第24話 転移魔法の真実
「転移魔法と空間魔法? どんな魔法なんだ?」
ジル兄ちゃんは上手くイメージができなかったようで、魔法の効果を確認してきた。
転移魔法というのは、今いる場所から別の好きな場所へ瞬時に移動する魔法。
空間魔法というのは、ゲートという空間の歪みを2点に作り出す魔法。2つのゲートは繋がっていて双方向に移動できる。
それをオレとアカシャで、できる限りかみくだいて説明した。
「すっげぇ! めちゃくちゃ便利な魔法じゃねぇか!」
ジル兄ちゃんは感嘆を上げ、アル兄ちゃんも頷いている。
ただ、大人達の顔は険しくなった。
「セイ、あんたそれをどう使うつもりなんだい?」
婆ちゃんの声は、ちょっとおっかない声だった。
「移動のためと、物を運ぶためだよ。女子供は逃げるんでしょ? 必ず役に立つ」
そう答えると、間髪入れずに父ちゃんが突っ込んできた。
「さっき戦いにも絶対必要って言ってたじゃねぇか」
「あなたもしかして、それを使って盗賊団と戦いに行くとか言わないわよね?」
いつもおっとりした母ちゃんですら、ピリピリした空気をまとっている。
というか、母ちゃんが1番怖い。テーブルを指でトントンたたいている母ちゃんなんて初めて見た。
大丈夫。覚悟はできてる。
「この魔法は戦いに使うなら、奇襲にもってこいだからね。でも、危ないことはしないよ。もしするとしても、必ず先に言う。約束するよ」
嘘は言ってない。いざという時は、家族にはちゃんと言って、オレも戦う。
「信じていいんだな」
父ちゃんが再びオレの目を真っ直ぐに見てくる。
オレも父ちゃんの目を真っ直ぐ見る。
「もちろん。父ちゃん、忘れてない? そもそもオレは、盗賊団からは逃げるべきって考えなんだよ。今もそれは変わってない」
「そういや、そうだったな」
父ちゃんは苦笑する。
「まともに戦ったら絶対に殺されるんだ。逃げずに戦うことが決定なら、まともに戦わずに勝つしかない。そのために、絶対にこの魔法は必要なんだ」
オレの言葉を咀嚼するように目を閉じる父ちゃん。
母ちゃんと婆ちゃんが心配そうに父ちゃんの言葉を待っている。
父ちゃんは目を閉じたまま腕を組み、天井を仰ぎ見て、何かを諦めたように息を吐いた。
そして目を開けて、オレに向き直って話し始めた。
「ふーっ。分かったよ。お前は生まれたときから変わった子供だった。すぐに神様に愛されてるって、家族全員が気づいたぜ」
「そ、そんなに変わってたかなぁ…」
思考は赤ちゃんじゃなかったからな。さすがに赤ちゃんの振りをするのにも無理があったか。
「不思議なこともたくさんあった。家が勝手に綺麗になるはずねぇし。突然毎年、当たり前のように豊作になるのもおかしい。今考えると、不思議なことには大体お前が関わってたんだろ」
「ま、まぁ大体はそうかも?」
能力バラしたら、色々バレてしまった。いいけどさ。
うちの家族に、だからどうこうと言ってくる人はいない。
断言できる。
「オレが知る限り、不思議なことが起こったときに家族や村は必ず恩恵を受けてた。お前はいつも、家族や村のことを考えてやってくれてたってことだ」
「父ちゃん…」
何となくこの後の話の流れが想像できてきて、涙腺が少し緩む。
まだ5歳だからかな。すぐ涙が出そうになる。
「今回のことだって、本当はお前の言う通り逃げるべきだってのは、オレも村長も分ってるんだぜ。オレたち大人のエゴで戦うことにはなったが、感謝してる」
「感謝なんて…」
今回のことはそもそもオレのせいなのに、と続けようとしたけれど、すぐに父ちゃんに遮られた。
父ちゃんはいつものように、歳の割にやんちゃな感じでニヤッと笑って言う。
「ま、つまり何が言いたいかっていうとだ。お前はオレの自慢の息子だ。お前が絶対に必要って言うなら、そうなんだろ。好きにやれ」
「うん」
神様、ありがとう。
この先どうなるかは分からないけど、オレをこの人の息子に、この家族の元に転生させてくれて。
必ず、必ず何とかしてみせる。
絶対だ。
「だが、約束は守れ。危険なことはするな。どうしてものときは、必ず先に言え。分かったな」
「うん」
気のきいた言葉も浮かばず、オレはただただ頷いた。
みんな雰囲気で分かっているのかもしれない。
きっと、どうしてものときがいずれ来るんだろうって。
母ちゃんと婆ちゃんも真剣な顔で頷いている。
兄ちゃん達も、途中からピリッとするくらい真剣な顔になった。
オレも雰囲気で分かるよ。家族だからね。
戦うとなったら、絶対に参加させろって父ちゃんを説得するんだろ。
やっぱり兄弟。考えることは同じだな。
午後になって、父ちゃん達は村長の発表を聞きに出掛けていった。
身体強化の魔法をみんなに教えることも、任せろと言ってくれた。
分からないことがあったらアカシャを行かせることもできるし、大丈夫だろう。
子供部屋に移動してベッドに腰かけて、肩の上に座るメイド妖精に話しかける。
『さて、時間がもったいない。さっそく覚えるぞアカシャ』
『かしこまりました。本当によろしいのですね? 後悔なさるかもしれませんよ』
ずっとアカシャが転移・空間魔法を教えてくれなかった理由を、オレは未だに聞いてない。
決意が鈍りそうだったからだ。
『覚えた方が、盗賊団から村を守れる可能性は高くなるだろ?』
『はい。それは間違いなく』
『なら、いいさ。他のデメリットには目をつぶるよ』
正直、アカシャがここまで教えたくないという魔法を覚えるのは怖い。
でも盗賊団を、特に頭のボズとかいう名前のヤツをどうにかするなら、やはり絶対に必要な魔法だ。
実は、酸素や空気を消して窒息させるとか、敵の体内の血を止めたり逆流させるとか、色々考えてアカシャに聞いてみた。
どれも魔力不足だったり習得ができなかったり、体内に直接干渉ができなかったりと理由があって無理だった。
覚えてしまいさえすれば倒せるというような魔法がなかったので、やむなく転移・空間魔法を作戦に組み込んだ。
『かしこまりました。それでは、まずは転移の魔法陣の映像を映します』
目を瞑りイメージをしやすくしてから、いつものように頭の中に描えがくべき魔法陣の映像を出してもらう。
さすがに複雑な魔法陣だ。
これを完璧に覚えるのは骨が折れるが、できる限り早く覚えてみせる。
『合格です。よくこの短時間で覚えましたね』
『いやいや、短時間て。もう夕方なんだけど…』
目に魔法陣が出るまでが地獄だった。
アカシャはオレのイメージを読み取れない。だから目に出るまでは失敗してもどこがどうダメだったかは自分で考えるしかない。
あまりにも覚えられなくて、外に出て木の枝で地面に魔法陣を描きまくってアカシャに訂正してもらいながら覚えた。
瞬時にどこがどう違うのか教えてくれるアカシャさんマジ有能。
失敗したときに、頭の中に映してもらった映像とどこがどう違うのかを探すのが1番大変だったからな。
魔法陣が目に現れるようになってからの細かい修正も大変だったけど、何とかものにした。
『ご主人様が転移魔法を使えば助けられる人間が、現在約2000人おります。いかがいたしますか?』
『は?』
突然、アカシャが訳の分からないことを言ってきた。
いや、オレがそう思いたいだけで、アカシャは訳のわからないことは言わない。
まさか、これか?
これなのか? 転移魔法を覚えるデメリット。
『ご主人様は人命の救助を優先しておられますので、情報伝達いたしました。私としましては、以後この設定をお切りになるか、人か場所で範囲を決められることをお勧めいたします』
『いや、助けられる人は助けるに決まってんだろ。2000人ってちょっと多すぎる気もするけど、なんとかなるだろ』
時間が惜しい時ではあるけど、オレが助けに行けば助かる人間がいるなら助けてあげたい。
ここに至って未だに甘かったオレの考えは、続くアカシャの言葉で木っ端微塵に打ち砕かれた。
『なんともなりません。2000人全員を救うことはできませんし、今の設定のまま救える人を救っていれば、ご主人様の人生はそれのみで終わることになります。盗賊団と戦うこともありません。それでよいのですか?』
頭が真っ白になった。
言葉が重すぎて、まるで本当に重みを持っているかのように体が上手く動かせない。
『ど、どういうことだ? どうしてそんなことになる?』
『1日は1440分です。1人を救うのに1分かかるとすると、2000人を救えないことは明白です。また、この世界での1日の平均死者数は約2万人です。救える者を救うと言うならば、これからの人生で睡眠と食事と排泄以外は全て人命救助となるでしょう。さらに、誰を救い誰を見捨てるか選別する必要もあります』
アカシャが転移魔法を教えようとしなかったのは、まさしくオレのためだった。
理由すら言わなかったのは、知れば心を痛めると確信してたからか。
なんで、どうしてこんなことになった…。
何もかもが上手くいかない。
オレは、オレはどうする? どうすればいい?
覚悟も、決意もしていたはずなのに、どうしようもなく心が揺らいでしまった。
『ご主人様、いかがいたしますか?』