第89話 スラムの貧困とギルドの事情
トミー君と周囲の人々に治療を施したオレ達は、トミー君の姉ちゃんを連れて行った組織のアジトに向かって歩いていた。
治療をしようとして分かったことだけど、外傷が目立つトミー君を除く人達に必要なのは、回復魔法ではなく栄養だった。
魔法のように物理法則を無視した現象が存在するこの世界だけど、なぜか食料や生物に関しては魔法で作り出すことができない。
理由はアカシャも知らないと言うので、神様がそういう法則でこの世界を作ったということなんだろう。
空間収納には大量の食料が入ってはいるけれど、下手に食料を与えて奪い合いになっても嫌だったので、後で炊き出しを行うことを伝えてその場を離れた。
…のだが、彼らはオレ達の後ろにぞろぞろと付いてきたのだった。
炊き出しを絶対に逃すまいと、少し前までは立っている気力すらなかったような者ですら、付いてきているのだ。
道中でその人数はさらに増えていた。
恐ろしいことに、道中で付いてきたヤツらは何の事情も知らないのに付いてきたのがほとんどだ。
きっと彼らの生存本能が何かを感じ取ったのだろう。
アカシャが『理解できません』と恐れをなしていた。
その様子はさながら大名行列…いや、よくて百鬼夜行、悪い言い方をすればゾンビの群れのようだった。
そんなに必死に追ってこなくても、スラムの全員に行き渡る規模の炊き出しをやるとは言った。
それでもこの状況なので、もう好きにさせている。
オレも好きにやるのだから、こいつらも好きにやればいい。
ただし、喧嘩になるようなら止めるけどね。
そんな後ろの状況をチラ見していたシェルビーが、少し悲しそうな表情でオレに問いかけてきた。
「セイ先輩。僕前から思ってたんスけど、どうしてスラムができるんスかね…?」
「貧困が無くならないからだな。そして、貧困が無くならないのは、仕事がないからだ」
オレはシェルビーに対して即答する。
これはスルト王都のスラムのときにも話題になったことだからだ。
「あたちもそれは知ってるの!」
ベイラがドヤ顔で先に知っていたことを自慢げに話す。
そうだね。スルト王都のスラムのときにも話題になったことだからね。
オレはベイラを温かい目で見守った。
「冒険者ギルドがあるじゃないッスか。冒険者になればいいと思うんスけど…」
シェルビーがそう言うと、ベイラは一転して目を剥き、「ホントだ! どうちて?」とオレとシェルビーを交互に見た。
「言われてみると不思議ですわね。確かに、冒険者になれば生活費くらいは稼げる気がしますわ」
セレナもシェルビーの言葉を聞いて、同じように思ったらしい。
『かつてご主人様も同じ質問を私にいたしましたね』
『だな』
アカシャの懐かしむような念話に返事をする。
そう。オレも前にシェルビーと同じことを思ったことがあるのだ。
「それは、アンタ達が強いからそんなことが言えるんだよ…」
「まぁ、そういうことだよな…」
トミー君が、悲しさ、悔しさ、やるせなさが詰まったような表情で小さく呟いた。
オレはトミー君の頭に手を置いて、それを肯定した。
短くまとめると、まさにそれが答えだった。
「どういうことッスか?」
たぶん何となくは伝わっただろうけれど、シェルビーが詳しい説明を求めてくる。
「実はオレも前にシェルビーと全く同じことを思ってな、調べたんだ。お前ら、ギルドで誰でもできそうな簡単な依頼って見たことあるか? 掃除とか、薬草集めとか」
オレは求められた説明を分かりやすく行うために、あえて逆に質問してみることにした。
「ないっすね。ギルドにそんな依頼あるんスか?」
予想通りシェルビーは見たことがないと言う。
「薬草集めなら何度か見かけたことがありますわ。あ、でも簡単ではなかったかもしれません…」
セレナは薬草集めの依頼を見たことがあると言ったが、その後すぐに思い出したように付け足した。
セレナの記憶どおり、その薬草集めの依頼は簡単ではなかったんだろう。
スラムの住人では達成困難な程度には。
「ま、そうだろうな。実はギルドにそういう簡単な依頼は結構あるんだけど、全部朝イチで無くなるんだよ。受注者のほとんどは、スラムの住人だ。毎朝必死に並んで、大半が受注すらできない」
偉そうに喋ってるけど、かくいうオレもアカシャに聞いた話なんだけどな!
「知らなかったッス…。ギルドにスラムの人達が並んでるのすら見たことないッス」
「ギルドの掲示板の貼り替え作業は毎朝5時だからな。シェルビー達が行くような時間は、スラムの人達ができる依頼は取り付くされて、皆撤退した後なんだよ」
なんで知らなかったんだろうといった感じのシェルビーに、時間的に会わないはずだと伝える。
「うん。オレも毎朝並んでるけど、依頼を取れることなんてめったにないんだよ…」
トミー君が言う。
ギルドもこの状況は分かっているから、奪い合いが酷くならないように抽選式にして混乱を抑えている。
でも、依頼を受けられる者が分散することで、誰もまともに食べていけるだけの収入を得られないということでもあった。
「そういうことでしたか。でも、それならばギルドが簡単な依頼をもっと貼り出せば解決するのでは?」
セレナは事情について納得した後、新たな疑問を投げかけてきた。
それはそのとおりと言えなくもないけれど、ギルドの仕組みを知っていれば、それで解決とはならないんだよね。
「冒険者ギルドってのは、主に誰かからの依頼を斡旋することと、冒険者から買い取った魔物を素材として売ることを仕事にしている組織だ。つまり、簡単な依頼を出してるのはギルドではないんだよ」
オレは1番肝心なことを説明した。
ようは、基本的に需要の分しか依頼が発生しないということだ。
だから、そう簡単に依頼を増やすことはできない。
「あ…。確かに、毎日大量の掃除の依頼が来るとは考えづらいですわね…」
「薬草も、薬屋さんが欲しい量は決まってそうッス…」
セレナもシェルビーも、オレの説明を聞いて納得の表情を見せる。
「そういうこと。だから、少なくとも今の冒険者ギルドじゃスラムの貧困を解決できないってわけだ」
一応、簡単な依頼を無理に増やすことはできなくもない。
冒険者ギルドが、出す必要がない、スラムの住人を救済するためだけの依頼を出す方法がある。
ただしこれは、ギルドか国か、どちらかが金を出し続けなければならないので現実的ではない。
ましてやスラムの住人は税金を払っていないのだ。ギルドや国が金を出すはずもない。
例えばオレが出すとしても、永遠に寄付に頼り続けるような仕組みはやはり現実的ではないし、解決とは言えない。
結局、今の仕組みではダメなのだ。
「ようは仕事が足りないってことなの! で、スルト王都のスラムの時は浮遊大陸を使ったの!」
ベイラが胸を張って締めくくり、前回の解決方法を例示する。
そう。この問題を解決するには、新たな需要を作り出すことで仕事を作り出すことが最も分かりやすく簡単だ。
「今回はどうするつもりなんスか?」
「浮遊大陸はないけど、新しい仕事を作る。そういうことですわね?」
スルティア学園に入学できるような人材だからか、シェルビーとセレナはとても察しがいい。
2人は、オレ達がすでに解決策を用意していることを疑っていない様子で尋ねてきた。
「そうだな。まず、会議のときに伝えた事業に多くの人手が必要だ。そこに当てる。お前らの商会にも大きく関わって欲しいと思ってる」
オレは考えを簡単に伝える。
「任せてくださいッス!」
「お父様次第ですが、是非とも関わらせていただきたいですわ。私達についても、セイ先輩にはお考えがあるのでしょう?」
シェルビーとセレナから、個人的ではあるけれど、色よい返事が聞こえてくる。
セレナはさらに掘り下げて聞きたいようだったので、オレの思いつきも話すだけ話してみることにした。
「オレが勝手に決められることではないけど、できればシェルビーの商会には運輸業を、セレナの商会には建設業をやってもらいたいと考えてる」
実現すれば、どちらも今とは比較にならない規模の従業員を抱える大商会となるだろう。
もしかすると、いずれワトスン商会とコリンズ商会とハレプ商会が、それぞれ財閥のような呼ばれ方をする未来もあるかもしれない。
『ご主人様。そろそろ見えてきます。一応防御魔法を展開しながら、その角をお曲がりください』
アカシャからの報告が入る。
言われた通りに前面に防御魔法を展開して角を曲がると、なるほど組織のチンピラ達が総出でお迎えをしてくれていた。
アカシャが一応と言うだけあって、後出しでも楽勝で間に合ったであろうタイミングで、防御魔法にチンピラ達の貧弱な攻撃が命中し弾かれる。
火魔法やら斧やら短剣やら、色々飛んできたけれど防御魔法の1枚すら破れていない。
「ふふ。セイ先輩のお考えならば、面白いことになりそうですわね」
セレナはチンピラ達を見つつも眼中にないかのように話す。
「特訓の成果、セイ先輩に見せちゃうッスよ!」
シェルビーは逆に、チンピラ達を見据えてやる気十分のようだ。
オレはここで、言ってみたかったセリフを言ってみることにした。
「セレナさん、シェルビーさん、やっておしまいなさい」
ニヤリと笑いながらオレは2人に指示を出した。
「…あたちは?」
2人が元気に返事をする中、セリフから漏れたベイラが少し不満気にそう言った。
まぁまぁ。一緒に2人の成長を見ようぜ。
お読みいただきありがとうございます。
たぶん、スラムと冒険者ギルドが両方ある世界観では、万年薬草集めプレイでは宿屋に泊まることすらできないと思うんですよね。
それができるなら、スラムはない気がするので。
条件や状況によって変わるかもしれませんが。




