をした男をたしなめる者はいない。
「ワウリンカ様。スルトに放った諜報部隊ですが、またもや期日までにただの1人も帰還しておりません」
会議室のテーブルに座る者の1人が、ワウリンカに報告を行う。
ワウリンカと違って、ビシッと姿勢を正して喋っている。
「ふーん。そう。そりゃ残念やったね。ご苦労さん」
その報告に対して、ワウリンカは指で鼻くそを飛ばしながら返事をした。
その声からは、やる気は微塵も感じられない。
「ステファノス、どうするのだ。聞こえてくる噂だけでも、スルトの勢いは凄まじい。放おっておくことはできんぞ」
将軍がワウリンカに意見を求める。
その呼び方からしても、将軍がワウリンカに一目置いているのがよく分かった。
「どうするんか言われましても…。詰んでますやん、コレ。無理無理。勝てませんって」
ワウリンカはとぼけた顔でおかっぱ頭を振りながら、信じられないほど軽い言葉で白旗を上げた。
コイツは日本語で言うと大阪弁みたいな個性的な方言で喋るので、余計に言葉が胡散臭く感じる。
これを言葉どおりに捉えていいのであれば、アカシャから報告が来ることもなかっただろう。
「そこをどうにかするのが、貴様の役目だろう!!」
さすがにここにいる全員がワウリンカの態度を許しているわけではなさそうだ。
1人が怒り心頭といった様子で、ワウリンカにブチ切れた。
まぁ、こういうときのためにクソ野郎でも良い待遇で飼っているのに、簡単に勝てないとか言われたら怒るよな。
「へいへい。やるだけやったりますわ。今回分かったのは、スルトには諜報を完璧に把握できる能力者がいるってことや」
格好はそのまま、顔だけ少しやる気になった感じのワウリンカがようやくマトモなことを言い出した。
「それはそうだろう。何度やっても諜報が1人も帰ってきていないのだから」
他の者達も能力者が関わっている、というところには考えがいたっているらしい。
しかし、ワウリンカは彼らをバカにするようにヤレヤレと首を振る。
「重要なんは、諜報活動をしなかった諜報も帰ってきていないっちゅう点や」
「どういうことだ?」
将軍が、ワウリンカの言葉に説明を求める。
「今回は3人ほど、本当の商人と全く同じことをして帰ってこいって命令しておいた諜報がおんねん。そいつらは商人と見分けがつかんはずやった。でも、商人は帰ってきて、そいつらは帰ってきとらん」
ジョアンさんがやったのと同じ見分け方だな。
このパターンの諜報はスルーしていいってアカシャに指示を出しておくのもアリだったかな。
軍部が直接情報を得られる機会を潰すのを優先してたけど。
「つまり、見分けがつかないはずの諜報を見分けられる能力者がいるというわけか」
将軍が納得したように頷く。
会議室の全員も納得したような反応をした。
「そや。で、その能力者がもし、『全ての情報を取得できる』なんちゅうふざけた能力を持っとると仮定すると、この状況にほぼ説明が付く」
ワウリンカは仮定と言いつつも、いつの間にか顔が真剣になってきていた。
こういうところが厄介なんだよな…。
「たかが情報を取得するだけの能力で、こうまでスルトが大きくなったというのか?」
将軍は、情報を"たかが"と言った。
この瞬間は、ワウリンカがヤレヤレと首を振る気持ちがとても良く分かる。
「ダンジョンができた浮遊大陸、ミスリルやアクエリアスのような鉱物資源、スルトだけほいほい見つけてるんやで。農作物もスルトだけ異常なほど豊作。戦争も圧勝しかしとらん。たぶん作戦とか戦力とか筒抜けなんやろ」
「…」
ワウリンカがすらすらと出した言葉を聞いて、全員が押し黙る。
ゴクリと唾を飲んだ者さえいた。
軍人である彼らは特に、作戦や戦力が筒抜けというところに強く共感を感じたのだろう。
「…少ない情報から推測するだけでもこんだけや。そんでもたかがって、言いはります?」
ワウリンカはため息をつきながら質問する。
商人から伝わる噂のみでもこれだけ推測できるのに、スルトが情報によって得ている恩恵がこれだけであるはずがない。
そしてそれは正しい。
たかが情報って言っててくれた方が、スルトの大陸統一は楽だったんだけどな。
「失言であったな…。情報を操る者が脅威であることは理解した。して、どうする? 貴様の推測が正しければ、こちらの対策はスルトに筒抜けということになるのだろう?」
改めて、将軍がワウリンカに問う。
結局、推測ができたところで、じゃあどうするかがなければスルトに対抗することはできない。
大国だからただ全力でスルトに攻め込めばいいって考えになるなら、オレとしては嫌だけどスルトの勝利は確定する。
…どうなる?
「だから詰んでる言いましたやん…。ま、ホンマは1コだけ確実なのがあったんやけど、これが難しいんですわ」
ワウリンカが、右手で頭をかきながら言う。
そんなのがあるのか?
「なんだ?」
将軍もピンとこなかったようだ。
「圧倒的な力で、ぶちのめす。ほら、真っ直ぐ来て殴るって分かってても、力の差があり過ぎるとどうにもならんやん? それができれば、情報とか関係あらへんのやけど…」
ワウリンカの言うことは、確かにその通りだ。
ボズと戦ったとき、例えば纏が使えなければそんな状況になっただろう。
まぁ、そのような確実に負ける状況ならば、そもそも戦う選択肢が消えるんだけどな。
それができるのも、情報の強み。
「元々スルトはそんなに弱くない。地理的に、弱ければとっくに消えている国だ。あそこが千年続いているのには、それなりの理由がある。貴様の言う通り、その策は難しい」
将軍もワウリンカと同様に、圧倒的な力でスルトをぶちのめすのは難しいと考えているようだ。
「やっぱりそう思います? ならもう、不確実な策で頑張るしかないですわ。噂しか手に入らんけど、気になっとることがあんねん」
"気になっていること"。ワウリンカのその言葉を聞いたとき、ざわりと何か嫌な予感がした。
「何をするつもりだ」
将軍がニヤリと笑ってワウリンカに先を促す。
「い・や・が・ら・せ」
ワウリンカはテーブルから足を降ろし、無駄に姿勢を正して、いやらしい言い方で言葉を並べた。
ウトガルドは、大国の強みを活かしてスルトが強襲してきても確実に耐えられると踏んだ戦力を王都に残し、残りの戦力を周囲の小国に振り分けて攻めることを決定する。
それだけならフリズスを始めとする他の大国とそれほど変わらないけれど、決定的に違ったのは…。
後のことを考えない、周囲の小国に対する過剰なまでの虐殺と。
スルトが邪魔をした場合は、確実に負けるとしても最後の一兵まで特攻することを、"契約"を使ってまで徹底させたことである。
自国の首ごと絞めるような。
いやがらせのために命をかけるようなやり方を仕掛けてきた。
少なくともいやがらせとしては、この上なく成功したと言わざるを得ない内容だった。




