第85話 スルトの一員
フリズス軍が撤退していく。
オレ達は約束どおり追撃をせず、陣形を整えたままそれを見送る。
「追撃しなくていいのか!? 絶好のチャンスだぞ」
ソラナさんは、追撃をしてフリズス軍にダメージを負わせておくべきという考えのようだ。
彼女の立場からすれば、それはそうだろう。
「手緩い。と思われますよね。はっきり言って、同意見です。しかし、いいのですよ」
「そ、そうなのか?」
ジョアンさんはソラナさんに同意しつつも、これでいいと判断していることを伝えた。
ソラナさんは不安と期待を織り交ぜたような声で、ジョアンさんに聞き返す。
「手心を加えてなお、確実に勝てる。十分に議論し、結論づけた判断です。戦後のことまで考えられると、結果としてこの方が良かったということも有り得るでしょう」
ジョアンさんがこの判断が十分に話し合った結果であることを伝える。
ただ、その言い方は、自分は追撃した方が良いと思っていると聞こえるような気もした。
ジョアンさんは、どんな犠牲を払っても確実に迅速に大陸を統一すべきって考えだからな。
今でも、できればもっとフリズスの力を削いでおきたいという思いはあるかもしれない。
「そ、そうか…。貴方ほどの人が言うのであれば、我らは信じるほかないな。あの軍をここで見逃して、再び攻められても問題ないとは、スルトは凄まじい」
ソラナさんは自分を納得させるように、言葉を噛みしめるようにそう言った。
「やはり情報を制しているということが非常に大きいのです。フリズスが再び攻めてくるとしても、その規模、作戦、日程、能力、事前に全て分かります。その上で、転移がある。何度攻めてこようと、確実に防衛できますよ」
ジョアンさんはソラナさんに微笑みかけた。
何度攻めてこようと同じ結果になる、とは言わないか。
どこかの時点で、フリズスが勝てない、もしくは勝てる可能性が低いと分かっていても戦うという選択肢を排除してないということだ。
そう簡単にオレの理想通りにはいかないって思ってるんだろうな。
実際、そう言ってたし…。
「情報か。聞いてはいたが、実際に体験してみると狐につままれたようだったな…」
ソラナさんは撤退していくフリズス軍を見ながら、しみじみと呟いた。
それを聞いてオレは、ふと今までの色んな人達の反応を思い出した。
「これは今までの経験から思ったことですが」
「ふむ」
ソラナさんに向かって話すと、彼女はオレの方に顔を向ける。
キリッとしていて、見た目は女戦士って感じの人だよな。
「あまりにも情報の強度に差があると、何が起こっているかすら分からなくなるようです」
「はは…。スルトからの文を受け取って以来、私もずっとそんな気分だよ…」
思い出した人達の反応を話すと、ソラナさんは苦笑いで頭に手をやった。
「…そんな力があれば、何でも思い通りになるのだろうな」
一拍置いて、ソラナさんは少し下を向いてそう言った。
諦め、悔しさ、羨ましさなど、色んな感情が混ざったような表情で。
それを聞いて、オレは少し申し訳なく思いつつも、悲しい気持ちになった。
「そう思いますよね…。でも、あなた達と似たような状況になっている国の大半は、僕達の力不足で切り捨ててるんですよ。力があっても、何でも思い通りになんて…、なりません」
オレは自嘲するように言った。
そう、実はリバキナの他にも、急に大国が圧力を強めた国はたくさんあった。
その中には、今この瞬間、大国に攻め込まれている国もある。
でもオレ達は、スルトの都合で助ける国を選んだ。
自分達できっかけを作っておきながら、助けるなんて言い方はあまりにも傲慢で自己中心的だけど。
転移があるから飛び地でも大丈夫とはいっても、いくらでも増やすのは無理だ。
確実に防衛できる数には、限りがある。
リバキナのように、民のための政治ができる、領主としてふさわしいと思える為政者がいる国のみ、恭順を促すことにした。
逆に言えば、オレ達にとって都合の悪い国は切り捨てたということだ…。
「まーた余計なこと考えて落ち込んでるの! できることが多いってのも考えものなの!」
頭の上のベイラが、座ったまま手のひらでペチペチと頭を叩いてくる。
「何でも思い通りにならないのは当然! そんなことで落ち込んでんじゃないわよ! あんた、神様にでもなったつもり?」
ネリーがオレの目の前に来て、両腰に手を当ててぷんぷんと怒る。
「僕達は、僕達なりの最善を尽くしている。だろう? 少なくとも僕は、それを誇りに思っているよ」
アレクが天使の笑顔で、オレの肩に手を置いた。
そうか。誇りに思う、そんな考えもあるんだな…。
「あー、悪かったよ…。ありがとな、お前ら。すぐネガティブな思考になっちまうのは、オレの悪い癖だ」
オレはポリポリと頭をかきながら、仲間達に謝罪とお礼を言った。
最近はこいつらがオレのお守りをしてくれるおかげで、精神的に救われている。
何でも思い通りにはならない。そんなことは分かっているはずなのに、理想と現実の乖離についついネガティブになってしまう。
そうなった時、いつもこいつらが引き戻してくれる。
頼りになる仲間達だ。
『この後は、ここでバーベキューですね』
『アカシャお前、オレがバーベキューやれば元気になると思ってるだろ。違うから。でも、ありがとな』
妙な勘違いをしているアカシャにもお礼を言う。
「どうやら、私はまた失言をしてしまったようだな…。すまない、そんなつもりではなかったのだ」
「気にしないでください。これは僕の問題であって、ソラナさんは悪くありませんので」
ソラナさんが、オレ達の様子を見て少し焦ったように謝罪をしてきた。
どう考えてもソラナさんは悪くない気がしたので、気にしないでほしいと言っておく。
「配慮を感謝する。……なぁ、ワトスン君。君達は大陸を統一して、何をしたいのか、聞いてもいいか?」
ソラナさんはオレに感謝の言葉を告げたあと、少し迷った様子を見せてから質問をしてきた。
そういや、これまでリバキナのことやスルトのことは聞かれても、大陸統一後のことは聞かれてなかったな。
「自分ではない誰かが始めた戦争で理不尽に死ぬなんてことを無くす。そして、誰もが食事の心配をしなくていいようにする…」
これまで何度も皆で話し合った理想を語る。
大陸を統一して戦争の決定権さえ奪えば、実現できると信じている。
アカシャがいれば、1人での反乱以外は防げるはずだからだ。
「そうしたら、後はどうやって人生を楽しむかを考えられるでしょう? オレ達は、そんな世界を作りたい」
オレはソラナさんの目を見て、とびっきりの笑顔で言った。
「そうか。そんな世界になれば素晴らしいな…。私達もスルトの一員として、微力を尽くすことを誓おう」
ソラナさんは1度オレから目を外してフリズス軍が撤退して誰もいなくなった山を見た後、改めてオレの目を見てそう言った。
この瞬間からリバキナは、名実ともにスルトの一員となったのだった。




