第90話 後輩の成長
チンピラ達の数は数十人。
正確な数をアカシャに聞くまでもない。
オレ達が大勢のスラムの住人を引き連れてここまで来たことで、事前に気付かれアジトの前で待ち伏せをされていた。
待ち伏せからの先制攻撃をあっさり防がれたチンピラ達が動揺している中、シェルビーとセレナの2人が動き出す。
「『狂化』30%っ!」
シェルビーの元気な声が響く。
彼女の神に愛された能力『狂化』はとても危険な能力で、理性を失う代わりに肉体を大幅に強化するというものだ。
かつて彼女が能力に目覚めたときは、危うく周りの者達を皆殺しにするところだった。
でも今は、必死になって取り組んだ特訓の成果で、ある程度のコントロールが可能になっている。
今回、シェルビーは30%だけ『狂化』の能力を引き出すことで、理性を保ちつつ肉体を強化したのだ。
もちろん肉体の強化率も30%になっているわけだが、理性を失うデメリットに比べれば、問題にもならない。
完全な『狂化』のときには大きく変わる見た目も、かなり抑えられている。
瞳孔が縦長になり猫のようになった目と、犬歯と爪がちょっと伸びたくらいだ。
「"土纏"」
セレナが静かに"宣誓"する。
まともに魔法も使えないようなチンピラ達に纏を使うのはやり過ぎな気がしなくもないけれど、これで万が一にも怪我の心配は無くなったな。
セレナが胸に当てた手から土が生み出され、彼女の体を覆っていく。
多くの土纏使い達と同じように、彼女の土纏もまた、土の鎧を纏う型だ。
ただ、完成したセレナの土纏は少し珍しい型となる。
それは彼女の周りを衛星のように回っている土のせいだ。
土使いは基本的に、魔力節約のため地面の土を使うからね。
空中に生み出して使うことももちろんあるけど、それは特殊な場合がほとんどで、常に空中に浮かしておくメリットはあまりないと言われている。
それは正しいのだけど、セレナは常に特殊な場合と言えるので、土纏も特殊な型に落ち着いた。
彼女の神に愛された能力『空間認識』との相乗効果。こんなチンピラ達相手にそれが見られるかどうかは分からないけれど。
「あ、相手が魔法使いだろうが、ガキがたったの3人だ! やっちまえ!」
チンピラの1人がいかにもチンピラな言葉を吐く。
シェルビーはともかく、セレナの明らかな魔法使いらしさを見て動揺していたチンピラ達が、その言葉を受けて一斉にかかってくる。
「あ、あたちが入ってないの…。やっぱり、あいつらに思い知らせてやらないと!」
「まぁまぁ、ベイラさん。お前の出番もそのうち来るって。ここは2人に任せよう」
飛び出していくベイラの首根っこをひょいっと捕まえ、頭の上に戻す。
ベイラは無造作に風纏を使っていたので、オレの髪がバッサバッサと揺れる。
はよ止めてくれ。
シェルビーとセレナは、そんなオレ達の前を固めるように立ち位置を変える。
先制攻撃もできただろうけど、より心を折る方法を選んだってところかね。
「「舐めやがってぇー!」」
「「うおおおぉっ!!」」
チンピラ達が声を上げながら、シェルビーとセレナに襲いかかる。
最初に突っ込んで来たのは4人。
子供相手にも容赦なく、武器を持って全力で殺しに来た。
『全く問題ございません』
アカシャが一応言いましたって感じの声で報告してくる辺り、結果はお察しってところだな。
「げぇっ!?」
「へっ?」
最初に声を上げた2人はシェルビーに攻撃したチンピラ達。
それぞれ斧と剣で斬りつけたが、共に武器の方が壊れた。
狂化と身体強化の相乗効果によって、今のシェルビーはボズ程ではないけれど、信じられないほどの防御力を誇る。
30%でも、普通の武器では文字通り歯が立たんよ。
いや、文字通りなら刃が立たないになるのか? 知らんけど。
「は、離せっ! ひ、ひいっ…!」
「そんな…」
セレナを襲ったチンピラ達2人の声も聞こえてくる。
1人は剣を振りかぶった瞬間に、腕を土で覆われて固定されたようだ。
振りほどこうとしたようだけど、振りほどけないどころか地面からせり上がって来た土にも覆われて、今では鼻と口以外は土に埋まっている。
もう1人は槍でセレナの土の鎧の隙間を狙おうとしたようだけど、あっさり防がれた上に武器が土に浸食されて抜けず、手放すしかなくなったらしい。
土纏っていうけど、砂でも岩でもあるって感じだからなぁ。
変幻自在でもあり、硬くもある。そんな特性を持っている。
「へぇ。前に見たときより、ずいぶんデキるようになってるの」
ベイラが2人を見てニヤリと笑う。
「だろう? でも、あいつらはもっと出来るって、オレは知ってるんだ」
「ふぅん。なら、あたちも黙って見ててやるの」
オレもニヤリと笑ってベイラに話す。
ベイラはそういうことかと得心がいったようで、今度は自ら見守ることを宣言した。
「ってことで、シェルビーは『狂化』40%いってみようか。セレナは目を瞑って戦ってみよう。大丈夫、お前らなら出来る! オレが信じるお前らを信じろ!」
本当は、出来るって言ってるアカシャを信じろってとこだけど。
まぁ、アカシャが出来るって言うからには、自分を信じればできる。言ってることは間違ってはいない。
「はいッス!」
「私達は100%セイ先輩を信じてますわ!」
シェルビーとセレナはいい返事をした後、一切の躊躇もなく即座にオレの言ったことを実行に移した。
なぜか後輩2人のオレへの信頼が凄いことになっているようだけど、これで2人の能力はさらなる拡張を遂げるはずだ。
多少能力に振り回されながらも、バッタバッタと時代劇さながらにチンピラ達をなぎ倒していく後輩達を見守る。
『この分だと、コイツらのボスの貴族がやってくるより、かなり早く終わっちまうなぁ』
『ボスの貴族が遅れている、というわけでもないのですが』
アカシャと情報の確認をする。
オレ達がスラムの住人達を引き連れてここに向かってくる間、その動向を察知したチンピラ達は、ただアジトの前を固めただけではなかった。
チンピラ達のボス、つまりケツ持ちである貴族にちゃんと連絡を入れていたのだ。
スラムを完全に掌握するには、この貴族も潰しておく必要がある。
だから彼と彼の兵達を待っているのだが、チンピラ達を潰してトミーくんの姉ちゃんを助けた後に、結構な待ち時間が発生しそうだった。
『待ち時間にやること、何か考えておいてくれ』
『すでにいくつか用意しております』
『さすがアカシャ。さっそく聞かせてくれ』
こうしてオレは、ちょうどいい時間でできる暇潰しの情報をアカシャに教えてもらうのだった。




