第84話 リバキナ盆地の戦い
リバキナの都の北東、リバキナ盆地。
そこには現在、スルト軍2万が展開されていた。
オレ達がスルトから連れてきた軍1万5千と、リバキナ領の軍5千を合わせた数だ。
約束通りリバキナから兵を出さずとも守ると言ったんだけど、スルトに降りリバキナ領主となったソラナさんが、どうしても参加させて欲しいというのでこういう形になった。
予定通りに集めていた兵をここに転移して来たオレ達と違って、リバキナが用意した兵は凄まじい強行軍でここまで来ていた。
フリズスへの備えとしてある程度の準備があったとはいえ、よく間に合ったものだ。
何しろ転移がないのだ。
ここまで来るだけでも2,3日かかってしまう。
フリズスの決定を受けてオレ達が行動を決定し、ソラナさんに報告した時、顔は引きつっていたけれど、その後の行動の迅速さは素晴らしかった。
「本当に、本当に斥候はいらないのか?」
「大丈夫ですって。信用してくださいよ」
ソラナさんの、もう何回目か分からない質問にオレは苦笑いで答える。
斥候を出して、フリズスがいつやってくるか、兵力はどれくらいかなどを事前に確認しておきたいらしい。
でもそれは、すでに全部分かっているのだ。
出す意味がない。
ちゃんと情報は共有したんだけどな。心配性なのか、いまいち信用してもらえていないようだ。
「そうは言うがな、ワトスン君。ここで負ければ、私達は終わりなのだ。私は心配で心配で…」
やはりソラナさんは心配性らしい。
来なくてもいい戦争に来るくらいだからな。
自分達で確認しないと不安なのかもしれない。
「ソラナ殿、ご安心ください。貴方がたが来たことを除けば、全て予定通りです」
ジョアンさんが鋭い目つきで自慢?の顎髭を撫でながら、ソラナさんに声をかける。
「そうなの。勝つことは決まってるの。後は戦って勝つか、戦わないで勝つかだけなの」
ベイラがオレの頭の上で腕を組んで仁王立ちしながら、ドヤ顔で言う。
「そ、そんな都合のいいことが、本当に起こるのか?」
一通り説明を受けつつも、やはりソラナさんは信じきれない様子だ。
まぁ、ソラナさんが信じたからどうというわけでもないから、別にいいんだけど。
「都合のいいことを起こすために、皆に手伝ってもらって、できることは全部やりました。それでも上手くいくとは限らないですが、その時の準備も覚悟もできてます」
オレはソラナさんに笑いかける。
少し真面目な顔になってしまってるかもしれないけど。
「どちらにしろ、あなた達に悪いようにはならないわ」
ネリーがオレの右肩に手を置きながら言う。
「ようは、全部僕らに任せておけってことですよ」
アレクが、アカシャがわざとらしく飛んで空いた左肩に手を置きながら言う。
あんま気負うなってか。
理想を追うと、つい気持ちが入りすぎていけないね。
オレはネリーとアレクの肩にガバッと手を回し、抱き寄せてイタズラっぽく笑った。
「そう! オレらに任せておけってこと!」
ソラナさんと、その後ろにいるリバキナの人達に向けて声を上げる。
いい意味で、気楽にいこう。
『フリズス軍、国境を超えます。そのまま山に陣を張る模様』
「フリズス軍が来た。予想通り、山に陣を張るみたいだぞ」
アカシャから報告が入る。
オレはそれを皆に伝えた。
リバキナとフリズスの間に、スルトとヘニルの間のような国境砦はない。
この盆地の北側の山がそのまま国境となっている。
フリズス軍は、この北側の山に陣を張るようだ。
ここまでは予想どおり。
『情報を活かすには、タイミングと演出が大事。やるぞアカシャ!』
『御心のままに』
仕上げのタイミングを計るため、オレはアカシャとさらなる情報を探り始めた。
フリズス軍はリバキナとの国境の山に陣を張りながら、状況の確認を行っていた。
「斥候からの情報どおり、リバキナ盆地にスルト軍約2万が陣を敷いている」
「予想されていたよりかなり兵が多い。スルトは間に合ったということだな。一体、どうやって…」
将達が集まり、意見を交わす。
数の少ないリバキナ軍を蹴散らす。そういう状況ではなくなったことは一致していた。
「どうやったかどうかは今は置いておいてもよいのではないか? 問題は、現実にいる兵をどうするかだ」
「幸い、ここまであまりにも情報が少なかった分、この軍には情報系の能力者が豊富に参加させられている。少し不自然なほどにな。奴らを有効に使うべきだ」
そうなるように誘導したかいがあって、フリズスの軍には情報系の神に愛された能力者が多く含まれていた。
『鑑定』『魔力数値化』『比較』『危険察知』『最適解』『千里眼』『俯瞰』『看破』『透視』『真偽判定』。
さすが大国。人口が多いだけあって、能力者の数も豊富だ。
戦闘系の能力者も結構な数がいる。
「軍務卿はなんと?」
「スルトがいるならば速やかに情報を確認し、可能であればリバキナを手に入れろと」
スルトがいなければ直ちに攻めろと言われていたが、それはもう有り得ない仮定だったので話題には上がらなかった。
フリズスの軍務大臣は慎重な男だ。
これは可能でなければ、リバキナを諦めてもいいようにも聞こえる。
「王はなんと?」
「スルトの救援が来る前に攻め滅ぼせと…」
フリズス王の命令は、すでに前提が覆っている。
でも、捉え方次第では、これ以上の救援が来る前に攻め滅ぼせとも聞こえる。
結局のところ、人間が判断する以上、判断する人間がどう思ったかで大きく結果が変わってくる。
だから、思考の誘導を行うことで、少しでも望む結果になりやすいように工作するのだ。
「…能力者達からの報告を急がせろ。数はこちらが上だ。情報が集まり次第、攻めかかる」
フリズス軍の総大将は、そう言って陣の構築と情報の収集を急がせた。
情報が集まる頃がタイミングか…。
ジョアンさんに相談しよう。
しばしの時間が経ち、フリズス軍の本陣は集まった情報の扱いで騒がしくなっていた。
「スルト軍の中に『叡智』がいるだと?」
「魔力量、兵力ともにほぼ互角? こちらは1.5倍の兵数だぞ!?」
「とてつもない戦力を持った者が数名おります!」
「撤退が最適解だというのか…」
「戦えば全滅の危険!? どうしてそうなる!? 『叡智』の存在か?」
フリズス軍にとって、能力者達からもたらされた情報は想定の範囲外だったのだろう。
明らかな混乱が見て取れる。
ここだな。
アカシャに指示をして、『大賢者』と『賢者』の爺さん達に連絡を入れてもらう。
「と、突然西にスルト軍が出現しました!! 1万以上はいます!」
「東にもです! け、『賢者』の姿を確認!!」
アカシャからの連絡を受け、スルトから『大賢者』と『賢者』が兵を引き連れて転移してきた。
それを見たフリズス軍の兵達が慌てふためく。
転移の魔導具があって転移先の情報を知っていれば、こんなことができてしまう。
さぁ、よく目に焼き付けてくれ。
こんなことができるっていうことを知ってもらうために、印象に残るタイミングで使ったのだから。
「"透明化"を解除した!? 『看破』は…、『看破』は何をやっていたぁ!」
「違う! "透明化"じゃない! さっきまでは絶対に誰もいなかった!」
「『看破』は嘘を…、言っていません!」
罠や偽装を見抜ける『看破』持ちの能力者が、自らの失態ではないことを声高に叫ぶ。
そして、それが嘘ではないことを『真偽判定』持ちが保証した。
いい流れだ。
この情報が持ち帰られれば、スルトがいつでもどこでも関係なく兵を出せるって勘づく人が必ず出てくるはず。
決して首都を手薄にはできない。そう思わせるために、オレ達は強力すぎるこのカードをあえて公開することにした。
「だ、ダメです…。増えたスルト軍との戦力差、絶望的です」
「音に聞こえた『大賢者』と『賢者』…。まさか、これほどとは…」
「だから私は、戦ったら全滅すると!」
戦力を見られる能力者達の意見が、疑似的な未来を見れる能力者達と一致した。
『危険察知』や『最適解』なんかは、オレ達と戦えばどうなるかを調べたことで、爺さん達が到着した後の結果が返ってきていたのだろう。
このタイミングで通告を入れる。
「フリズス軍の皆さんに告げます。私はスルトのジョアン・チリッチ。我々の目的は、あくまでリバキナの守護です。撤退するというならば、追撃はしないとお約束しましょう。今すぐ去りなさい」
拡声魔法を通したジョアンさんの声が、敵陣に響く。
どうなる…?
フリズスでも密かに情報操作は行って、撤退の判断が行われやすい状況は作った。
これでも戦いが起こってしまうというのなら、戦う覚悟はできている。
大国であろうとスルトと戦えばどうなるか、大陸中に知らしめることになるだろう。
「総大将! この戦力差ではどうにもなりません! 戦うにしろ一度撤退して、戦力の補充を行うべきです!」
将達が総大将に次々と進言を行っている。
その殆どが撤退を支持する内容だ。
ジョアンさんの通告が『真偽判定』によって保証されたのが大きいようだ。
撤退勧告がジョアンさんの罠なら、フリズスは大打撃を受けることになるからな。
まぁ、『真偽判定』持ちがいなければ、ジョアンさんが姿を見せることもなかったけどね。
「……撤退する! ありのままを話せば、王も分かってくださるはずだ!」
フリズスの総大将が撤退の決断を下した。
良かった。
ひとまず今回は、戦争を回避できたか…。
オレは引き続きフリズス軍の様子を注視しつつ、スルト軍本陣
で瞑っていた目を開けた。
「フリズス軍は撤退を決めたよ」
オレは息を吐き、皆に報告を入れた。
「それは上々。お疲れ様でした、主殿」
ジョアンさんを始め、皆がそれぞれ喜びの声を上げる。
何が起こっているかよく分かってない人もいるけれど、まずは結果が大事だ。
戦わない最強の軍。少なくともこの一度は、体現することができたと言えるだろう。




