第87話 富国政策
スルトを豊かにし地盤の強化を行うため、さっそくオレ達は動き始めた。
豊かになれば民は喜ぶし、スルトがより強国になれば、他国はスルトと戦う気をなくすかもしれない。
そんな期待を込めて、今日は学園の空き教室に人を集めた。
呼び出したメンバーは、学園長とミカエル、ワトスン商会の会長でオレの養父ジョージ・ワトスンさん、そしてオリバー・クーン先輩率いる商人会の人達とその商会長達だ。
商人会の中には、後輩のシェルビー・コリンズとセレナ・ハレプもいる。それぞれ商会長である父親、母親と出席していた。
これにオレ、アレク、ネリー、ベイラ、スルティア、ジョアンさん、ミロシュ様を加えたのが、今日の会議のメンバーだ。
「セイ・ワトスン! 君の呼びかけだから当然のように全員集まったが、王がいらっしゃるなら、そうと言え!! 欠席者がいたらどうするつもりだったのだ!」
よく日焼けした少年、いつも熱い男オリバー・クーン先輩が、奥に座っているミロシュ様をチラ見しながら、オレに苦言を呈した。
いや、もう少年じゃなく青年か。クーン先輩ももう6年生。16歳となって、とっくに成人もしているのだから。
「そうッス! セイ先輩はいつも説明が足りないッス!」
「クーン先輩とシェルビーの言う通りですわ!」
相変わらずボーイッシュな格好をした、茶髪ショートカットのシェルビー。
パッと見では貴族のお嬢様にしか見えない、薄紫のロングヘアーのセレナ。
彼女らもプンプンと可愛く怒っている。
「いやぁ…。ミロシュ様は、急に来ることが決まりまして。欠席者がいないことは分かってたし、まぁいいかなって…」
「「「「「よくない!!!」」」」」
欠席者がいないことはアカシャから聞いてたから、そう言ったら商人会の全員にツッコまれた。
子供達だけじゃなく、親達からも…。
そうか。心の準備とか、そういう何かが必要だったんだろうな。
悪いことをしたけれど、いい勉強になったぜ。
『アカシャ、そういうことらしい。オレも覚えておくけど、お前も覚えておいてくれ』
『かしこまりました。気持ちは分かりませんが、そういうものだと認識いたしました』
アカシャも一緒に学習してくれたので、次回からこのパターンの失敗はない。
たぶん。
「相変わらずだねぇ。セイ君は」
たった1人、ミロシュ様がいることに全く動じていなかった金髪碧眼の優男。オレの養父であるワトスンさんは、ニコニコ笑顔でオレ達の様子を見ていた。
立場が人を作るのか、以前に比べて大物感が出ている気がする。
この後、『叡智』ジョアン・チリッチを紹介してもワトスンさんだけは驚いていなかった。
スルティアの紹介のときは、軽く顔が引きつってたけど。
「そのようなわけで、スルトをより豊かにするために協力をお願いしたい。まず、浮遊大陸貿易をさらに強化し、外貨を稼ぎます。貿易黒字を拡大させることにより、スルトをより強化させます」
ジョアンさんが主に商会の人達に向かって説明をする。
ここにいる商会で浮遊大陸貿易に関わっていない商会はない。
特に、3年生以上の商人会メンバーの商会は、浮遊大陸貿易立ち上げの時から関わり莫大な利益を上げている。
「しかしそれは他国も警戒しているところでしょう? 対策を講じてくるのでは?」
ワトスンさんがジョアンさんに意見をする。
他国に多くの支店を構えるワトスン商会の会長としての経験からくる質問だろう。
でも、ワトスン商会はそれでも莫大な利益を上げている。
つまり、ワトスンさんはある程度答えを知っているはずだ。
にも関わらずこのような意見をしたのは、たぶん他の商会の理解度を高めるため。
ワトスンさんは気が利くからなぁ。
「対策を講じたところで意味をなさないほど魅力的な商品を提供します。無理に商人をはじめとする民を抑えようとすれば、民は離れていくでしょう。スルトはそれを快く受け入れます」
ジョアンさんが顎髭を撫でながら答える。
それはそれで他国が弱体化して、スルトが強化されるので良しというわけだ。
スルトにも輸出するなとか値段を下げろとか、関税を高くするとか言ってくるだろうけど、それは突っぱねる。
無理難題言ってくるようなら、最悪貿易を止めてしまえばいい。
そうなると結局、浮遊大陸貿易から外された国の1人負けになる。
「言い切るということは、その魅力的な商品の当てがすでにあるのですか?」
商会長の1人がジョアンさんに質問をする。
いい質問だ。待ってましたよ。
「今まで輸出制限を行っていた魔導具の一部、妖精の国との交易品、世界樹の葉などを目玉商品として加えます。国内用も含めこれらは国から卸しますので、仕入れは王城の担当者を通してください」
ジョアンさんの言葉に、商人達の目がギラリと光る。
驚きよりも期待が上回っているようで、頼もしい限りだ。
ほとんどの商品の出どころはオレ達だけど、担当者を通して卸すことに決めた。
国が管理していることを強く示すためだ。
「これはまた、話し合いが必要な内容ですな」
別の商会長の1人がそう言って、他の商会長達も同意する。
詳細に関しては担当者を含めて改めて話し合いが行われることになった。
「次に、並行して社会的基盤となる施設を整えます。最初はスルト国内のスラムを無くし、病院、学校、上下水道、ごみ処理施設を整備します。治水や道路の整備なども行う予定です」
ジョアンさんが次の説明に入る。
インフラを整えてスルトを豊かにするってことだ。
そしてこれにも、商会に協力をお願いする。
「これにはもちろん国が金を出すが、君達にもぜひ協力を仰ぎたい。ここにいるアレクサンダー・ズベレフ、ネリー・トンプソン、セイ・ワトスン、ジョアン・チリッチなどはすでに、莫大な私財を投入してくれることを約束してくれている」
ミロシュ様がジョアンさんの言葉に付け加える。
王自らのお願いだ。
教室内が一瞬ざわつく。
ようは寄付と人手を出してくれってことなわけだが、ここにいる王都で有数の商会の者達は、結果的に十分な見返りを得られるであろうことに気付いたことだろう。
協力することによって、その事柄に関わることができるのだ。
彼らは、それによって儲けられることを知っている。
「い、今までそういうことは、貴族の方々に話がいっていたはずですが、我々も参加することを許されるのですか?」
商会長の1人が、ごくりと喉を鳴らしながら質問をした。
「うむ。そういうことだね。貴族たちにも話は持っていくが、どちらかを贔屓したりはしないよ」
ミロシュ様は朗らかにそう答える。
見た目とは裏腹に、自らが貴族主義では無いことをはっきりと伝える言葉だ。
まぁでも、今領地持ちの貴族達は、自分達の領地の開発への投資に躍起になっている。
国に寄付をしている余裕のない貴族もいるだろうけどね。
その辺りをあえてだろうけど言わないのは、政治的やり方なんだろうな。
「そこまで言っていただいて、寄付をしない商会はここにはいないでしょう。それに、息子が寄付をしているのに父親が寄付をしないわけにもいきませんし」
ワトスンさんが冗談っぽくそう言って、オレの方にウインクを飛ばしてくる。
あの人も変わったようで、変わってねぇなぁ。
ジョアンさんの説明は続く。
とはいえここからは、事前に根回ししている内容だ。
オレとベイラはスラム担当。
アレクとジョアンさんは病院を担当。
ネリーとミカエルはごみ処理施設を担当。
ミロシュ様と学園長とスルティアは学校を担当。
それぞれが得意であったり興味がある分野を担当する感じになった。
ミロシュ様が、それぞれ頼むと言って、任命したような形をとる。
オレはベイラと一緒にスルト国内のスラムを無くすことになった。
王都のスラムはすでに無くしていたが、スルトに恭順した全ての国々の旧王都にスラムが存在する。
これを撲滅するのだ。
そしてオレはこれを行うにあたって、ある目論見があった。
「シェルビーとセレナ。オレとベイラと一緒にスラムを無くすのを手伝ってくれないか? もちろん、それぞれ商会長の許可がもらえればだけど」
ひと通り話しが終わった後、オレはシェルビーとセレナにそう打診した。
それぞれ隣には商会長である父親と母親がいたので、彼と彼女の許可があればと付け足したけれど。
「やるッス!!」
「やりますわ!!」
シェルビーとセレナは、商会長の許可は得ずに即座に返事をしたのだった。




